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図書室の怪人と夜のデート

第11話

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 その後少しして、爽さんの運転で無事にアパートに着いた。
 
「大丈夫かい?私からお母さんに上手く話しを合わせてあげる事もできるんだが。」
 
 爽さんが車の窓を開けて、僕に気を遣ってくれた。

「大丈夫です。
 土曜も徹夜になったりしそうですし、毎回言い訳するのも何なんで、母さんが納得出来るように説明します。」
「そうか、そうしてくれると私も助かる。
 とは言え、今回の件の穴埋めはいずれ何かの形で返させて貰うよ。」
「はい、では母さんが待ってるので、これで失礼します。」
「あ、待て有村!明日、向井のいる曙高校に俺と行くからな。
 水曜日が向こうの都合がいいらしいし。」
「あ、うん。よろしく。」

 僕は車内にいる奈落と爽さんに一礼をした。
 奈落は歯をむき出しにして手を振り、爽さんもにこやかに送り出してくれた。

 …さて、どう言い訳するかな。
 もうすでに時間は20時。
 仕事ってのは嘘じゃないし、土曜のアルバイトも遅くなるのを踏まえて、母さんに説明しないと。

「はふっ。ただいま母さん。」

ガチャ。

 覚悟を決めて室内に入った。

「お帰りなさい。
 大丈夫?アルバイトの話しって言ってたけど…。
 ご飯食べてないでしょ。
 とにかく、手洗いうがいして、ご飯にしてから話しを聞かせてちょうだい。」
「あ、うん。
 お腹ペコペコなんだ。」

 良かった、思ったより怒ってはいないようだ。
 けど…心配させてしまったのは間違いない。
 せっかく正社員になって新たなる職場で頑張ろうとしてる母親に心配や迷惑をかけないようにしないと。
 これから槇さんとの仕事も真剣にやる以上、そこはキチンと説明して納得して、信頼して貰わなきゃ。
  
 手洗いうがいを終えてキッチンのテーブルに着いた。

「はい。今晩は恵の好きな唐揚げよ。」
「あ…。」

 テーブルに置かれた唐揚げを見て、さっきまでの光景を思い出した。
 神楽さんに差し出された唐揚げ…あれ、食べても良かったかな…。

「母さん、面接上手くいった?」
「ええ、親身に話しも聞いてくれて、今のパートの契約が切れる来月から採用して下さるって。
 有給や福利厚生もしっかりしてるから助かるわ。
 これで、大学受ける資金も貯められるわ。」
「母さん…僕も!仕事…アルバイトだけど、すごくやり甲斐があって、会社の人も僕を信頼してくれて…あの。
 これから、度々遅くなったり、色々心配かけるかも知れないけど…ちゃんと連絡するから…その…。」
「そうね、連絡してくれると安心するわ。
 恵を信じて待っていられるから。」
「母さん…。」

 母さんは広い心で僕を見ていてくれる。
 
「それで…今週の土曜の仕事が朝から丸一日かかりそうなんだ。
 衣装を手作りしなきゃならなくて…。
 だけど、室内作業だし、大人の人もいるから安心して欲しいんだ。」
「そう、じゃあご飯の支度はいいのね。
 お弁当とかは、いるのかしら?」
「えっと、食事は出ると思う…。」

 というか、これは自分の実験の経費でまかなえる。
 それに、食べる暇もあるかどうか…菓子パン片手にとかってなりそうな気もするし。
 
「じゃあ、ヒマをみて連絡ちょうだい。
 母さんはゆっくりしてるから。」
「うん。ありがとう。
 仕事ってさ…大変だけど、誰かに認められるとついつい頑張っちゃうよね。」
「あら…ふふふ。確かにそうね。
 お金もそうだけど、自分の価値を認識できると楽しいわよね。
 いいアルバイト見つけたみたいね。
 無理しない程度に頑張ってね。」
「うん。」

 僕は母さんの作った唐揚げを頬張った。
 お腹が空いていたせいもあって、いつもより多く食べ過ぎてしまった。
 嬉しくて、楽しくて…明日が…未来が楽しみで。
 
 その夜僕は思った以上に疲れていたみたいで、お風呂で睡魔に襲われ、あわや浴槽で溺れそうになった。
 今朝の出来事で録音した、ジュースをかけられた事件をパソコンに入れなきゃと思いつつ、疲れ過ぎてやはりこの日は気力が出なかった。

 布団に入ってからも、すぐに目蓋を閉じた。
 気持ちのいい眠りに入り込む間際に、あの神楽さんの柔らかな感触が蘇った。
 まるで、柔らかくて気持ちのいい…大きな猫のような感触だった気がする。
 …女の人ってあんなに、柔らかいんだな…。
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