上 下
1 / 63

プロローグ

しおりを挟む
「ジークの幹部入りを記念して」
「かんぱーい!」
「かんぱーい!!!」

 幹部の1人の挨拶でこのパーティーは始まった。

「魔王様、この度は僕を幹部に認めてくださり、ありがとうございます」

 『ジーク』とは、魔王がとても気にかけていた信頼できる部下の1人だ。
 長い髪で丸く青い瞳の少年。とても愛想がよく、いつも笑顔で寄って来る。
 そして、『魔王様』と呼ばれているのは、私のことだ。
 魔族を統べる者であり、この魔界を支配している。男だが『私』と自分のことを呼ぶのは、魔王の雰囲気を出すためだ。

「お前が頑張った成果だ。これからは上の人間として、みんなをまとめてやってくれ」
「はい! 全力で任務を全うします!」
 
 今は、ジークの幹部入りの祝宴が行われている。
 久しぶりの新たな幹部の誕生にいつも以上に皆が盛り上がっていた。

「ジークはその歳で、俺らと同じくらい強いんですもん。これからの成長が楽しみですね、魔王様」
「まあ、この魔王が直々に教えたからな。当然のことだ。いずれは、この私をも越えてもらわんとな」

 魔族の寿命は300年であり、幹部たちは皆、100歳を超えている。
 しかし、ジークは幹部の中では30歳と最年少である。さらに、私自らが教えた成果もあり、他の幹部たちと肩を並べるほど。

「その前に、ゼシルさんを越さないといけないですもんね」

 『ゼシル』は私の側近であり、私の次に強く、私とゼシルだけが群を抜いて強い。
 ゼシルは、真面目で頭が良いので、とても信頼しているし、頼っている。

「僕に勝つには、300年あっても無理でしょう」

 が、ちょっと性格に難がある。難しい男だ。
 ゼシルを配下にするのにどれだけ私が苦労したことか……

「それじゃあ、寿命で死んじゃいますよ! 絶対に勝てないってことじゃないですか!」
「そうですよ。僕は強いですから」
「まあまあ、落ち着け。今日はパーティーなんだから、楽しもう」

 そう言って、私は場を落ち着かせて、たくさん酒を飲んだ。
 これだけ飲むのはいつぶりだろうか。酒なんて大事な時にしか飲まないため、味さえも忘れてしまっていた。

「ここで勝負をつけようぜ!」
「あぁ、俺の実力を見せつけてやるよ!」 

 会場の隅で喧嘩が起きたらしい。
 周りがはやし立てるように声を上げており、盛り上がっている。 

「まあいいだろう。ここは魔王城だ。私が建物の補強をしておるから、決して壊れることは無い」

 魔王城には、もしも人間たちが侵攻してきたときのために私が補助魔術をかけている。
 たとえ魔王である私の拳・・・だろうと無傷なほどに頑丈になっているのだ。

「ふぅ、もうこんな時間か……」

 楽しい時間は、すぎるのが早い。
 私の前にもいつの間にかいくつもの酒の空瓶が並んでいた。
 そんな私をゼシルは心配するように、

「魔王様! 飲みすぎですよ!」
「やっとジークが幹部入りしたんだぞ? 今日飲まなくていつ飲むんだ」

 ゼシルはやれやれと言った様子であるものの、納得してくれた。 
 私は、状態異常無効のスキルを持っているため、状態異常は効かない。しかし、アルコールは状態異常に含まれないらしく、酔ってしまうようだ。
 
「少しトイレ行ってくる」
「僕、ついていきますよ」
「大丈夫だ、それぐらい1人で行ける。それに今日の主役はお前なんだ。お前が離れてどうする?」
「わ、分かりました」

 私は、ふらついた足取りでトイレへ向かった。



「う~ん! 今日は、気分が最高だー!」

 そう口にしながらトイレへ歩いていると、
 ゴンッ、と大きな衝撃が頭に伝わる。誰かとぶつかったらしい。

「お前、この私にぶつかっておいてお詫びの一言もないのか?」       

 普通は魔王である私を見たら誰もが道を開ける。
 しかし、そいつは、何も言わないうえに、一切動く様子を見せない。

「これは少し勉強が必要だな?」
 
 そう言って私は軽く魔法を放った。
 実力主義社会である魔界にとっては軽い指導のようなものである。
 しかし、私の魔法は……

「な、なにっぃ!?」

 私の魔法は確かに直撃した。なのにもかかわらず、ソレは一歩も動かず、無傷だった。

「つ、次は、力比べだ!」
 
 今度はぶつかったものに向かって殴りかかった。
 けれど相手は何も動かない。ましてやノーガードだ。
 
 ガンッ!

「クッ、硬すぎる。本気で戦わないとまずそうだな」

 私は少しだけ苦渋を交ぜた表情を浮かべる。
 全身全霊で殴ったにもかかわらず、ビクともしないのだ。

 そんな魔王の様子を少し離れた場所でゼシルは不思議そうに眺めていた。
 側近として魔王様を一人にすることは絶対にあってはならない。何かあってからでは遅いのだ。

「魔王様が『壁を殴る』なんて……ここは、そっとしておいた方がよさそうですね」

 ゼシルは触れてはいけない光景だと察し、視線を逸らす。
 それもそうだろう。尊敬する主が必死に壁に向かって叫び、拳を上げていたら目もそらしたくなる。

「くそっ! 貴様は何者だ! 何故これほどまでに強固なのだ!」
「…………」

 そりゃあ、あなた自身が魔王城を壊れないように補強してるからでしょう!!

 そうゼシルはツッコミたかったものの、出来るはずもない。
 これ以上見ていたら、尊敬する主の理想像が崩れてしまう。
 そう思ったゼシルは少し悲しそうに会場へ戻った。

 そして、魔王の方はというと、

「次の一撃で倒してやる。今日は忙しいんだ。炎魔法【煉獄《インフェル》──」

 ビクともしない壁に向かって本気の魔法を放とうとしていた。
 しかし、詠唱はあるものによって遮られてしまう。

「うっ……おぇぇぇぇぇ!」

 突如、何か不愉快なものが魔王の口から漏れる。
 そう、酔いによるただの嘔吐だ。しかし、壁を敵だと見間違える今の魔王にとっては……

「吐血!? まさか精神攻撃か……!?」

 嘔吐が吐血に見えてしまった。 
 嘘だと思うかもしれないが、あの汚い色が真っ赤に見えてしまったのだ。

(私の精神異常無効を解除するなど、まさか勇者か!? 勇者が相手なら流石に分が悪すぎる!)

 そう判断した魔王は、この場から離れようと転移魔法を行使しようとした。
 生憎、ここは魔王城。幹部たちと協力すれば、たとえ勇者だろうと難なく倒せる。

「無魔法【輪廻の転生リンカーネイション】……ってあれ、これって転生魔法じゃ──」

 気づいた時には既に遅かった。
 最後まで言い切られることはなく、魔王の身体はその場から消失する。
 こうして、魔王は最後の力を振り絞って転移魔法ではなく、転生魔法を行使してしまったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく……

踊りまんぼう
ファンタジー
主人公であるセイは異世界転生者であるが、地味な生活を送っていた。 そんな中、昔パーティを組んだことのある仲間に誘われてとある依頼に参加したのだが……。 *表題の二人旅は第09話からです (カクヨム、小説家になろうでも公開中です)

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

処理中です...