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23 ハーレムルートのその先は……①

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『訊きたいことがある。俺と白鷺紡莉の関係について』

 そんなメールを父親に送ってすぐ、こんな返信が返ってきた。

『光路、少しドライブに行かないか』

 正直思うところはいろいろあったんだが、それも含めてのドライブという口実なのだろう。
 今更恨み辛みがあるわけでもないし、罵詈雑言をぶちまけたいわけでもない。
 ただ、父親の選んだ選択は誰かに迷惑を掛けたわけだし、そこには大なり小なりの覚悟はあったはずなのだ。
 それを知らずしてその罪――罪と言うべきかどうかも曖昧だが――を裁けるわけもない。
 単純にそれが知りたかった。
 それが分かれば俺は一歩踏み出せるような気がしたんだ。
 黒宮のことを考えるうえで、どうしても邪魔になるノイズ。
 覚悟やら責任やら、俺の足を縫い止める呪いにも似た何か。
 それを払拭しないことには前には進めない。
 だから、俺はトラウマと向き直る。
 もう一度、傷口を直視しなければならない。

 まぁ、ともかくそんなわけで。
 ……そんなわけで、親子二人、花のないドライブをすることになった。

――

 ウインカーがカチカチと鳴る。
 父親がハンドルを切ると、ゆるやかな重力が俺を揺さぶった。
 俺と父親、二人を乗せた車が高速のインターへと吸い込まれてゆく。

 ……結局、目的地は告げないままだ。
 まぁ、数分で終わるドライブだとは思っていなかったし、そのこと自体にはさして疑問も湧かない。
 ただ、沈黙を続けるお隣さんに多少苛立っていたのは事実だろう。

 高速で走り抜ける走行音だけが車内に満たされていた。
 それはどうしようもなく退屈で、どうしようもなく無駄に思えた。
 そこまでシステマティックというか、効率厨というわけでもないが、この無言の時間はどうにも耐えがたかった。
 一時期は話をしたくないとすら思っていたのに。勝手なもんだな。

 さすがに我慢できなくなって、俺は口を開いた。
 先程から何度か質問を振ろうとしてはいたが、それは曖昧に流されるばかりだった。
 とはいえ、諦めたところで時間が早く進むわけではない。
 だからそれは仕方なく、ともすれば嫌々とも言える心境で踏み出したのだった。

「なぁ、そろそろいい加減に……!」

 俺は少し声を荒げた。
 少しは父親を理解できた。そう思っていたのに。
 なんだか更に良く分からなくなってしまったようだ。
 俺の声が震えたのは、そんな動揺が混ざっていたからかもしれない。
 それに対する父親のほうはというと、

「……ああ、分かっている。焦れったいよな。苛つくよな。……きっとそうなんだろう。それは分かってるんだ。……でも、お願いだ」

 俺はそこで視線を上げた。
 そういえば今日、初めて父親の顔を見たかもしれない。
 その顔は眩しそうな表情だった。
 ……あるいは、痛々しい表情とも言えるのかもしれなかった。

「光路、少しだけ……。父さんにも時間をくれないか……?」

 そんな顔で、そんなことを言われたら……。
 苛立っていることがバカみたいに思えてくる。
 俺は何も言わずに、深く深く息を吸って、そのまま全部吐き出した。
 しょうがないよな……。
 俺は駆け抜けていく木々を目で追う作業に、没頭することにした。

 1時間くらい高速を走った頃だろうか。
 気がつけばなだらかな坂道が続いている。
 いつの間にやら高速道路ではなく有料道路に変わっていて、わりと広めの駐車できるスペースが広がっていた。
 元は、休憩所として使われていたんだろうが、今では建物すら残っていない。広々とした駐車場だけが意味もなく鎮座している。

 父親はその広いスペースに車を止めた。
 白線を無視した大胆な止め方だ。「なに、もし人が来たら退けるさ」と軽い調子で答える。俺としては、そんなもんかと思うだけだった。

 父親は車のドア越しに寄りかかると、煙草に火を点けた。
 俺は助手席から回り込んではみるものの、特にすることもなく父親の近くで佇んでいた。
 やがて、紫煙を吐き出して父親は呟いた。

「色々と言いたいことはあるが、伝え方が難しくてね。……難しいものだよな、事実をありのまま伝えるというのも」

 それは独白だった。あるいは、白状とも言うかもしれない。

「順序立てて説明しよう。やっぱりそれが一番良い気がする」

 結論は見えている。だからそれで構わない。
 俺が知りたいのは過程だ。
 その心境が知れたら、俺の判断に役立つような、そんな気がしている。

「父さんには二人の幼馴染がいた。二人とも大切な人だった。友達、親友……それだけではなかったと思う。それが恋だとか愛だとか、そういう男女関係に発展することは、まだ実感できていなかったな。……少なくともあの時はまだ」

 煙草の、灰が落ちる。

「告白されたのは同じ日だったな。お互いに示し合わせてたんだろう。同時に告白されて、付き合うか付き合わないかを選ばなければいけなかったんだが、……実を言うと最初はね、どちらとも付き合わない。そういう選択肢を選ぶつもりだったんだ」

 それは、想定外な回答だった。
 何処となく俺は、父親は好色な人間だと思っていた。その場ですぐ両方を選んだんだと、そう思っていたんだが、それはきっぱりと否定された。
 現実は想像よりもっと複雑だった。

「思えば父さんたちは奇妙なバランスで成り立っていた。夢を語る甘ったれたガキだった父さん。病弱だけど芯の強くて優しい性格だった女の子。この子を里美としよう。頭の回転が速くて、だけど何処か危なっかしい雰囲気の女の子。この子はそうだな、美鷺とでもしとこうか」

 里美とは、俺の母さんで間違いないだろう。
 そうなると鷺美は、白鷺母か。
 苗字から取ってるだろうそれは、あまり仮名というには隠せていない。
 まぁ、本人もそれほど隠す気もないのだろう。

「父さんの夢を支えられるくらい行動力のある美鷺だったけど、二人して調子に乗ってしまうこともあった。それを指摘して改めさせることができるのが里美の魅力だった。里美は様々な分野に卓越していたが、いかんせん体力がなかった。そんな彼女をフォローして支え合う二人は、まるで姉妹のようだった。
 あの頃は楽しかった。父さんの思いつきに二人を引っ張り回して、色んなことをしたんだ。何をしても楽しかったし、何でもできた。バイトどころかちょっとした起業までしてたからな。毎日何かに夢中だったし、それがいつまでも続くんだと思っていたよ」

 詳しくは知らないが、今現在も起業している……というか要は個人事業主。言ってしまえば社長なんじゃなかったか。
 ……何の会社かは、あまり思い出したくもないが。

「だからこそ、告白された日、全てが終わってしまったと思ったよ。どちらを選んでも、この関係は終わる。どう頑張って足掻いたところで些細なしこりは必ず残る。そうなればこの関係は破綻する。……なんとなくそれは理解できた。
 だからこそ、簡単には決められないし、決めるべきではない。決めるには何よりも確固たる意思が必要だった」

 それはそうだ。父親にもその程度の想像力はあった。
 当たり前だけど、少し予想外でもあった。
 もっと酷い父親であれば、もっと罵倒してもっと見下して、俺自身もこんな気持ちにならなくて済んだだろうに。

「だから父さんは、逃げ出したんだ」

 ……は?
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