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08 潮騒にまぎれて……⑥
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「少し泳ぎましょう、白里くん」
そうして波打ち際まで移動する俺と黒宮。
……どことなく砂浜を見ると水を掛け合うカップルを思い浮かべてしまうのは、やはりドラマや何かの影響なのだろうか。
そんな俺の思考を読んだかのように、黒宮はその細いしなやかな指を水につける。そして、ピシャッ! 水滴を俺へと飛ばしてくる。
「えいっ。えいっ」
やたらと声が棒読みなのが気に掛かるが、誰もが憧れるシチュエーションだけにニヤける顔は隠せない。
「や、やったな。このっ」
そのままピシャピシャと水を弾き合うが、なんだか想定していた雰囲気と違う。あれ……? こんなんだっけ? もっと楽しげじゃなかったっけ?
「……これ、恥ずかしすぎないか?」
「やっぱりそう思う? 白里くん……」
『………………』
二人して顔を背けてしまう。というか、たぶん顔が赤くなっている。
というかなんで恋人でもないのに、こんな恥ずかしいことやってるんだろう。
「泳ぐか」
「そうね」
そのまま早足に沖へとひた進む俺たちだった。
――
沖まで行くと、波がだんだん高くなり始めた。
さすがにジャンプしても頂点までは届かないので、波を盛大に被ることになるが、俺も黒宮も泳ぎは苦手じゃないのでさして気にすることもない。
というか、黒宮は波が来るたびに全身から浴びに行っているようだった。
「お前、そんなに海が好きなのか? というか波を喰らうのが好きなのか」
「私が好きなのは、あなたとイチャイチャすることよ白里くん」
「いや、そういうことではなく……」
というか、不意に言われると顔が赤くなるのでやめていただきたい。
そんなやりとりを挟みながらも再度波へ体当たりをかます黒宮。なんだ、何がお前を掻き立てるんだ。
「う~ん、波で水着がほどけないかと思ったのだけれど、なかなか難しいのね……」
「お前はそんなことを企んでたのか」
「……いっそ自分から外した方が――」
「ダメだからな?! 絶対にダメだからな?!」
俺は必死になって黒宮を宥める。なにせ、すぐ近くには浮き輪でプカプカしてる子供とその親御さんまでいらっしゃるのだ。
いくらなんでも危険すぎる。
「……もっと沖まで行かないとダメかしら」
「言っとくが、俺は行かないぞ」
「……そう、残念ね」
黒宮はなんとか黒い衝動を抑えてくれたようだった。
俺はそっと胸を撫で下ろしていた。
――
白いビーチ。青い海。開放的な青空の下、白磁の肌を晒しながら黒宮は唇をへの字に曲げる。
「ぬかったわ……」
どーした? と訊いたところでどうせロクな回答は返ってこないことは分かりきっているのだが、さりとてほかに返す言葉もなく、無視するのも躊躇われた俺はやっぱり無難に「どーした?」と訊いた。
「濡れたTシャツという美学をすっかり失念していたわ。私としたことが、なんてこと……」
「ショックを受けてる最中悪いが、『なんてこと……』はこっちの台詞だよ」
どうしてコイツはこうにも年中こうなのだろう。相手が俺だけだから社会的には適合できてはいるが、普通に考えたらただの性犯罪者じゃなかろうか。
「でも、考えてみて白里くん。濡れたTシャツ、張り付く肌、浮き出る曲線美……。そういうの、キライ……?」
……キライではないが。一応視線を逸らしつつも不意を突いて二度見したりはするが。
「……残念だわ。そんなふうに貴方に視姦されるのも、素敵だったでしょうに……」
その目が一瞬、恋する乙女の瞳みたいに見えて、俺は思わず唾を飲み込んだ。……ゴクリンコ。
けど、よくよく考えると発言が完全にアウトだった。一気に冷めた。
そうして半眼で見つめた先に、目に付いたのは黒宮の胸元にぶら下がる、ひとつのネックレスだった。細いネックストラップに金属製のフック。だが、その先にはあるべき飾りが存在しない。……これって、なんだかおかしくないか?
「なぁ、黒宮」
「なあに白里くん、人の胸元を穴が空くほど見つめてきて……。劣情を催したのならまた沖にまで行く? 潮騒にまぎれてすれば多分バレないと思――」
「お前はファミリーで溢れる天下の海水浴場で何をしようとしてる。潮騒にまぎれようとバレるに決まってるから。というかそもそもそういうのはしないし、劣情など催してもいない」
「……そう、残念だわ。まぁ、紫外線と白里くんの視線を充分に浴びれたから満足としましょうか。……で、じゃあどうしたの白里くん?」
俺の視線とか言うなし。まぁ、確かに黒宮の視線を盗んで何度かチラ見してるけど。30秒に1~2回くらいの頻度で良く弾むおっぱいを堪能してはいたけど。
まぁ、それはそれとして。
「それ、どうしたんだ? 紐だけのネックレスだなんて言うわけじゃないよな?」
そう言った瞬間、黒宮の表情が激変した。まるで、家族の形見でも失くしたような表情で……。
「お、おい?! まさか、そんなに大事なものだったのかよっ」
俺は無我夢中になって黒宮の肩を掴む。
「なぁ、どんな形のものだったんだ!? 特徴だよ、なんでもいい!」
「白くて、丸い……。大きさは、……そう、小指くらい」
俺は言い終わる前に走り出した。考えられるのは海、砂浜。
思い出せ、泳ぎ始める前にはあったか……?
何度もチラ見した胸元。そのうえにネックレス……。あった気がする。
だとすれば、この海に、この砂浜の何処かに、きっとあるはずだ。
「無理よ、白里くん。だいじょうぶ、諦めはつくから」
「うるせえ、知ったことかよ。お前は黙ってろ」
俺は、あの表情を知っている。
大切なものを失くした、あの表情を。
浅瀬を走り回る。貝殻が足に突き刺さったが血が出てても構わない。
波打ち際に頭から突っ込む。砂が舞い上がって水が濁る。視界が悪い。ゴーグル持ってくれば良かったな。けど、取りに行くのも面倒だ。このままで良いか。
何度も潜って水中で目を凝らす。くそ、空気が足りない。水面に上がるのも煩わしい。
何度潜ってもそれらしいものは見つからない。くそっ、何処にある!?
しばらく探していると、後ろから俺を抱き留める腕があった。引き摺られるようにして浜辺まで連れて行かれる。
相手は感触で充分に分かったが、黒宮だった。
「車にもなかったし、拾得物にもなかったそうよ。……もう、諦めるから探すのをやめて」
「何言ってんだ。まだ見つかってねえだろ。まだ沖の方が探せてねえ」
「ダメよ白里くん、もう夕方になるわ。……タイムオーバーよ」
気づけばもう、日が暮れ始めていた。道理で視界が悪いと……。って、あれ……? さっきまで太陽が真上にいなかったか? もうそんなに時間が経ってたのか?
けど、まだ見つかってない。まだ探し足りない。
「良いから。もう帰るわよ」
「けど……、でも……」
「白里くん、もうやめて……」
黒宮は縋るようにして俺の腕を取った。
俺は、吐き捨てるようにして「くそっ」とだけ漏らした。
そして、俺は黒宮の運転で地元へと帰るのだった。
そうして波打ち際まで移動する俺と黒宮。
……どことなく砂浜を見ると水を掛け合うカップルを思い浮かべてしまうのは、やはりドラマや何かの影響なのだろうか。
そんな俺の思考を読んだかのように、黒宮はその細いしなやかな指を水につける。そして、ピシャッ! 水滴を俺へと飛ばしてくる。
「えいっ。えいっ」
やたらと声が棒読みなのが気に掛かるが、誰もが憧れるシチュエーションだけにニヤける顔は隠せない。
「や、やったな。このっ」
そのままピシャピシャと水を弾き合うが、なんだか想定していた雰囲気と違う。あれ……? こんなんだっけ? もっと楽しげじゃなかったっけ?
「……これ、恥ずかしすぎないか?」
「やっぱりそう思う? 白里くん……」
『………………』
二人して顔を背けてしまう。というか、たぶん顔が赤くなっている。
というかなんで恋人でもないのに、こんな恥ずかしいことやってるんだろう。
「泳ぐか」
「そうね」
そのまま早足に沖へとひた進む俺たちだった。
――
沖まで行くと、波がだんだん高くなり始めた。
さすがにジャンプしても頂点までは届かないので、波を盛大に被ることになるが、俺も黒宮も泳ぎは苦手じゃないのでさして気にすることもない。
というか、黒宮は波が来るたびに全身から浴びに行っているようだった。
「お前、そんなに海が好きなのか? というか波を喰らうのが好きなのか」
「私が好きなのは、あなたとイチャイチャすることよ白里くん」
「いや、そういうことではなく……」
というか、不意に言われると顔が赤くなるのでやめていただきたい。
そんなやりとりを挟みながらも再度波へ体当たりをかます黒宮。なんだ、何がお前を掻き立てるんだ。
「う~ん、波で水着がほどけないかと思ったのだけれど、なかなか難しいのね……」
「お前はそんなことを企んでたのか」
「……いっそ自分から外した方が――」
「ダメだからな?! 絶対にダメだからな?!」
俺は必死になって黒宮を宥める。なにせ、すぐ近くには浮き輪でプカプカしてる子供とその親御さんまでいらっしゃるのだ。
いくらなんでも危険すぎる。
「……もっと沖まで行かないとダメかしら」
「言っとくが、俺は行かないぞ」
「……そう、残念ね」
黒宮はなんとか黒い衝動を抑えてくれたようだった。
俺はそっと胸を撫で下ろしていた。
――
白いビーチ。青い海。開放的な青空の下、白磁の肌を晒しながら黒宮は唇をへの字に曲げる。
「ぬかったわ……」
どーした? と訊いたところでどうせロクな回答は返ってこないことは分かりきっているのだが、さりとてほかに返す言葉もなく、無視するのも躊躇われた俺はやっぱり無難に「どーした?」と訊いた。
「濡れたTシャツという美学をすっかり失念していたわ。私としたことが、なんてこと……」
「ショックを受けてる最中悪いが、『なんてこと……』はこっちの台詞だよ」
どうしてコイツはこうにも年中こうなのだろう。相手が俺だけだから社会的には適合できてはいるが、普通に考えたらただの性犯罪者じゃなかろうか。
「でも、考えてみて白里くん。濡れたTシャツ、張り付く肌、浮き出る曲線美……。そういうの、キライ……?」
……キライではないが。一応視線を逸らしつつも不意を突いて二度見したりはするが。
「……残念だわ。そんなふうに貴方に視姦されるのも、素敵だったでしょうに……」
その目が一瞬、恋する乙女の瞳みたいに見えて、俺は思わず唾を飲み込んだ。……ゴクリンコ。
けど、よくよく考えると発言が完全にアウトだった。一気に冷めた。
そうして半眼で見つめた先に、目に付いたのは黒宮の胸元にぶら下がる、ひとつのネックレスだった。細いネックストラップに金属製のフック。だが、その先にはあるべき飾りが存在しない。……これって、なんだかおかしくないか?
「なぁ、黒宮」
「なあに白里くん、人の胸元を穴が空くほど見つめてきて……。劣情を催したのならまた沖にまで行く? 潮騒にまぎれてすれば多分バレないと思――」
「お前はファミリーで溢れる天下の海水浴場で何をしようとしてる。潮騒にまぎれようとバレるに決まってるから。というかそもそもそういうのはしないし、劣情など催してもいない」
「……そう、残念だわ。まぁ、紫外線と白里くんの視線を充分に浴びれたから満足としましょうか。……で、じゃあどうしたの白里くん?」
俺の視線とか言うなし。まぁ、確かに黒宮の視線を盗んで何度かチラ見してるけど。30秒に1~2回くらいの頻度で良く弾むおっぱいを堪能してはいたけど。
まぁ、それはそれとして。
「それ、どうしたんだ? 紐だけのネックレスだなんて言うわけじゃないよな?」
そう言った瞬間、黒宮の表情が激変した。まるで、家族の形見でも失くしたような表情で……。
「お、おい?! まさか、そんなに大事なものだったのかよっ」
俺は無我夢中になって黒宮の肩を掴む。
「なぁ、どんな形のものだったんだ!? 特徴だよ、なんでもいい!」
「白くて、丸い……。大きさは、……そう、小指くらい」
俺は言い終わる前に走り出した。考えられるのは海、砂浜。
思い出せ、泳ぎ始める前にはあったか……?
何度もチラ見した胸元。そのうえにネックレス……。あった気がする。
だとすれば、この海に、この砂浜の何処かに、きっとあるはずだ。
「無理よ、白里くん。だいじょうぶ、諦めはつくから」
「うるせえ、知ったことかよ。お前は黙ってろ」
俺は、あの表情を知っている。
大切なものを失くした、あの表情を。
浅瀬を走り回る。貝殻が足に突き刺さったが血が出てても構わない。
波打ち際に頭から突っ込む。砂が舞い上がって水が濁る。視界が悪い。ゴーグル持ってくれば良かったな。けど、取りに行くのも面倒だ。このままで良いか。
何度も潜って水中で目を凝らす。くそ、空気が足りない。水面に上がるのも煩わしい。
何度潜ってもそれらしいものは見つからない。くそっ、何処にある!?
しばらく探していると、後ろから俺を抱き留める腕があった。引き摺られるようにして浜辺まで連れて行かれる。
相手は感触で充分に分かったが、黒宮だった。
「車にもなかったし、拾得物にもなかったそうよ。……もう、諦めるから探すのをやめて」
「何言ってんだ。まだ見つかってねえだろ。まだ沖の方が探せてねえ」
「ダメよ白里くん、もう夕方になるわ。……タイムオーバーよ」
気づけばもう、日が暮れ始めていた。道理で視界が悪いと……。って、あれ……? さっきまで太陽が真上にいなかったか? もうそんなに時間が経ってたのか?
けど、まだ見つかってない。まだ探し足りない。
「良いから。もう帰るわよ」
「けど……、でも……」
「白里くん、もうやめて……」
黒宮は縋るようにして俺の腕を取った。
俺は、吐き捨てるようにして「くそっ」とだけ漏らした。
そして、俺は黒宮の運転で地元へと帰るのだった。
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