8 / 40
08 潮騒にまぎれて……⑥
しおりを挟む
「少し泳ぎましょう、白里くん」
そうして波打ち際まで移動する俺と黒宮。
……どことなく砂浜を見ると水を掛け合うカップルを思い浮かべてしまうのは、やはりドラマや何かの影響なのだろうか。
そんな俺の思考を読んだかのように、黒宮はその細いしなやかな指を水につける。そして、ピシャッ! 水滴を俺へと飛ばしてくる。
「えいっ。えいっ」
やたらと声が棒読みなのが気に掛かるが、誰もが憧れるシチュエーションだけにニヤける顔は隠せない。
「や、やったな。このっ」
そのままピシャピシャと水を弾き合うが、なんだか想定していた雰囲気と違う。あれ……? こんなんだっけ? もっと楽しげじゃなかったっけ?
「……これ、恥ずかしすぎないか?」
「やっぱりそう思う? 白里くん……」
『………………』
二人して顔を背けてしまう。というか、たぶん顔が赤くなっている。
というかなんで恋人でもないのに、こんな恥ずかしいことやってるんだろう。
「泳ぐか」
「そうね」
そのまま早足に沖へとひた進む俺たちだった。
――
沖まで行くと、波がだんだん高くなり始めた。
さすがにジャンプしても頂点までは届かないので、波を盛大に被ることになるが、俺も黒宮も泳ぎは苦手じゃないのでさして気にすることもない。
というか、黒宮は波が来るたびに全身から浴びに行っているようだった。
「お前、そんなに海が好きなのか? というか波を喰らうのが好きなのか」
「私が好きなのは、あなたとイチャイチャすることよ白里くん」
「いや、そういうことではなく……」
というか、不意に言われると顔が赤くなるのでやめていただきたい。
そんなやりとりを挟みながらも再度波へ体当たりをかます黒宮。なんだ、何がお前を掻き立てるんだ。
「う~ん、波で水着がほどけないかと思ったのだけれど、なかなか難しいのね……」
「お前はそんなことを企んでたのか」
「……いっそ自分から外した方が――」
「ダメだからな?! 絶対にダメだからな?!」
俺は必死になって黒宮を宥める。なにせ、すぐ近くには浮き輪でプカプカしてる子供とその親御さんまでいらっしゃるのだ。
いくらなんでも危険すぎる。
「……もっと沖まで行かないとダメかしら」
「言っとくが、俺は行かないぞ」
「……そう、残念ね」
黒宮はなんとか黒い衝動を抑えてくれたようだった。
俺はそっと胸を撫で下ろしていた。
――
白いビーチ。青い海。開放的な青空の下、白磁の肌を晒しながら黒宮は唇をへの字に曲げる。
「ぬかったわ……」
どーした? と訊いたところでどうせロクな回答は返ってこないことは分かりきっているのだが、さりとてほかに返す言葉もなく、無視するのも躊躇われた俺はやっぱり無難に「どーした?」と訊いた。
「濡れたTシャツという美学をすっかり失念していたわ。私としたことが、なんてこと……」
「ショックを受けてる最中悪いが、『なんてこと……』はこっちの台詞だよ」
どうしてコイツはこうにも年中こうなのだろう。相手が俺だけだから社会的には適合できてはいるが、普通に考えたらただの性犯罪者じゃなかろうか。
「でも、考えてみて白里くん。濡れたTシャツ、張り付く肌、浮き出る曲線美……。そういうの、キライ……?」
……キライではないが。一応視線を逸らしつつも不意を突いて二度見したりはするが。
「……残念だわ。そんなふうに貴方に視姦されるのも、素敵だったでしょうに……」
その目が一瞬、恋する乙女の瞳みたいに見えて、俺は思わず唾を飲み込んだ。……ゴクリンコ。
けど、よくよく考えると発言が完全にアウトだった。一気に冷めた。
そうして半眼で見つめた先に、目に付いたのは黒宮の胸元にぶら下がる、ひとつのネックレスだった。細いネックストラップに金属製のフック。だが、その先にはあるべき飾りが存在しない。……これって、なんだかおかしくないか?
「なぁ、黒宮」
「なあに白里くん、人の胸元を穴が空くほど見つめてきて……。劣情を催したのならまた沖にまで行く? 潮騒にまぎれてすれば多分バレないと思――」
「お前はファミリーで溢れる天下の海水浴場で何をしようとしてる。潮騒にまぎれようとバレるに決まってるから。というかそもそもそういうのはしないし、劣情など催してもいない」
「……そう、残念だわ。まぁ、紫外線と白里くんの視線を充分に浴びれたから満足としましょうか。……で、じゃあどうしたの白里くん?」
俺の視線とか言うなし。まぁ、確かに黒宮の視線を盗んで何度かチラ見してるけど。30秒に1~2回くらいの頻度で良く弾むおっぱいを堪能してはいたけど。
まぁ、それはそれとして。
「それ、どうしたんだ? 紐だけのネックレスだなんて言うわけじゃないよな?」
そう言った瞬間、黒宮の表情が激変した。まるで、家族の形見でも失くしたような表情で……。
「お、おい?! まさか、そんなに大事なものだったのかよっ」
俺は無我夢中になって黒宮の肩を掴む。
「なぁ、どんな形のものだったんだ!? 特徴だよ、なんでもいい!」
「白くて、丸い……。大きさは、……そう、小指くらい」
俺は言い終わる前に走り出した。考えられるのは海、砂浜。
思い出せ、泳ぎ始める前にはあったか……?
何度もチラ見した胸元。そのうえにネックレス……。あった気がする。
だとすれば、この海に、この砂浜の何処かに、きっとあるはずだ。
「無理よ、白里くん。だいじょうぶ、諦めはつくから」
「うるせえ、知ったことかよ。お前は黙ってろ」
俺は、あの表情を知っている。
大切なものを失くした、あの表情を。
浅瀬を走り回る。貝殻が足に突き刺さったが血が出てても構わない。
波打ち際に頭から突っ込む。砂が舞い上がって水が濁る。視界が悪い。ゴーグル持ってくれば良かったな。けど、取りに行くのも面倒だ。このままで良いか。
何度も潜って水中で目を凝らす。くそ、空気が足りない。水面に上がるのも煩わしい。
何度潜ってもそれらしいものは見つからない。くそっ、何処にある!?
しばらく探していると、後ろから俺を抱き留める腕があった。引き摺られるようにして浜辺まで連れて行かれる。
相手は感触で充分に分かったが、黒宮だった。
「車にもなかったし、拾得物にもなかったそうよ。……もう、諦めるから探すのをやめて」
「何言ってんだ。まだ見つかってねえだろ。まだ沖の方が探せてねえ」
「ダメよ白里くん、もう夕方になるわ。……タイムオーバーよ」
気づけばもう、日が暮れ始めていた。道理で視界が悪いと……。って、あれ……? さっきまで太陽が真上にいなかったか? もうそんなに時間が経ってたのか?
けど、まだ見つかってない。まだ探し足りない。
「良いから。もう帰るわよ」
「けど……、でも……」
「白里くん、もうやめて……」
黒宮は縋るようにして俺の腕を取った。
俺は、吐き捨てるようにして「くそっ」とだけ漏らした。
そして、俺は黒宮の運転で地元へと帰るのだった。
そうして波打ち際まで移動する俺と黒宮。
……どことなく砂浜を見ると水を掛け合うカップルを思い浮かべてしまうのは、やはりドラマや何かの影響なのだろうか。
そんな俺の思考を読んだかのように、黒宮はその細いしなやかな指を水につける。そして、ピシャッ! 水滴を俺へと飛ばしてくる。
「えいっ。えいっ」
やたらと声が棒読みなのが気に掛かるが、誰もが憧れるシチュエーションだけにニヤける顔は隠せない。
「や、やったな。このっ」
そのままピシャピシャと水を弾き合うが、なんだか想定していた雰囲気と違う。あれ……? こんなんだっけ? もっと楽しげじゃなかったっけ?
「……これ、恥ずかしすぎないか?」
「やっぱりそう思う? 白里くん……」
『………………』
二人して顔を背けてしまう。というか、たぶん顔が赤くなっている。
というかなんで恋人でもないのに、こんな恥ずかしいことやってるんだろう。
「泳ぐか」
「そうね」
そのまま早足に沖へとひた進む俺たちだった。
――
沖まで行くと、波がだんだん高くなり始めた。
さすがにジャンプしても頂点までは届かないので、波を盛大に被ることになるが、俺も黒宮も泳ぎは苦手じゃないのでさして気にすることもない。
というか、黒宮は波が来るたびに全身から浴びに行っているようだった。
「お前、そんなに海が好きなのか? というか波を喰らうのが好きなのか」
「私が好きなのは、あなたとイチャイチャすることよ白里くん」
「いや、そういうことではなく……」
というか、不意に言われると顔が赤くなるのでやめていただきたい。
そんなやりとりを挟みながらも再度波へ体当たりをかます黒宮。なんだ、何がお前を掻き立てるんだ。
「う~ん、波で水着がほどけないかと思ったのだけれど、なかなか難しいのね……」
「お前はそんなことを企んでたのか」
「……いっそ自分から外した方が――」
「ダメだからな?! 絶対にダメだからな?!」
俺は必死になって黒宮を宥める。なにせ、すぐ近くには浮き輪でプカプカしてる子供とその親御さんまでいらっしゃるのだ。
いくらなんでも危険すぎる。
「……もっと沖まで行かないとダメかしら」
「言っとくが、俺は行かないぞ」
「……そう、残念ね」
黒宮はなんとか黒い衝動を抑えてくれたようだった。
俺はそっと胸を撫で下ろしていた。
――
白いビーチ。青い海。開放的な青空の下、白磁の肌を晒しながら黒宮は唇をへの字に曲げる。
「ぬかったわ……」
どーした? と訊いたところでどうせロクな回答は返ってこないことは分かりきっているのだが、さりとてほかに返す言葉もなく、無視するのも躊躇われた俺はやっぱり無難に「どーした?」と訊いた。
「濡れたTシャツという美学をすっかり失念していたわ。私としたことが、なんてこと……」
「ショックを受けてる最中悪いが、『なんてこと……』はこっちの台詞だよ」
どうしてコイツはこうにも年中こうなのだろう。相手が俺だけだから社会的には適合できてはいるが、普通に考えたらただの性犯罪者じゃなかろうか。
「でも、考えてみて白里くん。濡れたTシャツ、張り付く肌、浮き出る曲線美……。そういうの、キライ……?」
……キライではないが。一応視線を逸らしつつも不意を突いて二度見したりはするが。
「……残念だわ。そんなふうに貴方に視姦されるのも、素敵だったでしょうに……」
その目が一瞬、恋する乙女の瞳みたいに見えて、俺は思わず唾を飲み込んだ。……ゴクリンコ。
けど、よくよく考えると発言が完全にアウトだった。一気に冷めた。
そうして半眼で見つめた先に、目に付いたのは黒宮の胸元にぶら下がる、ひとつのネックレスだった。細いネックストラップに金属製のフック。だが、その先にはあるべき飾りが存在しない。……これって、なんだかおかしくないか?
「なぁ、黒宮」
「なあに白里くん、人の胸元を穴が空くほど見つめてきて……。劣情を催したのならまた沖にまで行く? 潮騒にまぎれてすれば多分バレないと思――」
「お前はファミリーで溢れる天下の海水浴場で何をしようとしてる。潮騒にまぎれようとバレるに決まってるから。というかそもそもそういうのはしないし、劣情など催してもいない」
「……そう、残念だわ。まぁ、紫外線と白里くんの視線を充分に浴びれたから満足としましょうか。……で、じゃあどうしたの白里くん?」
俺の視線とか言うなし。まぁ、確かに黒宮の視線を盗んで何度かチラ見してるけど。30秒に1~2回くらいの頻度で良く弾むおっぱいを堪能してはいたけど。
まぁ、それはそれとして。
「それ、どうしたんだ? 紐だけのネックレスだなんて言うわけじゃないよな?」
そう言った瞬間、黒宮の表情が激変した。まるで、家族の形見でも失くしたような表情で……。
「お、おい?! まさか、そんなに大事なものだったのかよっ」
俺は無我夢中になって黒宮の肩を掴む。
「なぁ、どんな形のものだったんだ!? 特徴だよ、なんでもいい!」
「白くて、丸い……。大きさは、……そう、小指くらい」
俺は言い終わる前に走り出した。考えられるのは海、砂浜。
思い出せ、泳ぎ始める前にはあったか……?
何度もチラ見した胸元。そのうえにネックレス……。あった気がする。
だとすれば、この海に、この砂浜の何処かに、きっとあるはずだ。
「無理よ、白里くん。だいじょうぶ、諦めはつくから」
「うるせえ、知ったことかよ。お前は黙ってろ」
俺は、あの表情を知っている。
大切なものを失くした、あの表情を。
浅瀬を走り回る。貝殻が足に突き刺さったが血が出てても構わない。
波打ち際に頭から突っ込む。砂が舞い上がって水が濁る。視界が悪い。ゴーグル持ってくれば良かったな。けど、取りに行くのも面倒だ。このままで良いか。
何度も潜って水中で目を凝らす。くそ、空気が足りない。水面に上がるのも煩わしい。
何度潜ってもそれらしいものは見つからない。くそっ、何処にある!?
しばらく探していると、後ろから俺を抱き留める腕があった。引き摺られるようにして浜辺まで連れて行かれる。
相手は感触で充分に分かったが、黒宮だった。
「車にもなかったし、拾得物にもなかったそうよ。……もう、諦めるから探すのをやめて」
「何言ってんだ。まだ見つかってねえだろ。まだ沖の方が探せてねえ」
「ダメよ白里くん、もう夕方になるわ。……タイムオーバーよ」
気づけばもう、日が暮れ始めていた。道理で視界が悪いと……。って、あれ……? さっきまで太陽が真上にいなかったか? もうそんなに時間が経ってたのか?
けど、まだ見つかってない。まだ探し足りない。
「良いから。もう帰るわよ」
「けど……、でも……」
「白里くん、もうやめて……」
黒宮は縋るようにして俺の腕を取った。
俺は、吐き捨てるようにして「くそっ」とだけ漏らした。
そして、俺は黒宮の運転で地元へと帰るのだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる