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第四章 【立直】

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 翌日、湖と海との間が塞き止められた。埋め立ての土砂が海へ流れないようにという配慮。明日から4日かけて、ポンプで水が抜かれるらしい。

 残業を終えてバリケードまで行くが、今日はナズがいない。空も曇っていて、月も見えない。そして、Bar OTAMAも看板が出ていない。


 翌日、なんのやる気も起きない週末。一日中ダラダラしていたが、夜中に外へ出る。空を見上げると、月が輝いている。今日なら会えるはず。

 週末で、クリスマス。予想通りBar OTAMAは営業している。そんな日にも関わらず、嬉しいことにおたまさんと二人きり。

 神棚にお供えされたお酒が盃に注がれる。一口飲む。お腹の中が熱くなり、心地よさが全身に広がり、夢見心地になる。目の前の景色が揺らぐ。意識を手放しそうになったその瞬間…

「ご主人、こんきちねー」

 天兎の声に意識を取り戻す。ポケットの中でスマホが誤作動したのだろうか。おたまさんの前でスマホゲームに興じるのは違うだろうと思う。しかし、おたまさんは右手で拳を握り、胸の前に突き上げる。

「頑張って」

 そう言われて、王座の間 東にエントリーする。マッチングされた相手を見て驚く。対局相手3人の名前の横に付く『P』は、プロ雀士の印。

 スマホ限定の演出として、プロ雀士の紹介が流れる。


 天然笑顔は全て策。天使の笑顔にご入信。教祖を気取ったぺてん師は、一人今日もほくそ笑む。
『魅惑のペ天使 さくらきょうこ』

 神も仏も逃げるは恥だ。義理も情もブッチ切る。止めれるものなら止めてみろ。ブレーキなんて付いてないけど、そこんとこ夜露死苦!
『仏恥義理のラグナ』

 捨て牌流れるこの河を、描いているのはアーティスト。流れて落ちる滝の底。滝壺から這い出ても、かすみで手牌は見えません。
『捨ての芸術 カスミン』


 人気若手雀士3人と同時に対局。クリスマスイベントだとしてもあり得ない豪華な面子。ただ、こんなチャンスは二度と無い。

 気合が入る。この3人に勝てれば、それはきち子より強くなったという証明になる。
 あの日から、あの誓いからちょうど一年、必死に麻雀を勉強した。それは、今日この日のためだったのだと思う。


 僕は、必死にプロへ食らいつく。一進一退の攻防が続くが、プロは甘くない。1位とかなり離され、3位でオーラスを迎える。しかし、絶望している暇はない。とにかく役を重ねて勝たなくてはいけない。

 配牌を見て唖然とする。役牌無し、客風牌コーフォンパイ対子トイツ1組。他は見事に色も数字もバラけている。染めも断么九も平和ピンフも三色も狙えない。
 唯一の救いはドラの一筒イーピン塔子ターツがあること。ドラをツモることを期待しつつ、牌効率を計算する。頭にまとわりつく『諦め』の鎖を必死に振りほどく。

 ツモは悪くない。塔子と対子が出来上がっていく。幸か不幸か対子が4つ。そして、新たにツモった牌。来た、一筒、ドラだ。 

 確率は低いが、対々和トイトイ七対子チートイが頭を過る。その時、下家が一筒を切った。喉から手が出るほどほしいドラ。反射的にポンを押した。いや、押そうとした。その時…

「その一筒は鳴いちゃダメ」

 確かにそう聴こえた。その声は天兎。そして、手牌の一筒2つが光ったように見えた。それはまるで、赤い目をした天兎の瞳のように。

 危なかった。鳴いていれば、対々和。ドラ3でも届かない。三暗刻や槓でドラを増やすという狙いは危険過ぎる賭け。
 しかし、ドラ2で七対子も、立直をかけても裏ドラが乗らなければ足りない。

 ポンをするか、しないか、悩む。その時、大学時代にきち子が言っていたことを思い出した。

「子供の頃、初めて作った役が七対子なんだ」
「対々和より七対子の方が手が広いから」
「運に任せなきゃ出来ない手もあるけど、我慢は大事」

 そうだったよね、ありがとうきち子。

 一筒を見送ると、すぐにチャンスが来た。ツモった牌で6つ目の対子。一発、ツモ、裏ドラ、そのいずれかが乗れば捲れる

 勝利へ、きち子へ、立直!
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