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勇気の翼
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~ この大空へ 翼を広げ 飛んで行きたいよ 悲しみの無い 自由な空へ 翼はためかせ 行きたい ~
歌い終わり薄暗い体育館の天井を見上げると、その向こうに広がっている空が見えた気がした。この瞬間、引っ込み思案だった私が変わった。
飛びたい。
この合唱コンクールから10年後、私は空を飛ぶ。世界中の大学生が集い、空を目指す一大イベント、バードマンラリー。
「さぁ、次の挑戦者は日本からの参戦。空に憧れた二人は、まさか二人乗りで挑む」
私達の紹介を瞬時に和訳してくれているイヤホンを外す。左手の薬指に右手をあて、気持ちを落ち着かせる。そして、前を見る。そこにいるのは勇気。彼は、私にとって初めての人。彼は後ろを振り返り、私に向けて言った。
「準備OKだよ。歌蘭、いつものお願い」
それを聞いて私は歌う。曲は『翼をください』
歌いながらペダルをこぎ始める。最初はゆっくりと力強く。ペダルに込められた力がプロペラに伝わり、風を生む。徐々にペダルをこぐ速度が上がり、空気の流れが十分だと感じた勇気が、ストッパーを抜く。
すると、私たちの人力飛行機が前へと進む。ふわりと飛び出したようにみえるだろうが、乗っている私達には強烈な加速圧がかかっている。
~ 今 私の 願い事が 叶うならば 翼が欲しい この背中に 鳥のように 白い翼 つけてください ~
私の、勇気の、私たちの夢の人力飛行機、その名は『翼』
~ この大空へ 翼を広げ 飛んで行きたいよ ~
私は歌いながらペダルをこぐ。翼で空を進むのは、歌うことと同じくらい気持ちが良い。景色を見ながら空を駆けていると、何かが思い出せそうな気がした。
~ 悲しみの無い 自由な空へ ~
合唱コンクールも人力飛行機も、何度も失敗を重ねて作り上げた。今、空を切る風と翼と、翼をくださいの歌と伴奏と、前の勇気と後ろの私と、それらが全て一体となっているように感じる。
風の状態にもよるが、いつものペースでゆっくりと2番まで歌い終わった辺りで、飛行距離は世界記録を越えた目安になる。
~ 翼はためかせ 行きた… ガッ
頭の中で流れる『翼をください』が突然止まる。ピアノで誤って複数の鍵盤を強く叩いてしまった時のような不調和音が頭の中に響いた。
突風を受けた衝撃と、悲鳴にも似た勇気の「やばい」の声。私が周囲を見渡した時には既に、上下の感覚が無くなってる。
他の人力飛行機と比べて、より気流に乗るように設計された翼。風を受けて陸の方へ流されるように落ちていく。このままでは墜落すると思った瞬間、あの歌が頭に流れる。
~ 昔ギリシャのイカロスは ロウで固めた鳥の羽根 ~
その瞬間から、周囲がスローに見える。そして、過去の記憶が蘇る。
~ 両手に持って飛び立った 雲より高くまだ遠く 勇気一つをともにして ~
昨夜、勇気は言った。
「明日は一緒に空から景色を見よう。それとさ、明日の後も、大学卒業後も、ずっとずっと二人で一緒に未来を見よう」
言い終えると、私の左手薬指に真新しいリングをつけてくれた。
~ 丘はぐんぐん遠ざかり 下に広がる青い海 両手の羽根をはばたかせ ~
「二人乗りなんて無理だよ」
チーム翼の、メカニックを担当する工学部のメンバーが口を揃えて言った。人力飛行機の設計・制作は、強度を保ちつつ如何にして重量をグラム単位で削っていくかの戦いになる。二人乗りの重量を一人力で飛ばしても距離は出ない。
合唱コンクール以来、あらゆることに積極的になった私。やろうと思ったことには、一心不乱に突き進む。そんな私をいつも勇気は絶妙なバランス感覚で取りなしてくれた。だから、翼の推進力は私で、操舵は勇気。それは曲げられない。
一人力で二人乗りは、重量で圧倒的に不利。それならばと、勇気が提案してくれた。
「歌蘭は漕ぐことに集中し、別の者が操舵に集中することによって、他の船より気流を味方にする方法があるはずだ」
「課題曲でアレンジなんてありえねーよ」
勇気は、合唱コンクールの『翼をください』に、アレンジを加えようと提案したが、様々な反対を受けた。
当然だった。『平等』が教育にも過度に取り込まれている中で、課題曲にソロパートを作ろうという提案。通るはずが無かった。でも、勇気はクラスメイトも先生も説得した。私の歌声を聞かせて必死に説得した。
私は、歌うことが大好きだったから。
私は、『翼をください』が大好きだったから。
だから、勇気はみんなを説得した。クラスメイトからも嫌がらせを受けている私に、活躍する場を与える為に。自信を持てず自分を卑下する私に活躍の場を与える為に。
孤児の私に、活躍する場を与える為に。
~ 赤く燃え立つ太陽に ろうで固めた 鳥の羽根 ~
私は、ピンク色に染まる花を見上げながら、両手を羽根のようにパタパタと動かしていた。パタパタとしながら、『翼をください』を歌っていた。理由は覚えていない。ただ、飛ばなければ帰れない気がした。どこに帰りたいかもわからずに。私は、何も分からなかった。何も思い出せなかった。親も、家も、何故ここにいるのかも。そんな私に、初めて話しかけてくれた少年。
「おまえ、歌うまいな。見かけないけどこの辺に住んでるのか? 名前は?」
「カラン」
私が答えたのはそれだけ。それが、たった一つ覚えていたこと。
「そうか、僕はユウキ。家はすぐそこ。来週から小学校の一年生だ」
その後、勇気のお母さんに連れられて、どこかへ連れていかれた。勇気たちと別れて、たくさんの大人に質問されて怖かったのを覚えている。それは、警察や児童相談所の職員だった。
私は、『歌蘭』という漢字で戸籍が与えられて、孤児院が家になった。そして、近くの小学校に入学。クラスメイトに勇気がいるのを見て安心したのを覚えている。
私は、孤児の中でも身元の分からない棄児に該当する。その上、記憶がない。そして、推定される年齢では考えられない程、自分を卑下するような言動をしていた。そんな私だから、最初の梅雨の頃には同級生からいじめられるようになった。
ただ、どんな時でも、勇気は私の見方になってくれた。一度聞いたことがある。どうして私に良くしてくれるのか。彼は真っ直ぐな目で言った。
「カランの歌を聴いているとさ、すっごく元気な気持ちになれるんだ。だからさ、もっと歌をみんなに聴いてもらえば、きっとみんなカランを好きになるはずだよ」
~ みるみるとけてまい散った 翼を奪われイカロスは 落ちて命を失った ~
過去の出来事が頭の中を巡る。これが走馬灯なのかと納得する。以前聞いたことがある。このままでは命を失うと自覚した瞬間、脳が研ぎ澄まされる。
通常ではありえない程のスピードで脳が働き、このピンチを脱する方法を考える。その為、周囲が遅く見える。
そして、このピンチを脱する方法に関連する記憶を必死に探すため、走馬灯が見えるのだとか。
私は、頭の中に流れる『勇気一つを友にして』を無理やり止めると、違う曲が頭の中に流れる。
それは、子供の頃にいじめられていた私に、勇気が歌ってくれた歌。合唱コンクールで、ソロパートを歌うように勧めてくれた時にも、勇気が歌ってくれた。
「えへへ」
私は一瞬、笑みがこぼれた。思い出したのだ、このピンチを脱する方法。
「天使の羽根かぁ。私は、天使じゃなかったみたいだけどね」
そんなことを呟く。
私は飛べなかった。歌うことしか出来なかった。だから私は捨てられた。この世界へ捨てられた。
それは、いわば修行のようなもの。あっちの世界では、最低限の力がなければ生きられないから。
だから私はずっと、飛ぶことを、翼を得ることを求めていた。再びあの歌が頭に流れる。
~ 今 私の願い事が 叶うならば翼がほしい 子供の時 夢見たこと 今も同じ 夢に見ている ~
私は大きく息を吸い、瞳を閉じて昔を思い出す。それは、勇気に出会うよりもさらに前。あっちの世界にいた時の自分の姿を思い出す。ゆっくりと息を吐きだし、両手に意識を向ける。
そのまま瞳を開いた瞬間、両肩から何かが噴き出す様な感覚がした。それは肩から腕、そして指先へと伝わっていく。
飛ぶことを恐れていた私には得られなかったもの。
二人で飛ぶことに拘っていたから、思い出せなかったこと。
今なら得られる。勇気一人を助ける為に。
~ この大空に 翼を広げ 飛んで行きたいよ 悲しみの無い 自由な空へ 翼はためかせ 行きたい ~
私は落ちる翼を追う。勇気は、飛んでいる私と目が合い、驚いた表情をした。
人力飛行機の高度は高くない。このまま翼を追いかけても勇気を助けだすには時間が足りない。
ならばと、私は自分の翼を激しく羽ばたかせる。すると強い風が巻き起こる。風は地面に跳ね返り、周囲に上昇気流を起こす。翼は地面に叩きつけられる寸全のところで、上昇気流を捉えてふわりと浮き上がってから、ゆっくりと着地した。
私は着地すると、風によって舞い上がった砂煙の中で翼に駆け寄るった。しかし、操舵席から勇気が出てくるのを見て一瞬、躊躇する。ハーピィになったこの姿を見られたくない。
勇気は、操舵席から飛び降りると、笑顔で私を見ながら言った。
「カラン、助けてくれてありがとう」
勇気の無事を知って、安心すると同時に酷い虚脱感を覚える。指先から腕、肩へと向かって急激に力が抜けるように、翼が腕に戻る。使い慣れない魔界の力を人間界で使ったことと、本当の姿を勇気に見られたからだろう。
息が絶え絶えながら、勇気に背を向けて言う。
「思い出したよ、昔のこと。本当の私を。私、人間じゃなかったみたい。せめて天使だったら、勇気と一緒にいられるのかな。でも私はハーピィ、魔界の生き物。ごめんね」
しばし沈黙が流れる。砂煙で視界が利かない分、耳が敏感になる。遠くからヘリコプターのプロペラの音が近づいてくるのを感じた瞬間、不意に後ろから勇気に抱きしめられた。
「ハーピィだったとしてもカランはカラン。僕にとって、最愛の天使だ」
そう言うと、勇気はあの曲を歌う。子供の頃、何度も私を励ましてくれた歌。
~ わんぱく 0点 立たされ坊主でも 跳び箱 逆立ち 誰にも負けない子 キミにもあるのさ 天使の羽がほら 広げて飛ぼうよ 明日を見に行こう ~
もうこのVTRを見るのは何度目だろう。ヘリコプターのプロペラ音。その風圧によって、砂煙が吹き飛ばされる。そこには女性を後ろから抱きしめる男性。それが、ヘリコプターからのカメラに映し出されると、実況の絶叫が入る。
「無事です、チーム翼の二人は無事です」
コースを外れたため飛行距離は非公認記録となってしまった。しかし、一人力の二人乗りで、世界記録に迫ったチーム翼は特別賞が与えられた。それは、私と勇気への祝福という意味も込みで。
私達は時の人となり、バードマンラリーの様子は、何度もテレビで放送ざれ、私たちは取材や出演依頼を何度も受けた。
~ さぁご覧 あれが未来の町さ キミたちが作る夢の町さ 人が忘れてた のびやかな生き方が あふれてる どの窓にも ~
砂煙により、私の本当の姿はカメラに映っていなかった。勇気は私がハーピィであることも受け入れてくれた。
しかし、飛ぶことと風を操ること。その力を取り戻した私に、魔界へ戻ってくるようにとお達しが続いている。でも、私は帰らない。人間が好きだから。勇気が好きだから。
私と勇気。ハーピィと人間。魔界と人間界。これからの二人を取り巻く前途多難な問題は、また別のお話し。
歌い終わり薄暗い体育館の天井を見上げると、その向こうに広がっている空が見えた気がした。この瞬間、引っ込み思案だった私が変わった。
飛びたい。
この合唱コンクールから10年後、私は空を飛ぶ。世界中の大学生が集い、空を目指す一大イベント、バードマンラリー。
「さぁ、次の挑戦者は日本からの参戦。空に憧れた二人は、まさか二人乗りで挑む」
私達の紹介を瞬時に和訳してくれているイヤホンを外す。左手の薬指に右手をあて、気持ちを落ち着かせる。そして、前を見る。そこにいるのは勇気。彼は、私にとって初めての人。彼は後ろを振り返り、私に向けて言った。
「準備OKだよ。歌蘭、いつものお願い」
それを聞いて私は歌う。曲は『翼をください』
歌いながらペダルをこぎ始める。最初はゆっくりと力強く。ペダルに込められた力がプロペラに伝わり、風を生む。徐々にペダルをこぐ速度が上がり、空気の流れが十分だと感じた勇気が、ストッパーを抜く。
すると、私たちの人力飛行機が前へと進む。ふわりと飛び出したようにみえるだろうが、乗っている私達には強烈な加速圧がかかっている。
~ 今 私の 願い事が 叶うならば 翼が欲しい この背中に 鳥のように 白い翼 つけてください ~
私の、勇気の、私たちの夢の人力飛行機、その名は『翼』
~ この大空へ 翼を広げ 飛んで行きたいよ ~
私は歌いながらペダルをこぐ。翼で空を進むのは、歌うことと同じくらい気持ちが良い。景色を見ながら空を駆けていると、何かが思い出せそうな気がした。
~ 悲しみの無い 自由な空へ ~
合唱コンクールも人力飛行機も、何度も失敗を重ねて作り上げた。今、空を切る風と翼と、翼をくださいの歌と伴奏と、前の勇気と後ろの私と、それらが全て一体となっているように感じる。
風の状態にもよるが、いつものペースでゆっくりと2番まで歌い終わった辺りで、飛行距離は世界記録を越えた目安になる。
~ 翼はためかせ 行きた… ガッ
頭の中で流れる『翼をください』が突然止まる。ピアノで誤って複数の鍵盤を強く叩いてしまった時のような不調和音が頭の中に響いた。
突風を受けた衝撃と、悲鳴にも似た勇気の「やばい」の声。私が周囲を見渡した時には既に、上下の感覚が無くなってる。
他の人力飛行機と比べて、より気流に乗るように設計された翼。風を受けて陸の方へ流されるように落ちていく。このままでは墜落すると思った瞬間、あの歌が頭に流れる。
~ 昔ギリシャのイカロスは ロウで固めた鳥の羽根 ~
その瞬間から、周囲がスローに見える。そして、過去の記憶が蘇る。
~ 両手に持って飛び立った 雲より高くまだ遠く 勇気一つをともにして ~
昨夜、勇気は言った。
「明日は一緒に空から景色を見よう。それとさ、明日の後も、大学卒業後も、ずっとずっと二人で一緒に未来を見よう」
言い終えると、私の左手薬指に真新しいリングをつけてくれた。
~ 丘はぐんぐん遠ざかり 下に広がる青い海 両手の羽根をはばたかせ ~
「二人乗りなんて無理だよ」
チーム翼の、メカニックを担当する工学部のメンバーが口を揃えて言った。人力飛行機の設計・制作は、強度を保ちつつ如何にして重量をグラム単位で削っていくかの戦いになる。二人乗りの重量を一人力で飛ばしても距離は出ない。
合唱コンクール以来、あらゆることに積極的になった私。やろうと思ったことには、一心不乱に突き進む。そんな私をいつも勇気は絶妙なバランス感覚で取りなしてくれた。だから、翼の推進力は私で、操舵は勇気。それは曲げられない。
一人力で二人乗りは、重量で圧倒的に不利。それならばと、勇気が提案してくれた。
「歌蘭は漕ぐことに集中し、別の者が操舵に集中することによって、他の船より気流を味方にする方法があるはずだ」
「課題曲でアレンジなんてありえねーよ」
勇気は、合唱コンクールの『翼をください』に、アレンジを加えようと提案したが、様々な反対を受けた。
当然だった。『平等』が教育にも過度に取り込まれている中で、課題曲にソロパートを作ろうという提案。通るはずが無かった。でも、勇気はクラスメイトも先生も説得した。私の歌声を聞かせて必死に説得した。
私は、歌うことが大好きだったから。
私は、『翼をください』が大好きだったから。
だから、勇気はみんなを説得した。クラスメイトからも嫌がらせを受けている私に、活躍する場を与える為に。自信を持てず自分を卑下する私に活躍の場を与える為に。
孤児の私に、活躍する場を与える為に。
~ 赤く燃え立つ太陽に ろうで固めた 鳥の羽根 ~
私は、ピンク色に染まる花を見上げながら、両手を羽根のようにパタパタと動かしていた。パタパタとしながら、『翼をください』を歌っていた。理由は覚えていない。ただ、飛ばなければ帰れない気がした。どこに帰りたいかもわからずに。私は、何も分からなかった。何も思い出せなかった。親も、家も、何故ここにいるのかも。そんな私に、初めて話しかけてくれた少年。
「おまえ、歌うまいな。見かけないけどこの辺に住んでるのか? 名前は?」
「カラン」
私が答えたのはそれだけ。それが、たった一つ覚えていたこと。
「そうか、僕はユウキ。家はすぐそこ。来週から小学校の一年生だ」
その後、勇気のお母さんに連れられて、どこかへ連れていかれた。勇気たちと別れて、たくさんの大人に質問されて怖かったのを覚えている。それは、警察や児童相談所の職員だった。
私は、『歌蘭』という漢字で戸籍が与えられて、孤児院が家になった。そして、近くの小学校に入学。クラスメイトに勇気がいるのを見て安心したのを覚えている。
私は、孤児の中でも身元の分からない棄児に該当する。その上、記憶がない。そして、推定される年齢では考えられない程、自分を卑下するような言動をしていた。そんな私だから、最初の梅雨の頃には同級生からいじめられるようになった。
ただ、どんな時でも、勇気は私の見方になってくれた。一度聞いたことがある。どうして私に良くしてくれるのか。彼は真っ直ぐな目で言った。
「カランの歌を聴いているとさ、すっごく元気な気持ちになれるんだ。だからさ、もっと歌をみんなに聴いてもらえば、きっとみんなカランを好きになるはずだよ」
~ みるみるとけてまい散った 翼を奪われイカロスは 落ちて命を失った ~
過去の出来事が頭の中を巡る。これが走馬灯なのかと納得する。以前聞いたことがある。このままでは命を失うと自覚した瞬間、脳が研ぎ澄まされる。
通常ではありえない程のスピードで脳が働き、このピンチを脱する方法を考える。その為、周囲が遅く見える。
そして、このピンチを脱する方法に関連する記憶を必死に探すため、走馬灯が見えるのだとか。
私は、頭の中に流れる『勇気一つを友にして』を無理やり止めると、違う曲が頭の中に流れる。
それは、子供の頃にいじめられていた私に、勇気が歌ってくれた歌。合唱コンクールで、ソロパートを歌うように勧めてくれた時にも、勇気が歌ってくれた。
「えへへ」
私は一瞬、笑みがこぼれた。思い出したのだ、このピンチを脱する方法。
「天使の羽根かぁ。私は、天使じゃなかったみたいだけどね」
そんなことを呟く。
私は飛べなかった。歌うことしか出来なかった。だから私は捨てられた。この世界へ捨てられた。
それは、いわば修行のようなもの。あっちの世界では、最低限の力がなければ生きられないから。
だから私はずっと、飛ぶことを、翼を得ることを求めていた。再びあの歌が頭に流れる。
~ 今 私の願い事が 叶うならば翼がほしい 子供の時 夢見たこと 今も同じ 夢に見ている ~
私は大きく息を吸い、瞳を閉じて昔を思い出す。それは、勇気に出会うよりもさらに前。あっちの世界にいた時の自分の姿を思い出す。ゆっくりと息を吐きだし、両手に意識を向ける。
そのまま瞳を開いた瞬間、両肩から何かが噴き出す様な感覚がした。それは肩から腕、そして指先へと伝わっていく。
飛ぶことを恐れていた私には得られなかったもの。
二人で飛ぶことに拘っていたから、思い出せなかったこと。
今なら得られる。勇気一人を助ける為に。
~ この大空に 翼を広げ 飛んで行きたいよ 悲しみの無い 自由な空へ 翼はためかせ 行きたい ~
私は落ちる翼を追う。勇気は、飛んでいる私と目が合い、驚いた表情をした。
人力飛行機の高度は高くない。このまま翼を追いかけても勇気を助けだすには時間が足りない。
ならばと、私は自分の翼を激しく羽ばたかせる。すると強い風が巻き起こる。風は地面に跳ね返り、周囲に上昇気流を起こす。翼は地面に叩きつけられる寸全のところで、上昇気流を捉えてふわりと浮き上がってから、ゆっくりと着地した。
私は着地すると、風によって舞い上がった砂煙の中で翼に駆け寄るった。しかし、操舵席から勇気が出てくるのを見て一瞬、躊躇する。ハーピィになったこの姿を見られたくない。
勇気は、操舵席から飛び降りると、笑顔で私を見ながら言った。
「カラン、助けてくれてありがとう」
勇気の無事を知って、安心すると同時に酷い虚脱感を覚える。指先から腕、肩へと向かって急激に力が抜けるように、翼が腕に戻る。使い慣れない魔界の力を人間界で使ったことと、本当の姿を勇気に見られたからだろう。
息が絶え絶えながら、勇気に背を向けて言う。
「思い出したよ、昔のこと。本当の私を。私、人間じゃなかったみたい。せめて天使だったら、勇気と一緒にいられるのかな。でも私はハーピィ、魔界の生き物。ごめんね」
しばし沈黙が流れる。砂煙で視界が利かない分、耳が敏感になる。遠くからヘリコプターのプロペラの音が近づいてくるのを感じた瞬間、不意に後ろから勇気に抱きしめられた。
「ハーピィだったとしてもカランはカラン。僕にとって、最愛の天使だ」
そう言うと、勇気はあの曲を歌う。子供の頃、何度も私を励ましてくれた歌。
~ わんぱく 0点 立たされ坊主でも 跳び箱 逆立ち 誰にも負けない子 キミにもあるのさ 天使の羽がほら 広げて飛ぼうよ 明日を見に行こう ~
もうこのVTRを見るのは何度目だろう。ヘリコプターのプロペラ音。その風圧によって、砂煙が吹き飛ばされる。そこには女性を後ろから抱きしめる男性。それが、ヘリコプターからのカメラに映し出されると、実況の絶叫が入る。
「無事です、チーム翼の二人は無事です」
コースを外れたため飛行距離は非公認記録となってしまった。しかし、一人力の二人乗りで、世界記録に迫ったチーム翼は特別賞が与えられた。それは、私と勇気への祝福という意味も込みで。
私達は時の人となり、バードマンラリーの様子は、何度もテレビで放送ざれ、私たちは取材や出演依頼を何度も受けた。
~ さぁご覧 あれが未来の町さ キミたちが作る夢の町さ 人が忘れてた のびやかな生き方が あふれてる どの窓にも ~
砂煙により、私の本当の姿はカメラに映っていなかった。勇気は私がハーピィであることも受け入れてくれた。
しかし、飛ぶことと風を操ること。その力を取り戻した私に、魔界へ戻ってくるようにとお達しが続いている。でも、私は帰らない。人間が好きだから。勇気が好きだから。
私と勇気。ハーピィと人間。魔界と人間界。これからの二人を取り巻く前途多難な問題は、また別のお話し。
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