上 下
6 / 21
真夏の冒険

第六話 真夏の冒険1

しおりを挟む
 夏休み真っ只中の八月。ワタシは冷蔵庫を見て絶望した。こういう時はもちろんアイツに電話をかける。
『はい、もしもし』
「もしもし、駿河?」
『どうしたんです?』
「昼飯食べた?」
『いや、まだですけど』
「あのさぁ、ウチに来て生麺の消費手伝って」
『生麺? まぁ、とりあえずそっち行きますね』
 電話が切れて、一分かからず駿河は我が家にやってきた。こういう時隣同士っていうのは便利だ。真綾が遊びに来るって言うならちゃんと身なりを整えるけど、部屋着の首元だるだるの着古したTシャツに、高校時代の時に使ってたショート丈のジャージで出迎える。
「もう、また本散らかってるじゃないですか」
 駿河から早々にお叱りを受ける。ワタシの部屋は本で溢れている。実家を出る時、このマンションに持っていく本を選別したけど、そのほとんどを持ってきたから引っ越してきてすぐにこの部屋は本にまみれた。本棚も全然足りなくて床に積み上げてる。足や手が当たって雪崩れることもしばしば。それを片付けるのは用があってやってくる駿河。そうじゃないと、駿河が座るところとご飯を置くスペースはない。
「この文庫の山……。夏目漱石や森鴎外、太宰治の作品が積まれている山の真ん中に『るきさん』が混じるのは何故です」
「ワタシもそれなりに考えて積んでるんだからな? 文庫は文庫で山作ってんだよ。サイズがバラバラだと余計崩れるから」
「サイズは確かに合ってます。ですが『るきさん』は漫画ですし……」
「オマエが気になってるのはそこかよ」
「そりゃあアルバイトとはいえ、書店員の端くれ。そのあたりは気にしちゃいますよ。まぁ、筑摩文庫なので売り場的には一般の文庫と一緒に並んでますが」
 と、そのあともぐちゃぐちゃ何か言いながら場所を空けている。
「さて簡単に片づけました。それで、『ヘルプ生麺』ってどういうことですか? あれだけ送ってこられても意味不明ですよ」
「あ、そうそう。これなんだけど」
 中華生麺四袋を駿河に見せる。
「特売の時に買ったんだけど食べきれなくて。しかも今日消費期限でさぁ。一人で四玉は無謀すぎるだろ? 今からとりあえず二玉は焼きそばにするつもりだから、一緒に食べてくれよ」
「そういうことですか。ありがたくいただきます」
「助かる。豚肉も野菜もさっき切って置いたからすぐ作る」
 豚肉を入れ、肉の色が変わったらにんじん、たまねぎ、キャベツを炒めて塩コショウ。野菜がしんなりしたら麺と少しの水を入れてほぐしつつ炒める。ほぐれたら肉と野菜を戻して、ソースをかけて、混ぜて完成っと。
「青のりも紅ショウガも買うの忘れてたからちょっと色味が足らねぇけど」
「匂いだけで食欲をそそりますよ」
 そう言いながら、スマホを手にして写真を撮る。
「駿河も写真撮るようになったなー。出会った時は写真フォルダ空っぽだったのに」
「気がついたら習慣になりましたね」
「じゃ、食べるか」
 二人で声を揃えて「いただきます」で食べ始める。
「おいしいです」
「そりゃ、良かった。焼きそばなんて久しぶりに作った。最近はインスタントの焼きそばばっか食べてたから」
 なんだか焼きそば食べてたら、ああ夏だなぁと思う。泳ぎ疲れてプールサイドで食べたり、祭りの露店で買ったり、キャンプでお父さんが作ってくれたり。夏の思い出には焼きそばがいる気がする。年齢を重ねるごとにインドアの性質が強くなって、一切行かなくなったけど、大きいイベントがなくたって、友達と食べる焼きそばもうまい。

 垂れ流していたテレビから「富田林より中継です!」という耳馴染みの二つ先の駅名が聞こえ、思わず画面を見る。
「本日八月一日、毎年恒例の花火大会が行われます。こちらは昨年の様子ですが」
 と流れたのは、夜空に華麗に舞い上がる花火とそれを見る大勢の人たち。
「すげえな、こんな大規模な花火大会がこの辺であるのか」
「らしいですね。僕もこないだバイト先の先輩に教えてもらって初めて知りました」
「花火大会ねぇ~……。小学校の時に両親と見に行ったくらいかな。駿河は花火見に行くのか?」
「この暑さの中わざわざ大勢の人が溢れかえるような所に一人で見に行くとでも?」
「見に行かないとは思ったけど、訊くのが筋だろ」
 とは言ったものの、駿河は地元へ日帰りで出来る範囲だ。友達と約束してるとか、もしかしたら気になる子がいて誘ってるかもしれない。でも、行く予定はないってことか。
「早く知ってれば、真綾に声かけただろうけど、遠いところに住んでるからなぁ。今から呼び出しても、難しいだろうし」
 もしよかったら、ワタシと花火見に行かないか? って言ってみるか? せっかく花火があるなら見に行きたい。一人は嫌だけど、駿河が行くって言うなら……。
――駿河くんのこと、咲ちゃんはどう思ってるの?
 あの日の真綾の一言がこんなときに頭によぎった。友達の駿河に花火見に行こうと誘うだけだ。さっさと言えばいい。そう思ってるのに言い出せない。二人で遊びに行く仲なのに。今更何ビビッてるんだよ。呆れながらワタシは焼きそばをすする。本の話したり、授業の話したり普段の会話が続く。
 食べ終わってからは、駿河は食器を洗う。いつの間にか、ご飯を食べさせてもらった側が食器を洗うっていうのが決まりになった。だから今回は駿河がやってくれている。ワタシはテレビを眺める。花火のニュースは終わり、天気予報のコーナーがやっている。今日も気温は三十五度を超えて、湿気も高く蒸し暑い一日だって。天気は一日晴れ、花火大会日和ってところか。
「な、なぁ」
「なんです?」
 言葉に詰まる。別に誘うくらい何の問題もないのに……。
「あ、あと、麺二玉あるんだけど、どうしたらいい?」
 ワタシ、何訊いてんだ……。すると駿河は顎に手を添え、
「そうですね。消費期限は今日ですもんね」
 あぁ……真面目に考え始めてしまった。スマホまで取り出して調べてくれてるし。いや、でも、残りの麺をどうしようかって思ってるのは確かなんだけど。違う、そうじゃなくて。
「もしよかったら、その二玉、僕にいただけませんか?」
「いいけど……」
「ちょっと作ってみたいのを見つけたので。あ、もちろん桂さんの分も用意します」
「それはラッキーだ。晩ご飯作らなくて済む」
「では、またあとで」
 そう言って、駿河は麺二玉を持って部屋へ帰って行った。
「あー! なんで言えねぇんだよぉ~!」
 ワタシはそう言ってベッドに飛び込んで、ジタバタと手足を動かす。普通に誘えばいいものをワタシときたら。変に意識しちまった。駿河もさー、花火大会あること知ってたなら、もっと前から話題に出してくれたって……。やっぱり行くっていう選択肢がアイツの中になかったんだろうな。枕に顔を埋めて「うぅ……」と低い声で唸った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【9】やりなおしの歌【完結】

ホズミロザスケ
ライト文芸
雑貨店で店長として働く木村は、ある日道案内した男性から、お礼として「黄色いフリージア」というバンドのライブチケットをもらう。 そのステージで、かつて思いを寄せていた同級生・金田(通称・ダダ)の姿を見つける。 終演後の楽屋で再会を果たすも、その後連絡を取り合うこともなく、それで終わりだと思っていた。しかし、突然、金田が勤務先に現れ……。 「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ9作目。(登場する人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。 ※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

【4】ハッピーエンドを超えてゆけ【完結】

ホズミロザスケ
ライト文芸
大学一回生の佐野真綾(さの まあや)には、神楽小路君彦(かぐらこうじ きみひこ)という大切な恋人が出来たばかり。 大学祭、初デート、ファーストキス……一作目『胃の中の君彦』内でハッピーエンドを迎えた二人が歩む、その先の物語。 「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ四作目(メインの登場人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。 ※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)

【1】胃の中の君彦【完結】

ホズミロザスケ
ライト文芸
喜志芸術大学・文芸学科一回生の神楽小路君彦は、教室に忘れた筆箱を渡されたのをきっかけに、同じ学科の同級生、佐野真綾に出会う。 ある日、人と関わることを嫌う神楽小路に、佐野は一緒に課題制作をしようと持ちかける。最初は断るも、しつこく誘ってくる佐野に折れた神楽小路は彼女と一緒に食堂のメニュー調査を始める。 佐野や同級生との交流を通じ、閉鎖的だった神楽小路の日常は少しずつ変わっていく。 「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ一作目。 ※完結済。全三十六話。(トラブルがあり、完結後に編集し直しましたため、他サイトより話数は少なくなってますが、内容量は同じです) ※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」「貸し本棚」にも掲載)

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

新しい派遣先の上司が私のことを好きすぎた件 他

rpmカンパニー
恋愛
新しい派遣先の上司が私のことを好きすぎた件 新しい派遣先の上司は、いつも私の面倒を見てくれる。でも他の人に言われて挙動の一つ一つを見てみると私のこと好きだよね。というか好きすぎるよね!?そんな状態でお別れになったらどうなるの?(食べられます)(ムーンライトノベルズに投稿したものから一部文言を修正しています) 人には人の考え方がある みんなに怒鳴られて上手くいかない。 仕事が嫌になり始めた時に助けてくれたのは彼だった。 彼と一緒に仕事をこなすうちに大事なことに気づいていく。 受け取り方の違い 奈美は部下に熱心に教育をしていたが、 当の部下から教育内容を全否定される。 ショックを受けてやけ酒を煽っていた時、 昔教えていた後輩がやってきた。 「先輩は愛が重すぎるんですよ」 「先輩の愛は僕一人が受け取ればいいんです」 そう言って唇を奪うと……。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...