上 下
1 / 21
なによりも大切な人たち

第一話 なによりも大切な人たち1

しおりを挟む
 恋だとか愛だとか、ワタシはよくわからない。
 小・中・高校の友達は恋愛の話をすることにいつも熱くなってた。「今日はAくんが挨拶してくれた」とか「Bくんと目が合った」とか。ワタシは相槌を打つ係に徹してたけど、「で、かつらさんは誰が好きなの?」と訊かれる。みんなの目がキラキラ輝いて、誰の名前が飛び出すかと期待される。「いないかな」と正直に答えると、その場がしらける。「私たち、友達なのに言ってくれないんだ」と。本当にそういう人がいないのに。何度こういう場面で困り、それが原因で何度絶交を静かに突きつけられたか。

 そもそも人と話すのがちょっと苦手だ。
 同性の友達は「少なからずいる」とワタシの中で思ってる。芸能人についてテレビを観て勉強したし、メイクも研究したし、服だってみんなと買いに行ったりした。けど、ワタシだけ深くその輪に入れてない気がして、卒業したらほとんど疎遠になった。かといって、男子と話すのはもっとハードルが高い。女子よりも何を話せばいいんだかわからない。

 だから、ワタシは家で本を読んでいる時が一番安心した。
 本を読んでいれば、話をしなくていい。みんなの興味に合わせないと、嫌われないようにしないととか考えなくて済む。中学生くらいからは自分で小説も書くようになった。最初はどう書きはじめたらいいのか、そこからわからなかったけど、手探りで書き始め、完成した時の快感がたまらなかった。小説を書くのも読書と同じくらい熱中できたものの一つで、ワタシの場合、勉強も宿題も忘れて何度も両親からゲンコツを喰らった。
 本の中で起こる恋はわかるようで、わからなかった。相手を振り向かせる駆け引きだとか、気持ちのすれ違いとかにやきもきしながら読んでいる。何度「早く告白しちまえ!」ってなったか。いや、それじゃあ、物語として面白みがなくなるけど。
「好き」って言える相手がいる、「好きだ」って言ってくれる相手がいるってどんな感じなんだろう。いつかワタシもすべてのことがどーでもよくなるほど恋焦がれる人に出会って、登場人物たちの気持ちをもっと知りたい。
 
 そんな恋の報せはないまま、気がつけば大学生になっていた。
 四月に喜志芸術大学きしげいじゅつだいがく、文芸学科への入学が終わったと思えば、目まぐるしい新生活が訪れて、慣れてきたらもう六月も後半になっていた。一日過ぎるごとに気温も湿度も上がっていく。喜志芸術大学は山奥にある。山奥だから涼しいなんてことはなく、強くなってきた日差しに容赦なく体から汗が流れる。次の教室は隣にある教室棟の一階。たった五分なのにこの暑さにぐったりしそうだ。
えみちゃん、そのスニーカーかわいいね」
 そう話しかけてくれたのは真綾だった。
 佐野真綾は大学内唯一の同性の友達だ。ゆるくパーマをかけたボブヘア、かわいらしさが前面に出ている赤色のギンガムチェックワンピース。身長が一七〇センチとワタシより十センチ高く、スラリと伸びる脚もキレイ。非の打ち所がない。大きくうるんだ瞳がワタシの顔とピンクのスニーカー交互に注がれる。
「ありがとう。こないだプレゼントでもらった」
「プレゼント!?」
「声がデカい!」
 慌てて口の前で人差し指を添える。
「土曜日に駿河するが天王寺てんのうじ行った時、靴擦れして。出血して靴も汚れちゃってさ。そしたら、アイツがこのスニーカーを『桂さんの誕生日プレゼントまだ渡してない』って」
「なにそれ!? すごいね!」
「すぐにプレゼントしようっていう考えに至るのはすごいっちゃすごいよな」
「駿河くん素敵なことするねぇ~」
 
 プレゼントをくれたのも嬉しかったけど、アイツの優しさにほんと助けられた。痛くて歩きづらくしてたら腕を貸してくれたり、靴屋に着いたら、ワタシの代わりに店員さんにいろいろ訊いてくれたり。普通だったら、靴擦れした程度でそこまでしてくれないだろう。思い出すと、なんでか顔が熱くなる。「そうだな」と短く返した後、ワタシはすぐに話題を変えるべく口を動かす。

「そんなことより、真綾はどうなんだ? 今日も神楽小路と昼ご飯食べてたじゃん」
「課題があるからね。それでご一緒出来てるようなものだから。今はただただ嬉しくて楽しいよ」
 真綾には好きな人がいる。神楽小路君彦という男だ。出席番号がワタシの一つ前だから、嫌でも目に入る。いつも真綾が神楽小路のことを熱心に目で追ってるから、ゴールデンウィーク直前のある日、「真綾ってアイツのこと好きなのか?」って軽い気持ちで訊いたら、真綾は顔を真っ赤にして「なんでわかったの⁉」と返された。どうやら目で追ってたのは無自覚だったらしい。そこから、真綾の恋路を陰ながら応援しているというわけだ。
 高長身、長い巻き髪、整いすぎた顔。いつも無表情で、つまらなそうに窓の外を見てるようなヤツで誰とも交流を持とうとしてなかった。真綾が課題制作を一緒にやろうと声をかけるまでは。
「咲ちゃん、今日初めて神楽小路くんとお話してみてどうだった? 悪い人じゃなかったでしょ?」
「まぁ思ってたよりは」
 そんな神楽小路と今日初めて話した。
 昨日、瞼を腫らし、鼻をすすっている真綾を見かけた時は、昼休み明けだったこともあり、神楽小路に何かひどいことをされたり言われたりしたのではと、思わず訊いてしまった。真綾は首を横に振った。自分の書く文章の実力が足りない悔しさで泣いていたという。
「そんなわたしを神楽小路くんはむしろ励ましてくれたの」
 いつも見ているだけだと、人を励ますなんて行動を起こすようなヤツには見えなかったからその意外さに驚いた。
 だから今日、駿河を引き連れ、真綾と神楽小路を尾行し、昼休みどんなことをしているのかを観察していた。一緒にご飯を食べて、話して。予想していたより、何倍も楽しそうだった。神楽小路のヤツも真綾相手ならあんなに話すんだなって新しい一面を見た。そのあとワタシは駿河と共に二人のもとに直撃した。「人に興味はない」と言った神楽小路には思わず、
「興味ねぇっていうのは勝手だが、真綾のこと泣かすなよ」
 と威嚇してしまった。それ以上何も言うつもりはなかったのに、ケンカになるとでも思われたのか、真綾と駿河の双方からストップがかかった。
 とにもかくにもワタシにとって重要なことは、
「真綾が幸せになればそれでいいよ」
 それに尽きるから、ちゃんと真綾に伝える。すると真綾の顔がぱあぁっと明るくなり、
「咲ちゃん、かっこいい~!」
 そう言って両手を握られた。
「そ、それは神楽小路に言えよ」
「いつか言えたらいいな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

極上エリートとお見合いしたら、激しい独占欲で娶られました 俺様上司と性癖が一致しています

如月 そら
恋愛
旧題:俺様上司とお見合いしました❤️ 🍀書籍化・コミカライズしています✨ 穂乃香は、榊原トラストという会社の受付嬢だ。 会社の顔に相応しい美麗な顔の持ち主で、その事にも誇りを持っていた。 そんなある日、異動が決定したと上司から告げられる。 異動先は会社の中でも過酷なことで有名な『営業部』!! アシスタントとしてついた、桐生聡志はトップセールスで俺様な上司。 『仕事出来ないやつはクズ』ぐらいの人で、多分穂乃香のことは嫌い。 だったら、こんなお仕事、寿退社で辞めてやるっ!と応じたお見合いの席には……。 🍀2月にコミックス発売、3月に文庫本発売して頂きました。2024年3月25日~お礼のショートストーリーを連載中です。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

処理中です...