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第二章 君の手は握れない
第十六話 君の手は握れない7
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「……っつ」
目を開けた瞬間から、鉛を入れられたかのように頭が重い。二日酔いはいつものことだけど、やっぱ慣れない。服も昨日のままだし、顔を触ると化粧も落としてないから、汗と皮脂でべとべと。
「キムキム、起きた。おはよー」
珍しくダダが先に起きて、三角座りした膝にスケッチブックを置いて絵を描いている。ダダもビール飲んでたはずなのに、いつも通りだ。
「お水、いる?」
「お願い」
持ってきてもらったコップ一杯の水を一気に飲み干して、また横になる。
「あー……」
「お酒、弱いんだね」
「美味しいのになー。絶対途中で記憶失くすっていうか。ま、外で飲んでもちゃんと家に帰れてるのは偉いと思うけど」
ゴミ袋の山の上で寝ていたとか、財布スラれたとかよく聞くけど、そういうのは今のところ一度もない。起きたら、家のベッドに見ず知らずの男……のちに初めての彼氏になる人が寝ていたということはあったけど。
「じゃあ、昨日のことも?」
「んー。覚えてない。どうなってた?」
「テンション上がって、桂っちとソーイチローにウザがらみしてた」
「わー、最悪。あとでごめんってメッセージ入れとこ。他は? 物壊したり、その辺で吐いたりとか」
この二つは過去にやらかした失敗例だ。
「物は壊してない。ちゃんとトイレで吐いてた」
「うっ……吐いてたか……。はぁ~……。お酒、やっぱそこそこにしないとダメだぁ」
「うん、その方が良い」
ダダは珍しくしっかりしたトーンで言った。相当ヤバかったんだろうな。
「お風呂入ったら買い物行くわ~」
「わかった。オレもついてく」
頭ぐるぐるしてるけど、明日からまた忙しくなる。スーパーに食材と、ティッシュとか生活用品のストックも買っておかなきゃ。
てか、日差しが強すぎてヤバイ。帽子か日傘必須だったな。その上、このムシムシした暑さ。二日酔いの身体に堪える。でも、歩いて五分の場所にスーパーがあるのが救いだ。
カゴを乗せたカートを押しつつ、商品を詰め込んでいく。
「あ、キムキム、ごまドレッシング買わなくていいの?」
「そういや、もうなかったね」
「あと、マヨネーズも『もうなくなる』って言ってなかった?」
「ありがと、一緒に買っとこー」
ダダは結構ストックのありなしだったり覚えてくれていて助かる。こうして二人でスーパーに行くのももうすっかり慣れたものだ。
「キムキム、お菓子買わないの?」
「今日は買わない」
「えー」
「まさか昨日、駿河っちと桂っち来るからって買っておいたの、全部食べたの?」
「食べた」
「マジ? 二人が持って来たチーズバタークッキーは?」
「それはキムキムがお酒のアテにピッタリってほとんど食べたじゃん」
「記憶ない……」
パッケージに牛のイラスト描かれててかわいい上に、チーズバタークッキー好きだから楽しみにしていた。なのに、食べたくせに舌にも脳にも味が記録されてない。シラフの時に食べたかった……。お詫びにお菓子なんでも一個買っていいよと言うと、ダダはお菓子の棚をじーっと見て、吟味している。
「キムキムって、昔、よくお菓子食べてたよね」
「そんな時代もあったあった」
いつもお菓子何かしら持ってて、ダダにもよく分けてた。今思えば、のどあめを常にカバンに入れてるおばあちゃんみたい。
「あれは友達との……なんつーかノリかな? 持ってたら話のタネになるし、友達からお菓子もらった時に返せるし。お金もったいないからあんま買いたくなかったけど、そーいうとこ合わせないと嫌われる」
「そこまで考えてたの」
「学校くらいは一人でいたくなかったんだよね」
帰って一人。特に冬場の、真っ暗でヒンヤリとした人気のない家は嫌いだった。身体の奥の奥から寂しさがこみ上げ、涙が出る。流れる涙も冷たくて思い出すだけでも苦しくなる。なんの特徴もないアタシは、無理やり自分じゃないジブンを作ったとしても、誰かと一緒にいたい。「友達がいるかいないか」はあの頃のアタシには最重要事項だった。
「ダダは一人でいつも描きたいものを描いて、カッケーって思ってた」
「そう?」
「なんていうか、我が道を行く感じ」
ずっと一人で黙々とマイペースに生きる彼を強いと感じてた。その強さがアタシにも欲しいくらいだった。だけど、なかなかできなくて。「好き」と言う言葉に弱い自分を預けようとして、男にすべて奪われかけたり、しれっと捨てられたりしたんだけど。
「でも、アタシも今は一人でも全然寂しくなくなったし。大人だわ~」
そうだ。もう強いんだ。そう思っているから、今笑ってダダにも言えるのだ。すると、
「キムキム」
名前呼ばれたなぁと思ったら、カートを押しているアタシの手に手を重ねた。
「ちょっ、何?」
驚いて振り払おうとしたら、力強く握られた。
「オレが一緒にいる。キムキムは一人じゃない」
人を吸い込んでいきそうな瞳、アタシの手をすっぽりと覆ってしまう大きな手。ダダから触れられたこと初めてで、心拍数が一気に上がる。
「はいはい、あんがとね」
慌てて手を退ける。ダダは無表情で、何もなくなった自分の手をただじっと見つめていた。
「帰ったら昼ご飯にするから」
「……うん」
目を伏せる。「ごめん」と言おうとして、言えなくなった。こんなに落ち込むなんて思わなかった。強がってるように見えるアタシを、ダダなりに気を使ってくれた?
距離を詰められるのは、怖い。のまま程よい距離感のままいたいだけ。これ以上の何かを期待してしまう。期待しても、その先に待っているのは消失だ。アタシは繰り返す。「特別は作らないって決めたじゃんか」と言い聞かせる。
重い荷物をお互い持ちながら、家を目指す。
「キムキム、さっきはごめん」
「え?」
「勝手に、手、触ったから」
「いいよ、怒ってない」
何も悪くないのに謝らせてしまった。罪悪感がのしかかる。出来ることならあの手を握り返したかった。「ありがとう。一人じゃない」って返事したかった。けど、それは甘えになる。甘えたら、折れてしまう。すべてが壊れる。じりじりと焼きつける日差しがみじめなアタシを痛めつけるように降り注いでいた。
目を開けた瞬間から、鉛を入れられたかのように頭が重い。二日酔いはいつものことだけど、やっぱ慣れない。服も昨日のままだし、顔を触ると化粧も落としてないから、汗と皮脂でべとべと。
「キムキム、起きた。おはよー」
珍しくダダが先に起きて、三角座りした膝にスケッチブックを置いて絵を描いている。ダダもビール飲んでたはずなのに、いつも通りだ。
「お水、いる?」
「お願い」
持ってきてもらったコップ一杯の水を一気に飲み干して、また横になる。
「あー……」
「お酒、弱いんだね」
「美味しいのになー。絶対途中で記憶失くすっていうか。ま、外で飲んでもちゃんと家に帰れてるのは偉いと思うけど」
ゴミ袋の山の上で寝ていたとか、財布スラれたとかよく聞くけど、そういうのは今のところ一度もない。起きたら、家のベッドに見ず知らずの男……のちに初めての彼氏になる人が寝ていたということはあったけど。
「じゃあ、昨日のことも?」
「んー。覚えてない。どうなってた?」
「テンション上がって、桂っちとソーイチローにウザがらみしてた」
「わー、最悪。あとでごめんってメッセージ入れとこ。他は? 物壊したり、その辺で吐いたりとか」
この二つは過去にやらかした失敗例だ。
「物は壊してない。ちゃんとトイレで吐いてた」
「うっ……吐いてたか……。はぁ~……。お酒、やっぱそこそこにしないとダメだぁ」
「うん、その方が良い」
ダダは珍しくしっかりしたトーンで言った。相当ヤバかったんだろうな。
「お風呂入ったら買い物行くわ~」
「わかった。オレもついてく」
頭ぐるぐるしてるけど、明日からまた忙しくなる。スーパーに食材と、ティッシュとか生活用品のストックも買っておかなきゃ。
てか、日差しが強すぎてヤバイ。帽子か日傘必須だったな。その上、このムシムシした暑さ。二日酔いの身体に堪える。でも、歩いて五分の場所にスーパーがあるのが救いだ。
カゴを乗せたカートを押しつつ、商品を詰め込んでいく。
「あ、キムキム、ごまドレッシング買わなくていいの?」
「そういや、もうなかったね」
「あと、マヨネーズも『もうなくなる』って言ってなかった?」
「ありがと、一緒に買っとこー」
ダダは結構ストックのありなしだったり覚えてくれていて助かる。こうして二人でスーパーに行くのももうすっかり慣れたものだ。
「キムキム、お菓子買わないの?」
「今日は買わない」
「えー」
「まさか昨日、駿河っちと桂っち来るからって買っておいたの、全部食べたの?」
「食べた」
「マジ? 二人が持って来たチーズバタークッキーは?」
「それはキムキムがお酒のアテにピッタリってほとんど食べたじゃん」
「記憶ない……」
パッケージに牛のイラスト描かれててかわいい上に、チーズバタークッキー好きだから楽しみにしていた。なのに、食べたくせに舌にも脳にも味が記録されてない。シラフの時に食べたかった……。お詫びにお菓子なんでも一個買っていいよと言うと、ダダはお菓子の棚をじーっと見て、吟味している。
「キムキムって、昔、よくお菓子食べてたよね」
「そんな時代もあったあった」
いつもお菓子何かしら持ってて、ダダにもよく分けてた。今思えば、のどあめを常にカバンに入れてるおばあちゃんみたい。
「あれは友達との……なんつーかノリかな? 持ってたら話のタネになるし、友達からお菓子もらった時に返せるし。お金もったいないからあんま買いたくなかったけど、そーいうとこ合わせないと嫌われる」
「そこまで考えてたの」
「学校くらいは一人でいたくなかったんだよね」
帰って一人。特に冬場の、真っ暗でヒンヤリとした人気のない家は嫌いだった。身体の奥の奥から寂しさがこみ上げ、涙が出る。流れる涙も冷たくて思い出すだけでも苦しくなる。なんの特徴もないアタシは、無理やり自分じゃないジブンを作ったとしても、誰かと一緒にいたい。「友達がいるかいないか」はあの頃のアタシには最重要事項だった。
「ダダは一人でいつも描きたいものを描いて、カッケーって思ってた」
「そう?」
「なんていうか、我が道を行く感じ」
ずっと一人で黙々とマイペースに生きる彼を強いと感じてた。その強さがアタシにも欲しいくらいだった。だけど、なかなかできなくて。「好き」と言う言葉に弱い自分を預けようとして、男にすべて奪われかけたり、しれっと捨てられたりしたんだけど。
「でも、アタシも今は一人でも全然寂しくなくなったし。大人だわ~」
そうだ。もう強いんだ。そう思っているから、今笑ってダダにも言えるのだ。すると、
「キムキム」
名前呼ばれたなぁと思ったら、カートを押しているアタシの手に手を重ねた。
「ちょっ、何?」
驚いて振り払おうとしたら、力強く握られた。
「オレが一緒にいる。キムキムは一人じゃない」
人を吸い込んでいきそうな瞳、アタシの手をすっぽりと覆ってしまう大きな手。ダダから触れられたこと初めてで、心拍数が一気に上がる。
「はいはい、あんがとね」
慌てて手を退ける。ダダは無表情で、何もなくなった自分の手をただじっと見つめていた。
「帰ったら昼ご飯にするから」
「……うん」
目を伏せる。「ごめん」と言おうとして、言えなくなった。こんなに落ち込むなんて思わなかった。強がってるように見えるアタシを、ダダなりに気を使ってくれた?
距離を詰められるのは、怖い。のまま程よい距離感のままいたいだけ。これ以上の何かを期待してしまう。期待しても、その先に待っているのは消失だ。アタシは繰り返す。「特別は作らないって決めたじゃんか」と言い聞かせる。
重い荷物をお互い持ちながら、家を目指す。
「キムキム、さっきはごめん」
「え?」
「勝手に、手、触ったから」
「いいよ、怒ってない」
何も悪くないのに謝らせてしまった。罪悪感がのしかかる。出来ることならあの手を握り返したかった。「ありがとう。一人じゃない」って返事したかった。けど、それは甘えになる。甘えたら、折れてしまう。すべてが壊れる。じりじりと焼きつける日差しがみじめなアタシを痛めつけるように降り注いでいた。
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