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第二章 君の手は握れない

第十話 君の手は握れない1

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「店長! おはようございます!」
 桂っちは出勤早々満面の笑みでアタシに挨拶した。
「タイスケさん、今日から本格的に働くんですよね」
「そーだよ」
「楽しみっす!」
「楽しみなのはいいけど、ちゃんと教えてやってね」
「もちろんです! で、タイスケさんは?」
「バンドの仕事あって、一時間遅れの十八時から出勤するって」
「そうなんすね! はぁ~! 今日は頑張ろ!」
「いつも頑張ってくれないと困るんですけどー?」
「店長イジワルっすぎっすよ~。いつも頑張ってますってば! 今日はいつも以上です!」
 桂っちは親指を立て、颯爽と店内へ入って行った。

 出勤時間五分前にダダはやって来た。いつも通り、帽子を被り、クタクタの服。薄手のトートを肩から下げている。
「来たよー」
「じゃあ、今日から働いてもらうけど大丈夫?」
「ちょっと怖いけど、キムキムと桂っちがいるから」
 胸元に「研修中 金田」のプレートのついたエプロンをつけながら言った。
 とにかく初日はレジ。レジが出来ないと何も始まらない。桂っちが横についてレジに入ってもらう。今日はお客さんも少なく、売り上げは最悪だけど、練習日和だ。
 いざやってみてもらうと、緊張しながらも一人一人丁寧に接客していて安心した。
「店長! タイスケさん、めっちゃ接客上手くないですか?」
 興奮した様子で桂っちはレジ前で補充作業をしているアタシに声をかけてきた。
「ワタシなんか初日何回もいろんなミスして怒られまくりましたよ」
「そうだったよね~。桂っち、マジ人見知りえぐかったし、パニくってヤバかったー」
 一年前の桂っちはずっとオロオロしてた。人生初バイトってのはわかるんだけど、声は震えてるし、レジのボタン押し間違えるし、お釣り渡し忘れるし。店の近くに住んでて、真面目そうだからと採用したのを少し後悔する日もあったくらい。でも、何か月か経つと、笑顔でテキパキ接客できるようになっていた。
「こうしてダダに仕事教えてるんだから、ホント、成長した」
「嬉しいっす!」
「オレも桂っちみたいに頑張る」
「タイスケさん、頑張りましょう!」

 そのあとも特にトラブルもなく、無事にレジ締めまで終えることが出来た。桂っちの言う通り、仕事はしっかり出来ている。なんで今までバイトをクビになってたのか不思議なくらいだ。この店が彼にあってるんだろうか。それなら嬉しいけど。
「キムキム、お腹空いた」
「帰ったらすぐ作る。寄り道せずに家まで帰って来なよ」
「うん」
「ホントにタイスケさん、店長の家に居候してるんすか?」
「お金貯まるまではって約束でね」
「店長ぉ~、今度お家遊びに行かせてくださいよ!」
「えぇー……」
 人を呼ぶのはあまり好きじゃない。おもてなしをしなきゃという気持ちが先行して気疲れするからだ。ダダとの生活もまだ慣れなくて、リラックスして過ごしてない。
「店長とタイスケさんと仲良くなりたいんです!」
「九割ダダ目当てでしょ?」
「そんなことないです! 店長はワタシの憧れなんですから!」
「へぇ~? じゃあアタシのどこに憧れてんの? 言ってみ?」
「どんなお客さんが来ても、臨機応変に対応できるのすごいなって思うし、同僚思いで、怖い日もありますけど、いつもアドバイスくださる、最高の店長です!」
「それでそれで~?」
「あと、めちゃオシャレだなと! 出勤したらわざわざ着替えてる日もあるじゃないですか」
「あれはバイク乗る時、スカートもヒールも乗りづらいからだし。夏場は汗かくから着替えてるだけで――」
「でもでも、オシャレに気を使ってるってことじゃないですかぁ~。しかもどんな服も着こなしてるのカッコいいです」
「そぉ?」
 嘘はついてないようだけど、まさかこんなに真剣に答えられるとこっちが恥ずかしい。照れてる横でダダは口を開いたかと思うと、
「そーいうことなら、狭いけど遊びにおいでよ」
「なんでダダが答えんの!」
「マジっすか! 総一郎と一緒に、ちゃんと手土産持ってお邪魔しますね」
「家主、アタシだし! てか、四人もウチに入らないんだけど」
 なんて話しながら、外に出る。先にバイトを終えて待っていた駿河っちが自転車を背にして立っていた。白いワイシャツをきっちりズボンに入れて、ベルトで締めている。今日も小綺麗にしてんなぁと感心しちゃう。
「お疲れ様です。皆さん、今日は遅かっ……」
「総一郎、今日から新人が入ってさー」
「ソーイチロー、やっほー」
 駿河っちは、アタシと桂っちの後ろに立っているダダを見つけ、硬直している。そんな彼を見て、桂っちはニヤニヤと笑っている。
「おいおい、何ボーっとしてんだ? 本物のタイスケさんだぜ?」
「ホンモノだよ~」
 桂っちに背中を押され、駿河っちは恐る恐るダダの前に出ると、
「あ、あの、僕、イエフリのおかげで人生が変わったと言っても過言ではなくて、本当に命の恩人、人生の道しるべと言いますか、それくらいに出会えたことに感謝してます! イエフリの中でタイスケさんが特に好きで! キーボード弾いてる姿カッコいいですし、ピアスに興味持ったのも、タイスケさんがつけてらっしゃることがきっかけで……あ! CDジャケットのイラスト、いつも素敵です! 新曲と同じくらい楽しみにしてます! スマホの待ち受け画像は『竜巻ジェネレーション』のにしてるくらいで! あとあと……!」
 興奮した様子で早口で話し続けて、
「ワタシにはなかなか好きって言わなかったくせに!」
 隣にいる桂っちが頬を膨らませていることにも気づかない。
「ありがとー」
 そう言うと、ダダは鼻の頭が触れそうなところまで、ぐっと近づき、駿河っちの顔をまじまじと見たあと、
「なんだろ。かわいいからオレの弟ってことにしよ」
 ぎゅっと抱きしめた。駿河っちの方が身長低いから、ダダの腕にすっぽりと包まれてしまう。
「うわー! 総一郎ぉー! 羨ましいぞ!」
「な、何してんの⁉」
 解放された駿河っちの頬は真っ赤で、でも目は輝いていた。
「う、嬉しいです! タイスケさんのような人がお兄さんだったらどれだけ幸せか!」
「「超喜んでんじゃん!」」
 想定外の答えに桂っちと思わずハモる。なんつーか、駿河っちの意外な一面ってやつだなぁ。
「ソーイチローも今度、桂っちと一緒に家遊びに来て」
「良いんですか⁉ ぜひ!」
「だーかーらー! アタシが家主って言ってんじゃん!」
 でもまぁ、この二人なら家を汚したり、暴れるようなことはしないだろうし、考えとくか。
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