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第一章 再び動き出す季節

第九話 再び動き出す季節9

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 朝起きて、ベッドから足を下ろすと何かに触れた。びっくりして足を上げる。完全にダダがいることを忘れていた。ダダは寝袋に入って眠っている。顔が真っ白で、死んでないか心配になって、口と鼻に手のひらをかざす。生暖かい息が当たり、ホッとする。
「にしても、寝袋、捨てなくてよかった」
 付き合って早々「お前もバイクの免許取ってツーリングしよう!」、「ツーリングキャンプしてぇんだよ。だから、キャンプ用品揃えとけよ」としつこく言ってきた元カレがいた。正直興味持てなくて「アタシはいい」と断ったけど、「大好きなお前と一緒に行きたい」、その一言に負けた。
 慌ててバイク免許を取りに行ったり、勧められたがままに寝袋を買った。その数か月後、急に連絡が取れなくなり、自然消滅。バイク免許は取らざるを得なかったし、寝袋も良いの買っちゃって捨てれず、長年邪魔な荷物と化していた。まさか役に立つ日が来るなんて。背の高いダダには少し窮屈でかわいそうだが。
 ゆっくりしている場合じゃない。着替えて、ご飯食べて、メイクして、洗濯して……と慌ただしくしているとダダが目を覚ました。寝袋から上半身を出して、まだまだ眠そうな目でメガネを探してかける。
「キムキムおはよー」
「おはよ。アタシ、昼から出勤だけど、ダダは予定あるんだっけ」
「うん。バンドの練習行く」
「りょーかい。見つけた合鍵、テーブルに置いとくから。これでちゃんと戸締りして……って聞いてる?」
「んー、大丈夫」
と目をこすりながら頷く。
「あ、何時に帰ってくんの?」
「うーん……キムキムが帰って来る時間には帰る」
「いいの? アタシ帰ってくんの、二十三時過ぎるけど」
「合わせる。キムキムとご飯食べたい」
 単純に外食するお金がないからかもだけど、そう言ってくれるの、なんか嬉しいじゃん。照れてることを悟られたくなくて、顔を逸らす。
「そんじゃあ、お互い終わったら連絡すること、ね?」
「うん」
 ダダとこんな会話交わす日が来るなんて思わなかった。なんかママと暮らしていた頃みたい。一人暮らしを始めてかれこれ六年経つ。たまに実家には帰るけど、こういう会話はもうしないもんなぁ。
 心が弾む反面、不安もあった。ダダが帰ってきていなかったらどうしようと。「ああ、また何も言わずにいなくなっちゃった」と、涙を流す過去の自分が見えた。

 全てのはじまりは、パパからだった。アタシのパパは、ごく普通のサラリーマンで、優しい人だった。誕生日やクリスマスなどのイベントごとは、仕事を早く切り上げて付き合ってくれた。宿題をしててわからないところがあれば丁寧に教えてくれたり。こんな日々がずっと続くと信じて疑わなかった。
 小学校三年生くらいの頃だっただろうか。学校が終わって家に帰ると、キッチンでママが泣いていた。
「ママ、どうしたの? おなか、痛いの?」
 と訊くアタシ。何も返答せず、泣き崩れ、床に伏せるママにどんどんと怖くなって、アタシも泣いてしまった。ママは、その泣く声にハッと我に返ったようで、ぎゅっとアタシを抱きしめて言った。
「パパは……もうここには帰って来ないから……ママと一緒に頑張ろう。ね?」
 その時はわからなかったけど、パパは浮気をしていた。浮気相手は、会社の同僚のシングルマザーだったという。一人で子どもを育てつつ働き、精神的にも揺らいでいたその女性を、パパは放っておけなくなってしまった。アタシたちを捨ててでも、支えることを決めてしまった。
 これをきっかけにママは毎日昼夜関わらず仕事を入れた。金銭的なこともあるけど、パパのことを忘れたい一心のような気もした。そんな無茶苦茶な毎日で、体調だって悪い日も、疲れが取れない日も多かったと思う。だけど、アタシには明るく振舞い続けてくれた。そんなママが大好きだし、尊敬し、感謝している。だから、高校卒業したら、大学には行かず、アタシも働くと決めていた。

 ダダと会えず、高校を卒業したその後。二十歳の時に初めて彼氏が出来た。ダダの時ほど好きだと思えなかった。けれど、顔を合わせれば「好き」と言われ、単純に嬉しかったのだ。その頃、ママも職場で知り合った少し年上の人と再婚、アタシも雑貨屋の社員として合格して、ようやく陽の光が当たり始めた。
 だけど、そううまくはいかなかった。数か月経ったあたりから、「お金貸して」としつこく言われるようになる。ママが昔から言っていた「他人に気安くお金を貸さない」。この言葉をアタシは守って、貸さずにいた。
 するとある日、アタシの職場に借金取りが現れた。どうやら、アイツは多大な借金を何度も抱え、そのたびに付き合う女性にいつも払わせるのが常套手段だったらしい。その時の店長が助けてくれて、なんとかやり過ごせたけど、一人だったらどうなってたかわからない。

 そして、あのツーリングキャンプを提案してきたあの男と付き合うも、すぐに終わった。そのあと、実は数回街で見かけている。いつも違う女の子を連れて、歩いていた。アクセサリーのように飽きたら変える。そんな人だったんだろう。

「好き」って言葉の意味を信じるのがバカらしくなってしまった。「好き」も「守る」も「永遠に」も、「約束する」も言葉を並べ、口に出すだけなら誰だって簡単に吐ける。誰も、実行してくれない。アタシは大切で特別な人を作らないでおこうと決心した。そんなことで泣くのはもう疲れた。
 ダダもアタシを置いて出ていく日が来るかもしれない。またサヨナラと言えないまま、別れるかもしれない。ダダはそんなことしないと思っている。だけど、あの日は、卒業式の日はなんで来なかったの? でも、訊かなくていい。訊いたところで、七年前という時間が戻らないんだから。
 たった一日一緒にいるだけでも、こんなにも嬉しくてたまらない。心の奥の奥にかすかに残っていたダダへの思いにまた火が付きそうだ。でもダメ、それはダメなんだ。それ以上期待しないようにしなきゃいけない。期待したって、良いことなんてないし。
 そう、言い聞かせる。
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