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第一章 再び動き出す季節
第二話 再び動き出す季節2
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「昼間はあったかくてサイコーだわ」
店の裏口でタバコに火をつけ一服。三月ももう終わりに差しかかり、二十五回目の春が訪れようとしている。コートの出番はすっかり減った。とはいえ、バイクに乗る時や、夜は冷えることもあるから、小さく折りたためるポケッタブルジャケットを持って出勤している。
あーあ。学生時代は入学や進学、イベントごとが多くてワクワクしたのに。働きだすと新しいことなんて、学生バイトの子の入れ替わりくらいで、ほとんど変わり映えしない。
ただ、毎年、この時期になると思い出すことがある。
高校一年生の時、同じクラスに一人、教室に滅多に来ないヤツがいた。出席番号でアタシの二つ、三つ前の男だった。授業はおろか、イベントごとにも顔を出さない。最初こそみんな「レアキャラがいる」とかいじってたけど、いつの間にかいないことが当たり前すぎて、たまにいても、誰一人、気にすることがなくなった。そのあとの二年間は、ソイツと違うクラスになったから、そーいう同級生がいたことも消え失せていた。
三年生になったばかりの四月。その日は当時働いていたコンビニバイトも休みになり、放課後、アタシは学校内をうろついていた。三年通ってても全然知らない教室もあるなーとか思いながら歩いてて辿り着いたのが美術準備室だった。美術室は授業で行くこともあったし、その日も美術部の子たちが賑やかに絵を描いていた。
すると、いつも閉まっている隣の美術準備室が開いているのに気づいた。縦に細長く、本来は道具を置いておくだけの倉庫。そんな狭い場所で、イーグルにキャンバスを立て、色を塗っている男子生徒がいた。
興味半分で開いていたドアの隙間から絵を覗き見る。何を描いてるのか、正直わからなかった。色彩は原色多めで派手なのに、どこか寂しさを感じさせるそんな絵。心を奪われるという体験をしたのはこの時が生まれて初めてだったと思う。
引き戸を開け、突然入って来たアタシに驚き固まっているソイツに向かって言った。
「絵、すごくいいじゃん。見せて」
「……勝手にどーぞ」
アタシから視線を外すと、何事もなかったかのように赤色に染まった筆先をキャンバスにのせる。無機質な声、無表情さはまるでロボットのよう。ボサボサの黒髪で目元は覆われ、その隙間からピアスが何個も光っている。使い込まれているエプロンは絵具で汚れて、くたくた。アタシはその辺にあったパイプ椅子を持ってきて、ソイツが「帰る」と席を立つまで、ずっと眺めていた。
それから、放課後、時間を見つけては美術準備室へ足を運んだ。最初は話しかけても無視されることが多かった。それでも、アタシは絵を見れればいいしって感じで勝手に来て、勝手に帰る。「これ、よかったらあげるー」とお菓子置いて行った日もあった。
いつの間にか、ぼちぼち会話してくれるようになって、最終的に色塗りを手伝わせてくれるようになった。アタシにとってこの放課後はかけがえない時間になり、そして、どこかぼんやりとしてて、マイペースなソイツに心惹かれていった。
だけど、アタシたちには時間がなかった。あっという間に卒業はやって来た。最後の登校日に、アタシはソイツと約束した。
「卒業式のあと、ここで会おう」
と。
卒業式当日。式が終わったあと、美術準備室に駆けて行った。だけど、アイツはいなかった。「まだ来てないだけ」と、その場に座り込む。だけど、何時間経っても来る様子がない。アイツはスマホもケータイも持ってなくて、連絡先を交換出来なかった。それでも会えると、来ると信じて待っていた。昼を過ぎたころだっただろうか。校内を見廻りに来た先生に見つかってしまった。「早く帰りなさい」と怒られても、
「待ってる人がいて……!」
必死に抵抗した。でも、許可してもらえるワケもなく、つまみだされた。お腹も空いたし、何時間もじっと待ってて疲れてはじめていた。「アイツは来ないよ」「きっと忘れられたんだ」と脳内で囁く声も聴こえてくる。それでも、アタシは正門の前でじっと待っていた。日が傾いていく。限界を感じ、スマホを見ると式が終わって四時間も過ぎていた。
「なんで……約束したじゃん……」
そう口に出した時、一気に寂しさがアタシを飲み込んだ。一人でいたくない。友達がこの辺りのファミレスで集まってるはずだと思い出したアタシは、校舎に背を向けた。
遠い思い出。アイツとの交流はたった一年。なのに忘れられないのは、本当はあの日、告白するつもりだったからだろう。好きだって。友達でも良いから、これからも――と伝えたかった。悔いが残って今もまだ消えていない。だから、この季節になると思い出してしまう。あれからアイツ、どうしてるんだろう。世界中放浪しながら絵を描いてるとかだったら、アイツらしくておもしろい。元気でいればいいな。アタシのこと――。
「しんみりしてる場合じゃないっつの」
吐き捨てるように呟き、タバコの吸い殻を携帯灰皿に入れた。中に戻る前に店のポストを確認しとこ。請求書とか業者のDMと一緒に一通の白い封筒が入ってた。
「なにこれ」
差出人は「ワンロード」という会社だった。こんな会社と取引あったっけ? もしかしたら新しくできた会社だろうか。とりあえず開封し、便箋を取り出す。
『昨年、道に迷っているところを助けてもらった綾女源太です。お礼の品、遅くなってしまい、申し訳ございません。ライブのチケット二枚お送りします。お友達や彼氏さんと一緒に良かったら。この会場はオールスタンディングなんですけど、木村さんに送ったのは二階にある関係者エリアだから座席もあります。終演後、お時間があれば楽屋にも遊びに来てください。自慢じゃないけど、うちのバンド、カッコいいからぜひ見てください』
チケットが二枚入っていた。『黄色いフリージア ライブツアー』って書いてある。アタシ音楽聴かないから、このバンドは知らない……。人気バンドだったりするのかな?
日時を見ると二週間後。結構ギリじゃん……。その日、アタシは休みだけど、こんな急にライブに誘える友達もいない。桂っちと駿河っちにあげる? でも、アタシ本人が行かないのもなぁ。頭を掻きながら悩んだ末、
「一人で行って、挨拶してさっさと帰ろ」
ということに決めた。
店の裏口でタバコに火をつけ一服。三月ももう終わりに差しかかり、二十五回目の春が訪れようとしている。コートの出番はすっかり減った。とはいえ、バイクに乗る時や、夜は冷えることもあるから、小さく折りたためるポケッタブルジャケットを持って出勤している。
あーあ。学生時代は入学や進学、イベントごとが多くてワクワクしたのに。働きだすと新しいことなんて、学生バイトの子の入れ替わりくらいで、ほとんど変わり映えしない。
ただ、毎年、この時期になると思い出すことがある。
高校一年生の時、同じクラスに一人、教室に滅多に来ないヤツがいた。出席番号でアタシの二つ、三つ前の男だった。授業はおろか、イベントごとにも顔を出さない。最初こそみんな「レアキャラがいる」とかいじってたけど、いつの間にかいないことが当たり前すぎて、たまにいても、誰一人、気にすることがなくなった。そのあとの二年間は、ソイツと違うクラスになったから、そーいう同級生がいたことも消え失せていた。
三年生になったばかりの四月。その日は当時働いていたコンビニバイトも休みになり、放課後、アタシは学校内をうろついていた。三年通ってても全然知らない教室もあるなーとか思いながら歩いてて辿り着いたのが美術準備室だった。美術室は授業で行くこともあったし、その日も美術部の子たちが賑やかに絵を描いていた。
すると、いつも閉まっている隣の美術準備室が開いているのに気づいた。縦に細長く、本来は道具を置いておくだけの倉庫。そんな狭い場所で、イーグルにキャンバスを立て、色を塗っている男子生徒がいた。
興味半分で開いていたドアの隙間から絵を覗き見る。何を描いてるのか、正直わからなかった。色彩は原色多めで派手なのに、どこか寂しさを感じさせるそんな絵。心を奪われるという体験をしたのはこの時が生まれて初めてだったと思う。
引き戸を開け、突然入って来たアタシに驚き固まっているソイツに向かって言った。
「絵、すごくいいじゃん。見せて」
「……勝手にどーぞ」
アタシから視線を外すと、何事もなかったかのように赤色に染まった筆先をキャンバスにのせる。無機質な声、無表情さはまるでロボットのよう。ボサボサの黒髪で目元は覆われ、その隙間からピアスが何個も光っている。使い込まれているエプロンは絵具で汚れて、くたくた。アタシはその辺にあったパイプ椅子を持ってきて、ソイツが「帰る」と席を立つまで、ずっと眺めていた。
それから、放課後、時間を見つけては美術準備室へ足を運んだ。最初は話しかけても無視されることが多かった。それでも、アタシは絵を見れればいいしって感じで勝手に来て、勝手に帰る。「これ、よかったらあげるー」とお菓子置いて行った日もあった。
いつの間にか、ぼちぼち会話してくれるようになって、最終的に色塗りを手伝わせてくれるようになった。アタシにとってこの放課後はかけがえない時間になり、そして、どこかぼんやりとしてて、マイペースなソイツに心惹かれていった。
だけど、アタシたちには時間がなかった。あっという間に卒業はやって来た。最後の登校日に、アタシはソイツと約束した。
「卒業式のあと、ここで会おう」
と。
卒業式当日。式が終わったあと、美術準備室に駆けて行った。だけど、アイツはいなかった。「まだ来てないだけ」と、その場に座り込む。だけど、何時間経っても来る様子がない。アイツはスマホもケータイも持ってなくて、連絡先を交換出来なかった。それでも会えると、来ると信じて待っていた。昼を過ぎたころだっただろうか。校内を見廻りに来た先生に見つかってしまった。「早く帰りなさい」と怒られても、
「待ってる人がいて……!」
必死に抵抗した。でも、許可してもらえるワケもなく、つまみだされた。お腹も空いたし、何時間もじっと待ってて疲れてはじめていた。「アイツは来ないよ」「きっと忘れられたんだ」と脳内で囁く声も聴こえてくる。それでも、アタシは正門の前でじっと待っていた。日が傾いていく。限界を感じ、スマホを見ると式が終わって四時間も過ぎていた。
「なんで……約束したじゃん……」
そう口に出した時、一気に寂しさがアタシを飲み込んだ。一人でいたくない。友達がこの辺りのファミレスで集まってるはずだと思い出したアタシは、校舎に背を向けた。
遠い思い出。アイツとの交流はたった一年。なのに忘れられないのは、本当はあの日、告白するつもりだったからだろう。好きだって。友達でも良いから、これからも――と伝えたかった。悔いが残って今もまだ消えていない。だから、この季節になると思い出してしまう。あれからアイツ、どうしてるんだろう。世界中放浪しながら絵を描いてるとかだったら、アイツらしくておもしろい。元気でいればいいな。アタシのこと――。
「しんみりしてる場合じゃないっつの」
吐き捨てるように呟き、タバコの吸い殻を携帯灰皿に入れた。中に戻る前に店のポストを確認しとこ。請求書とか業者のDMと一緒に一通の白い封筒が入ってた。
「なにこれ」
差出人は「ワンロード」という会社だった。こんな会社と取引あったっけ? もしかしたら新しくできた会社だろうか。とりあえず開封し、便箋を取り出す。
『昨年、道に迷っているところを助けてもらった綾女源太です。お礼の品、遅くなってしまい、申し訳ございません。ライブのチケット二枚お送りします。お友達や彼氏さんと一緒に良かったら。この会場はオールスタンディングなんですけど、木村さんに送ったのは二階にある関係者エリアだから座席もあります。終演後、お時間があれば楽屋にも遊びに来てください。自慢じゃないけど、うちのバンド、カッコいいからぜひ見てください』
チケットが二枚入っていた。『黄色いフリージア ライブツアー』って書いてある。アタシ音楽聴かないから、このバンドは知らない……。人気バンドだったりするのかな?
日時を見ると二週間後。結構ギリじゃん……。その日、アタシは休みだけど、こんな急にライブに誘える友達もいない。桂っちと駿河っちにあげる? でも、アタシ本人が行かないのもなぁ。頭を掻きながら悩んだ末、
「一人で行って、挨拶してさっさと帰ろ」
ということに決めた。
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