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再生
第二十九話 再生3
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文芸学科といえど、一回生の授業で作品を提出する授業はまだ少なく、提出できる授業はみな力が入っていた。今日も、何人もの文芸学科生が作品を提出している姿を見た。その中には駿河がいた。
帰宅後、駿河から受け取った小説を読んだ。駿河の作品は同じ授業をとっていることもあり、何作か読んでいる神楽小路は唸る。彼はどんな与えられたテーマでも、器用に書きこなした。文の読みやすさ、物語の緩急、一度読み始めた人をラストまで掴んで離さない。
最初のテーマ『怒り』の時、駿河が提出したのは、尊敬していた同じバイトの先輩がマンションのベランダから飛び降り自殺、その翌日にその先輩の遺書がバイト先に届く。『今日死ねば、この人生は楽しかったと思える気がした』と自死を選んだことをどこか誇らしげに書いた文章を残した先輩。「きっとこの先もっと楽しいことはあったはずだ」と、助けることも自殺を止めることも出来なかった後輩。残された後輩が前を向くまでの物語は、バイト先の店長や、幼馴染の友人との会話が主で、正解はないが、人に話すことにより、自分なりの正解だと思う道へ進む姿は力強いものだった。
前回の『冒険』がテーマの時は主人公の男子高校生が文化祭の最終日の夜。屋上から打ち上げ花火を上げるという話だった。一見爽やかな物語かと思いきや、三人の優等生の男子生徒はみな、家庭や友人関係、学業に悩みや不安を抱えている。打ち上げ花火を上げることにより、変わるはずもない状況をなんとか変えたいともがく姿が印象的だった。
それを踏まえると今回のテーマ「運命」の小説は、正統な青春物語だった。同じクラスになり、同じ図書委員として活動していく中で、主人公の男子生徒に芽生える「恋かもしれない」という気持ち。バランスを崩したくない、けれども、彼女の心や身体に触れてみたいという感情に戸惑う。焼けるようなもどかしさ、初恋の瑞々しさが凝縮されていた。ラストで結局主人公はどちらの道を選んだのか曖昧だったのが惜しい点ではあったが、作品毎に進化を遂げる駿河を見ると悔しさが募る。
だからこそ、自分も書いて完成させねばという思いが強くなる。
数日のうちに、寝落ちしてしまっても、それは起床時間の二、三時間前であり、休息もままならなくなっていった。
「神楽小路くん?」
佐野に呼びかけられていることに気づいたのは、彼女が彼の名を三回呼んだ時だった。ゆっくりと意識を取り戻していく。
「なんだ」
「体調悪い? さっきからご飯も食べてないし、顔色も悪い気がする」
朝、気づけば身支度を整え、大学の構内を歩いて、授業を受け、そして、目の前にはカツ丼。自分で注文したはずなのに、その記憶がどこかぼやけている。
「いや、そんなことはない」
「それなら良いんだけどね。あ、そうだ」
そう言うと佐野はカバンの中から紙の束を取り出した。
「こないだ言ってた小説、コピーして持ってきた」
「小説……?」
「ほら、話したでしょ。わたし、小説完成したって」
「ああ」
記憶を辿る。思い出そうにもその日の映像にノイズがかかる。
「咲ちゃんが書いた小説をこないだ読ませてもらって、わたしとは全然違う世界観というか、今まで読んでこなかったような胸に突き刺さって抜けないような小説だったの。だから、わたしも頑張らなきゃって思って。でも、わたしにはそういうのは書けなくて、いつも通りの、誰も死なない、悲しまないような作品になっちゃったけど」
「なるほど。家で読ませてもらう」
「神楽小路くんの小説も読みたい」
佐野に悪気はないが、今の神楽小路には重くのしかかる言葉であった。
「完成したらその時は……」
完成したら。今その言葉が一番自信のないものだ。佐野も桂もみな新作を書き上げている。焦りを感じ、味を感じないカツ丼を胃におさめ、佐野と別れた。
教室へ向かい歩きだす彼女を見送ると、神楽小路は早退し、帰宅した。
帰宅後、駿河から受け取った小説を読んだ。駿河の作品は同じ授業をとっていることもあり、何作か読んでいる神楽小路は唸る。彼はどんな与えられたテーマでも、器用に書きこなした。文の読みやすさ、物語の緩急、一度読み始めた人をラストまで掴んで離さない。
最初のテーマ『怒り』の時、駿河が提出したのは、尊敬していた同じバイトの先輩がマンションのベランダから飛び降り自殺、その翌日にその先輩の遺書がバイト先に届く。『今日死ねば、この人生は楽しかったと思える気がした』と自死を選んだことをどこか誇らしげに書いた文章を残した先輩。「きっとこの先もっと楽しいことはあったはずだ」と、助けることも自殺を止めることも出来なかった後輩。残された後輩が前を向くまでの物語は、バイト先の店長や、幼馴染の友人との会話が主で、正解はないが、人に話すことにより、自分なりの正解だと思う道へ進む姿は力強いものだった。
前回の『冒険』がテーマの時は主人公の男子高校生が文化祭の最終日の夜。屋上から打ち上げ花火を上げるという話だった。一見爽やかな物語かと思いきや、三人の優等生の男子生徒はみな、家庭や友人関係、学業に悩みや不安を抱えている。打ち上げ花火を上げることにより、変わるはずもない状況をなんとか変えたいともがく姿が印象的だった。
それを踏まえると今回のテーマ「運命」の小説は、正統な青春物語だった。同じクラスになり、同じ図書委員として活動していく中で、主人公の男子生徒に芽生える「恋かもしれない」という気持ち。バランスを崩したくない、けれども、彼女の心や身体に触れてみたいという感情に戸惑う。焼けるようなもどかしさ、初恋の瑞々しさが凝縮されていた。ラストで結局主人公はどちらの道を選んだのか曖昧だったのが惜しい点ではあったが、作品毎に進化を遂げる駿河を見ると悔しさが募る。
だからこそ、自分も書いて完成させねばという思いが強くなる。
数日のうちに、寝落ちしてしまっても、それは起床時間の二、三時間前であり、休息もままならなくなっていった。
「神楽小路くん?」
佐野に呼びかけられていることに気づいたのは、彼女が彼の名を三回呼んだ時だった。ゆっくりと意識を取り戻していく。
「なんだ」
「体調悪い? さっきからご飯も食べてないし、顔色も悪い気がする」
朝、気づけば身支度を整え、大学の構内を歩いて、授業を受け、そして、目の前にはカツ丼。自分で注文したはずなのに、その記憶がどこかぼやけている。
「いや、そんなことはない」
「それなら良いんだけどね。あ、そうだ」
そう言うと佐野はカバンの中から紙の束を取り出した。
「こないだ言ってた小説、コピーして持ってきた」
「小説……?」
「ほら、話したでしょ。わたし、小説完成したって」
「ああ」
記憶を辿る。思い出そうにもその日の映像にノイズがかかる。
「咲ちゃんが書いた小説をこないだ読ませてもらって、わたしとは全然違う世界観というか、今まで読んでこなかったような胸に突き刺さって抜けないような小説だったの。だから、わたしも頑張らなきゃって思って。でも、わたしにはそういうのは書けなくて、いつも通りの、誰も死なない、悲しまないような作品になっちゃったけど」
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完成したら。今その言葉が一番自信のないものだ。佐野も桂もみな新作を書き上げている。焦りを感じ、味を感じないカツ丼を胃におさめ、佐野と別れた。
教室へ向かい歩きだす彼女を見送ると、神楽小路は早退し、帰宅した。
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