18 / 37
七夕週間
第十八話 七夕週間4
しおりを挟む
そう約束したが、四限が終わるころには雨はすっかり上がっていた。雨など本当に振っていたかと疑いたくなるような澄み渡る青空だった。
「傘はもういらんな」
「そうだね」
「途中まで荷物持ってやろう」
そう言って手を差し伸べると、
「あのね、神楽小路くん」
佐野がリュックをぎゅっと力強く握った。
「今日、広場に置かれてる笹に短冊飾ろうと思って。一緒に書きにいかない?」
課題以外で佐野がそんな誘いをしてきたのは初めてだった。だが、神楽小路は首を横に振る。
「俺は行けない。迎えの車がもう来ている」
「あぁ……! そっか、そうだったね」
眉が下がる。佐野が自分のせいで落ち込んでしまったことに神楽小路は心に微かな痛みを感じ、「すまない」と口から謝罪の言葉が自然と出た。
「わたしこそごめんね。急にそんな話して」
「……広場まで付いていく」
水たまりに気をつけながら、佐野の歩幅に合わせて二人は歩いていく。
「こうやって歩いてるだけでもたくさん浴衣の人いるね」
「思った以上にこのイベントを楽しんでいる学生が多いということだな」
「来年は神楽小路くんも浴衣着てね」
「なぜ俺が着ないとならんのだ」
「見てみたいからだよ」
「お前くらいだ、そんなこと言うのは」
「えー、似合うと思うんだけどなぁ」
そう言って口を尖らせた。神楽小路は数秒黙った後、髪をかきあげた。
「……来年、お前の気が変わってなければ考えてやる」
「やったー! 約束だからね」
「だが、その時は」
「その時は?」
「俺だけじゃなく、お前も浴衣着ることだ。俺一人だけというのは許さん。恥ずかしいからな」
ぽかんとしていた佐野の顔が明るくなり、目が輝く。
「もちろんだよ! 一緒に短冊書こうね」
広場に到着すると、人で溢れかえっていた。短冊を書くための長机も、笹の周りも長い列が作られている。そこにいる学生たちはみな笑顔で楽しんでいる。
「今日はほんといろいろありがとう、神楽小路くん」
「これくらいかまわん」
「じゃあ、また明日ね」
「佐野真綾」
「ん?」
佐野は小首をかしげ、神楽小路を見る。
「……いや。楽しんでこい」
「ありがとう」
手を振りながら、佐野は広場へ小走りで向かった。
神楽小路は待たせている車に乗るべく、大学の下の駐車場へ歩いていく。浴衣を着た学生と何人もすれ違う。ゆっくり立ち止まり、雨上がりの地面に出来た水たまりに自分の姿を映す。無表情の顔。
(断らなければよかった)
心の中で呟いたその一言に神楽小路は自分自身驚いた。そんなことを今まで思ったことは今までなかったからだ。どうせ自分は一人でいるのが似合いなのだと、いつも言い聞かせていた。それなのに、今日は佐野と共にいたいと思った。短冊を書いて笹に飾ることだってしたことがない。
(佐野真綾となら……)
今ならまだ間に合うかもしれないと振り返るも、すぐに背を向けて歩きだす。
(あの賑やかな場に俺は相応しくない)
「傘はもういらんな」
「そうだね」
「途中まで荷物持ってやろう」
そう言って手を差し伸べると、
「あのね、神楽小路くん」
佐野がリュックをぎゅっと力強く握った。
「今日、広場に置かれてる笹に短冊飾ろうと思って。一緒に書きにいかない?」
課題以外で佐野がそんな誘いをしてきたのは初めてだった。だが、神楽小路は首を横に振る。
「俺は行けない。迎えの車がもう来ている」
「あぁ……! そっか、そうだったね」
眉が下がる。佐野が自分のせいで落ち込んでしまったことに神楽小路は心に微かな痛みを感じ、「すまない」と口から謝罪の言葉が自然と出た。
「わたしこそごめんね。急にそんな話して」
「……広場まで付いていく」
水たまりに気をつけながら、佐野の歩幅に合わせて二人は歩いていく。
「こうやって歩いてるだけでもたくさん浴衣の人いるね」
「思った以上にこのイベントを楽しんでいる学生が多いということだな」
「来年は神楽小路くんも浴衣着てね」
「なぜ俺が着ないとならんのだ」
「見てみたいからだよ」
「お前くらいだ、そんなこと言うのは」
「えー、似合うと思うんだけどなぁ」
そう言って口を尖らせた。神楽小路は数秒黙った後、髪をかきあげた。
「……来年、お前の気が変わってなければ考えてやる」
「やったー! 約束だからね」
「だが、その時は」
「その時は?」
「俺だけじゃなく、お前も浴衣着ることだ。俺一人だけというのは許さん。恥ずかしいからな」
ぽかんとしていた佐野の顔が明るくなり、目が輝く。
「もちろんだよ! 一緒に短冊書こうね」
広場に到着すると、人で溢れかえっていた。短冊を書くための長机も、笹の周りも長い列が作られている。そこにいる学生たちはみな笑顔で楽しんでいる。
「今日はほんといろいろありがとう、神楽小路くん」
「これくらいかまわん」
「じゃあ、また明日ね」
「佐野真綾」
「ん?」
佐野は小首をかしげ、神楽小路を見る。
「……いや。楽しんでこい」
「ありがとう」
手を振りながら、佐野は広場へ小走りで向かった。
神楽小路は待たせている車に乗るべく、大学の下の駐車場へ歩いていく。浴衣を着た学生と何人もすれ違う。ゆっくり立ち止まり、雨上がりの地面に出来た水たまりに自分の姿を映す。無表情の顔。
(断らなければよかった)
心の中で呟いたその一言に神楽小路は自分自身驚いた。そんなことを今まで思ったことは今までなかったからだ。どうせ自分は一人でいるのが似合いなのだと、いつも言い聞かせていた。それなのに、今日は佐野と共にいたいと思った。短冊を書いて笹に飾ることだってしたことがない。
(佐野真綾となら……)
今ならまだ間に合うかもしれないと振り返るも、すぐに背を向けて歩きだす。
(あの賑やかな場に俺は相応しくない)
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
【9】やりなおしの歌【完結】
ホズミロザスケ
ライト文芸
雑貨店で店長として働く木村は、ある日道案内した男性から、お礼として「黄色いフリージア」というバンドのライブチケットをもらう。
そのステージで、かつて思いを寄せていた同級生・金田(通称・ダダ)の姿を見つける。
終演後の楽屋で再会を果たすも、その後連絡を取り合うこともなく、それで終わりだと思っていた。しかし、突然、金田が勤務先に現れ……。
「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ9作目。(登場する人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。
※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
夏色パイナップル
餅狐様
ライト文芸
幻の怪魚“大滝之岩姫”伝説。
城山市滝村地区では古くから語られる伝承で、それに因んだ祭りも行われている、そこに住まう誰しもが知っているおとぎ話だ。
しかしある時、大滝村のダム化計画が市長の判断で決まってしまう。
もちろん、地区の人達は大反対。
猛抗議の末に生まれた唯一の回避策が岩姫の存在を証明してみせることだった。
岩姫の存在を証明してダム化計画を止められる期限は八月末。
果たして、九月を迎えたそこにある結末は、集団離村か存続か。
大滝村地区の存命は、今、問題児達に託された。
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる