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七夕週間
第十八話 七夕週間4
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そう約束したが、四限が終わるころには雨はすっかり上がっていた。雨など本当に振っていたかと疑いたくなるような澄み渡る青空だった。
「傘はもういらんな」
「そうだね」
「途中まで荷物持ってやろう」
そう言って手を差し伸べると、
「あのね、神楽小路くん」
佐野がリュックをぎゅっと力強く握った。
「今日、広場に置かれてる笹に短冊飾ろうと思って。一緒に書きにいかない?」
課題以外で佐野がそんな誘いをしてきたのは初めてだった。だが、神楽小路は首を横に振る。
「俺は行けない。迎えの車がもう来ている」
「あぁ……! そっか、そうだったね」
眉が下がる。佐野が自分のせいで落ち込んでしまったことに神楽小路は心に微かな痛みを感じ、「すまない」と口から謝罪の言葉が自然と出た。
「わたしこそごめんね。急にそんな話して」
「……広場まで付いていく」
水たまりに気をつけながら、佐野の歩幅に合わせて二人は歩いていく。
「こうやって歩いてるだけでもたくさん浴衣の人いるね」
「思った以上にこのイベントを楽しんでいる学生が多いということだな」
「来年は神楽小路くんも浴衣着てね」
「なぜ俺が着ないとならんのだ」
「見てみたいからだよ」
「お前くらいだ、そんなこと言うのは」
「えー、似合うと思うんだけどなぁ」
そう言って口を尖らせた。神楽小路は数秒黙った後、髪をかきあげた。
「……来年、お前の気が変わってなければ考えてやる」
「やったー! 約束だからね」
「だが、その時は」
「その時は?」
「俺だけじゃなく、お前も浴衣着ることだ。俺一人だけというのは許さん。恥ずかしいからな」
ぽかんとしていた佐野の顔が明るくなり、目が輝く。
「もちろんだよ! 一緒に短冊書こうね」
広場に到着すると、人で溢れかえっていた。短冊を書くための長机も、笹の周りも長い列が作られている。そこにいる学生たちはみな笑顔で楽しんでいる。
「今日はほんといろいろありがとう、神楽小路くん」
「これくらいかまわん」
「じゃあ、また明日ね」
「佐野真綾」
「ん?」
佐野は小首をかしげ、神楽小路を見る。
「……いや。楽しんでこい」
「ありがとう」
手を振りながら、佐野は広場へ小走りで向かった。
神楽小路は待たせている車に乗るべく、大学の下の駐車場へ歩いていく。浴衣を着た学生と何人もすれ違う。ゆっくり立ち止まり、雨上がりの地面に出来た水たまりに自分の姿を映す。無表情の顔。
(断らなければよかった)
心の中で呟いたその一言に神楽小路は自分自身驚いた。そんなことを今まで思ったことは今までなかったからだ。どうせ自分は一人でいるのが似合いなのだと、いつも言い聞かせていた。それなのに、今日は佐野と共にいたいと思った。短冊を書いて笹に飾ることだってしたことがない。
(佐野真綾となら……)
今ならまだ間に合うかもしれないと振り返るも、すぐに背を向けて歩きだす。
(あの賑やかな場に俺は相応しくない)
「傘はもういらんな」
「そうだね」
「途中まで荷物持ってやろう」
そう言って手を差し伸べると、
「あのね、神楽小路くん」
佐野がリュックをぎゅっと力強く握った。
「今日、広場に置かれてる笹に短冊飾ろうと思って。一緒に書きにいかない?」
課題以外で佐野がそんな誘いをしてきたのは初めてだった。だが、神楽小路は首を横に振る。
「俺は行けない。迎えの車がもう来ている」
「あぁ……! そっか、そうだったね」
眉が下がる。佐野が自分のせいで落ち込んでしまったことに神楽小路は心に微かな痛みを感じ、「すまない」と口から謝罪の言葉が自然と出た。
「わたしこそごめんね。急にそんな話して」
「……広場まで付いていく」
水たまりに気をつけながら、佐野の歩幅に合わせて二人は歩いていく。
「こうやって歩いてるだけでもたくさん浴衣の人いるね」
「思った以上にこのイベントを楽しんでいる学生が多いということだな」
「来年は神楽小路くんも浴衣着てね」
「なぜ俺が着ないとならんのだ」
「見てみたいからだよ」
「お前くらいだ、そんなこと言うのは」
「えー、似合うと思うんだけどなぁ」
そう言って口を尖らせた。神楽小路は数秒黙った後、髪をかきあげた。
「……来年、お前の気が変わってなければ考えてやる」
「やったー! 約束だからね」
「だが、その時は」
「その時は?」
「俺だけじゃなく、お前も浴衣着ることだ。俺一人だけというのは許さん。恥ずかしいからな」
ぽかんとしていた佐野の顔が明るくなり、目が輝く。
「もちろんだよ! 一緒に短冊書こうね」
広場に到着すると、人で溢れかえっていた。短冊を書くための長机も、笹の周りも長い列が作られている。そこにいる学生たちはみな笑顔で楽しんでいる。
「今日はほんといろいろありがとう、神楽小路くん」
「これくらいかまわん」
「じゃあ、また明日ね」
「佐野真綾」
「ん?」
佐野は小首をかしげ、神楽小路を見る。
「……いや。楽しんでこい」
「ありがとう」
手を振りながら、佐野は広場へ小走りで向かった。
神楽小路は待たせている車に乗るべく、大学の下の駐車場へ歩いていく。浴衣を着た学生と何人もすれ違う。ゆっくり立ち止まり、雨上がりの地面に出来た水たまりに自分の姿を映す。無表情の顔。
(断らなければよかった)
心の中で呟いたその一言に神楽小路は自分自身驚いた。そんなことを今まで思ったことは今までなかったからだ。どうせ自分は一人でいるのが似合いなのだと、いつも言い聞かせていた。それなのに、今日は佐野と共にいたいと思った。短冊を書いて笹に飾ることだってしたことがない。
(佐野真綾となら……)
今ならまだ間に合うかもしれないと振り返るも、すぐに背を向けて歩きだす。
(あの賑やかな場に俺は相応しくない)
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