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父の肖像
第七話(最終回)
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三人分の会計を済まして、外へ出る。すっかり夜になり、気温も下がってきている。
「じゃあ、オレは帰る」
「え? 一緒に晩ご飯食べようぜ?」
「明日、仕事だし、母さんが心配してる」
「なーんだ、晩ご飯もおごってもらおうって思ったのに」
「オマエは……」
「咲さんったら……」
男二人で頭を抱え、咲は「冗談だって」と笑う。コイツの場合、冗談ではなく、一緒に食事すれば遠慮なく食うことはわかっている。元気よく食べることは悪くないのだが、加減を知らんというか……。紗子と一緒になって、普段食べないような、値段の高い、難しい横文字が並ぶメニューばかり注文しやがるからな。一食分だけで財布が空になる。
このままカッコよく去りたかったが、駅の場所がわからず、二人に案内してもらうことにした。咲と総一郎くんが二人並んで前を歩き、オレは後ろを歩く。
「こうやって歩くのも久しぶりだな」
「だね。いつもはさ、お父さんとお母さんが前歩いてくれるから、不思議な感じ」
「今日はオマエに案内してもらわんとわからんからな」
「これ以上は迷うのは勘弁してくれよ~」
「咲さん、失礼です」
「ごめん、ごめん」
ここに来た意味があった。娘が元気なこと、娘の成長を感じたこと、そして、娘が大切だと思える人が、同じくらいに娘を愛してくれていること。それを知れた。大収穫だな。
駅に着いた。昼、ここに来た時にはなかった達成感がある。迷って悩んだ疲れはどこかへと消えていた。
「あ、すぐにお母さんに電話すんだぞ~」
「言われなくてもわかってる。二人とも元気に学業に励めよ」
「へーい」
「頑張ります」
「総一郎くん、今度咲と一緒に帰省した際はゆっくり話そう」
「ありがとうございます。楽しみにしてます」
二人に背を向け、改札を通り、駅のホームに立つ。電車は行ったばかりのようで、次の電車が到着するまでまだ時間はある。ポケットからスマホを取り出し、とある番号を呼び出して耳に当てる。二コールしないうちに相手が出る。
『もー! 仁志さんのバカ! 置き手紙一つで急にいなくなって!』
紗子の絶叫がオレの鼓膜を殴ってくる。
「悪かった」
『悪かったじゃないわよ! 咲からさっきメッセージもらったから全部知ってるんだからね? 大阪行くなら、私も一緒に行って咲と総一郎くんにも会いたかったのに!』
「すまん」
『前に出来なかった大阪観光だってしたかった!』
「ごめんって」
『悪いって思うなら、ちゃんと新大阪駅でりくろーおじさんのチーズケーキと、551の豚まん買ってきてよね!?』
「はいはい。その二つな。買って帰る」
忘れたら、今度こそ手がつかないほど暴れそうだ。新大阪駅に着いたらすぐに買おう。
『で、咲は元気だったでしょ?』
「ああ。元気だったし、総一郎くんはとても真面目で、咲のことを大事にしてくれている」
『ふふっ。心配することなんて一つもなかったでしょ?』
「まぁ……」
『やっぱりちゃんとお父さんだね、仁志さんは』
「もう何年咲の父親やってると……」
『それはそうだけど、ほら、咲が生まれたばかりの頃、仁志さん、お父さんになれるのかって不安がってたじゃない』
父親とはどんな存在なのだろうと、小さい頃から思っていた。友達が父親と戯れる姿、本や映画で観る父親。どれもオレにとってフィクションだった。紗子と咲を守り、幸せな家庭を作ろうと、必死に良い父親になろうとあがいた。参観日に行ったり、旅行に連れて行ったり、クリスマスに誕生日、行事ごとを忘れないように祝ったり。目が回る日々だった。
『でも、いつの間にかそんなこと気にしなくなって、咲のことたくさん愛して、今もこうして心配しすぎるくらいで。仁志さんと共に咲を育てて、生きてこれて私は幸せだよ』
紗子の優しい声。この声にのせて発せられた言葉に何度救われたかわからない。元々は教師と生徒、十歳も歳の差がある。最初紗子から告白された時は「付き合えるはずがないだろう」と突っぱねたというのに。
「オレも……幸せだ」
いつの間にか毎日そう思うようになっていた。咲も、総一郎くんと出会って毎日楽しんで幸せを感じているんだろうな。
『仁志さん、大好き』
「おう。ありがとう、紗子」
『うん』
「……じゃあ、また新幹線乗る時間わかったら連絡……」
『ねぇ! 違うでしょ』
「は?」
『大好き、または愛してる、って返さなきゃ』
思わずスマホを落としそうになり、慌てて握りしめる。
「ばっ、バカヤロウ! 今、駅のホームだぞ。言えるワケ……」
『今聞きたい』
「ワガママ言うなよ……! 周りに人結構いるから」
『えー! 私のこと置いてったくせに』
まったく、こういうところは出会った時から成長してねぇな……。後頭部を掻いたあと、
「か、帰ったらオマエが嫌になるまで直接言ってやるから、待ってろ……。な?」
苦し紛れにそう言うと数秒間が空いてから、
『キャー! 嬉しい! 絶対だよ? ご飯作って待ってるから!』
勢いよく電話は切れた。
とにかく帰ろう。紗子にお土産を渡して、謝って……あ、愛してるって伝えるのも忘れず。そして、咲が総一郎くんと一緒に帰ってくる日を楽しみに待とう。二人を抱きしめられるよう、ずっしりとかまえて。
<了>
「じゃあ、オレは帰る」
「え? 一緒に晩ご飯食べようぜ?」
「明日、仕事だし、母さんが心配してる」
「なーんだ、晩ご飯もおごってもらおうって思ったのに」
「オマエは……」
「咲さんったら……」
男二人で頭を抱え、咲は「冗談だって」と笑う。コイツの場合、冗談ではなく、一緒に食事すれば遠慮なく食うことはわかっている。元気よく食べることは悪くないのだが、加減を知らんというか……。紗子と一緒になって、普段食べないような、値段の高い、難しい横文字が並ぶメニューばかり注文しやがるからな。一食分だけで財布が空になる。
このままカッコよく去りたかったが、駅の場所がわからず、二人に案内してもらうことにした。咲と総一郎くんが二人並んで前を歩き、オレは後ろを歩く。
「こうやって歩くのも久しぶりだな」
「だね。いつもはさ、お父さんとお母さんが前歩いてくれるから、不思議な感じ」
「今日はオマエに案内してもらわんとわからんからな」
「これ以上は迷うのは勘弁してくれよ~」
「咲さん、失礼です」
「ごめん、ごめん」
ここに来た意味があった。娘が元気なこと、娘の成長を感じたこと、そして、娘が大切だと思える人が、同じくらいに娘を愛してくれていること。それを知れた。大収穫だな。
駅に着いた。昼、ここに来た時にはなかった達成感がある。迷って悩んだ疲れはどこかへと消えていた。
「あ、すぐにお母さんに電話すんだぞ~」
「言われなくてもわかってる。二人とも元気に学業に励めよ」
「へーい」
「頑張ります」
「総一郎くん、今度咲と一緒に帰省した際はゆっくり話そう」
「ありがとうございます。楽しみにしてます」
二人に背を向け、改札を通り、駅のホームに立つ。電車は行ったばかりのようで、次の電車が到着するまでまだ時間はある。ポケットからスマホを取り出し、とある番号を呼び出して耳に当てる。二コールしないうちに相手が出る。
『もー! 仁志さんのバカ! 置き手紙一つで急にいなくなって!』
紗子の絶叫がオレの鼓膜を殴ってくる。
「悪かった」
『悪かったじゃないわよ! 咲からさっきメッセージもらったから全部知ってるんだからね? 大阪行くなら、私も一緒に行って咲と総一郎くんにも会いたかったのに!』
「すまん」
『前に出来なかった大阪観光だってしたかった!』
「ごめんって」
『悪いって思うなら、ちゃんと新大阪駅でりくろーおじさんのチーズケーキと、551の豚まん買ってきてよね!?』
「はいはい。その二つな。買って帰る」
忘れたら、今度こそ手がつかないほど暴れそうだ。新大阪駅に着いたらすぐに買おう。
『で、咲は元気だったでしょ?』
「ああ。元気だったし、総一郎くんはとても真面目で、咲のことを大事にしてくれている」
『ふふっ。心配することなんて一つもなかったでしょ?』
「まぁ……」
『やっぱりちゃんとお父さんだね、仁志さんは』
「もう何年咲の父親やってると……」
『それはそうだけど、ほら、咲が生まれたばかりの頃、仁志さん、お父さんになれるのかって不安がってたじゃない』
父親とはどんな存在なのだろうと、小さい頃から思っていた。友達が父親と戯れる姿、本や映画で観る父親。どれもオレにとってフィクションだった。紗子と咲を守り、幸せな家庭を作ろうと、必死に良い父親になろうとあがいた。参観日に行ったり、旅行に連れて行ったり、クリスマスに誕生日、行事ごとを忘れないように祝ったり。目が回る日々だった。
『でも、いつの間にかそんなこと気にしなくなって、咲のことたくさん愛して、今もこうして心配しすぎるくらいで。仁志さんと共に咲を育てて、生きてこれて私は幸せだよ』
紗子の優しい声。この声にのせて発せられた言葉に何度救われたかわからない。元々は教師と生徒、十歳も歳の差がある。最初紗子から告白された時は「付き合えるはずがないだろう」と突っぱねたというのに。
「オレも……幸せだ」
いつの間にか毎日そう思うようになっていた。咲も、総一郎くんと出会って毎日楽しんで幸せを感じているんだろうな。
『仁志さん、大好き』
「おう。ありがとう、紗子」
『うん』
「……じゃあ、また新幹線乗る時間わかったら連絡……」
『ねぇ! 違うでしょ』
「は?」
『大好き、または愛してる、って返さなきゃ』
思わずスマホを落としそうになり、慌てて握りしめる。
「ばっ、バカヤロウ! 今、駅のホームだぞ。言えるワケ……」
『今聞きたい』
「ワガママ言うなよ……! 周りに人結構いるから」
『えー! 私のこと置いてったくせに』
まったく、こういうところは出会った時から成長してねぇな……。後頭部を掻いたあと、
「か、帰ったらオマエが嫌になるまで直接言ってやるから、待ってろ……。な?」
苦し紛れにそう言うと数秒間が空いてから、
『キャー! 嬉しい! 絶対だよ? ご飯作って待ってるから!』
勢いよく電話は切れた。
とにかく帰ろう。紗子にお土産を渡して、謝って……あ、愛してるって伝えるのも忘れず。そして、咲が総一郎くんと一緒に帰ってくる日を楽しみに待とう。二人を抱きしめられるよう、ずっしりとかまえて。
<了>
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