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京都にあなたと
第十四話 京都にあなたと4
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お風呂上りにリビングのこたつに入って、スマホで京都について調べる。ついに次の土曜日は京都デートか~。楽しみな気持ちがあふれ出してニマニマしていると、
「姉ちゃん邪魔」
そう言ってつま先で軽く蹴ってきたのは弟の悠太だ。
灰色のパーカーとスウェット姿で、スマホをいじっている。気がつけば、もう高校一年生で、ついにわたしは身長を抜かされた。でも君彦くんの方が高いから、一八〇センチはまだ超えてないとは思う。横に座って、スマホをいじっている。
「もう、悠太。お姉ちゃんのこと蹴らないの」
赤い半纏を羽織ったお母さんがマグカップ片手にやってくる。「よっこいしょー」と言いながら座って、こたつに入る。
「蹴ってねぇし。邪魔だから足で避けようとしただけだし」
「まったくアンタは。昔はお姉ちゃんお姉ちゃんって懐いてたのに」
「ガキの時の話を持ちだすなよ」
「悠ちゃんももう高校一年生だもんね」
「年齢わかってんなら、悠ちゃんって呼ぶな」
「悠ちゃんは悠ちゃんだよ」
「そういや姉ちゃんさぁ、こないだ廊下に置いてた体操服勝手に洗ったろ」
「えっ、ああ、廊下に置かれてたから、かごに入れるの忘れてるなって思って……」
「こないだ数学の時間が体育の授業に変更になったの忘れてて、洗う暇もねぇし仕方ねぇから明日も着るかって置いてたんだよ。おかげで他のクラスのヤツに借りたし」
「ごめんね」
「そういう時は一言かけろよ。ったく、姉ちゃんってお節介が過ぎるんだよな。ほんと何もわかってねぇ」
悠ちゃんの発する一言一言が心に引っかかって、じくじく痛む。けど、わたしは大丈夫なふりをして笑ってみせる。
「なんでお姉ちゃんを責めんのよ。アンタがちゃんとカバン入れてないからでしょ」
「行く前に入れるつもりだったし」
「どうせ、朝バタバタして入れるの忘れてたわよ」
「はあー……めんど。やっぱ部屋行くわ」
悠ちゃんは眉間に皺を寄せて、階段を上っていった。お母さんが大きくため息をついた。
「あの子も急に反抗期入ったわね」
「仕方ないよ」
「アンタの場合は、『お父さんの服と一緒に洗わないで』で済んだからマシかしら……」
「そんな時期もあったあった」
中学生の頃、お父さんのことを毛嫌いしてた時期があって、お父さんの服と一緒に洗濯されるのが汚く感じたり、お出かけも嫌だったりしたなぁ。今となればなんでなんだろうって感じだけど。
「悠太の場合はお弁当とはね」
文化祭に行く数日前。「お弁当持って行かない。これから昼飯は購買で買う」と悠ちゃんが突然言い始めた。わたしが「お弁当、おいしくなかった? おいしくないのがあったら言ってほしいな」と訊いたら、「うっせぇよ! 俺、もう高校生なんだぜ? 好きにさせろよ! ほっといてくれ」って怒らせてしまった。それから話しかけてもいつも以上に素っ気なくされている。反抗期なんだろうなと思っても、やっぱりショックだ。
お節介を焼いて、怒られて、嫌われる。世の中はそういうものだと、悠ちゃんの一件があるまで忘れてしまっていた。忘れちゃいけないのに。
中学生の時の話。悠ちゃんも小学校高学年になり、家事以外は自分でなんでも出来るようになった。ようやく友達と遊んだり、部活にも入れると、ワクワクしていた。わたしは入学してすぐに美術部に入った。クラブ見学の時に見た油絵がとても素敵で、わたしも描いてみたいと思ったからだ。
中学二年生の夏休み明け。美術部で知り合った同級生に言われた。
「あなたのやることなすこと、本当迷惑なの」
「佐野さんがさぁ勝手に片づけるから、私の絵具セット一瞬どこにあるのかわかんなくなったんだから。もし見つからなかったら弁償してくれたわけ?」
「部活の連絡だって、毎回わざわざメールしてくれなくたって聞いてたから知ってるし。私たちが先生の話聞いてないって思ってるんだ?」
「佐野さんのすることはすべて押し付けなんだよ。ある意味自己中でワガママだなってみんな思ってたの」
「ホント、何もわかってない」
良かれと思ってやっていたことが、その子たちにとっては迷惑だったのだ。気づかず、ずっとしていたわたしはどれだけ嫌われてたんだろうと思うと、怖くなった。「ごめんなさい」と声を絞り出した後、言葉が出なくて、逃げるように家に帰って一人で泣いた。部活は行く気になれなくて、そのあと辞めた。
それからは人とはそれなりに距離を取らないと駄目だと思って、あまり深く関わらないようにした。もし、困ってそうだなと思ったら、「もしよかったら」とか「いらないかもだけど」と文頭につけてから言うように心がけていたはずだった。
気にしてたはずなのに、君彦くんにもしつこくしてしまったなと未だに反省している。お話ししたくて、グループ制作の課題をしたくない君彦くんを無理やり誘ってさせてしまった。スランプから体調を崩して大学を休んでいた君彦くんが心配になって、家に押しかけてしまった。どちらも、最終的には丸くおさまったから良かったとはいえ、「やってしまった」と思った。だから嫌われないように出来るだけ、発言には気をつけて、ベタベタ引っ付くようなことはしないようにしている。つもりだけど、こないだ髪の毛についてたゴミ取った後、たくさん触っちゃったな……。あぁ……やってしまってる。
本当は嫌われない程度に手をつないだ時に腕にしがみつきたいし、もっとハグしたいし、早くキスもしたい……。デートも行きたかったけど、どう切り出せばいいのかわからなかった。好きになればなるほど、好きになってくれればくれるほど、怖くなった。
情けなく眉も口角も下がった自分の顔が、バックライトの落ちた真っ暗なスマホ画面に写る。恥ずかしくて、電源ボタンを押して、スマホを起こした。
「姉ちゃん邪魔」
そう言ってつま先で軽く蹴ってきたのは弟の悠太だ。
灰色のパーカーとスウェット姿で、スマホをいじっている。気がつけば、もう高校一年生で、ついにわたしは身長を抜かされた。でも君彦くんの方が高いから、一八〇センチはまだ超えてないとは思う。横に座って、スマホをいじっている。
「もう、悠太。お姉ちゃんのこと蹴らないの」
赤い半纏を羽織ったお母さんがマグカップ片手にやってくる。「よっこいしょー」と言いながら座って、こたつに入る。
「蹴ってねぇし。邪魔だから足で避けようとしただけだし」
「まったくアンタは。昔はお姉ちゃんお姉ちゃんって懐いてたのに」
「ガキの時の話を持ちだすなよ」
「悠ちゃんももう高校一年生だもんね」
「年齢わかってんなら、悠ちゃんって呼ぶな」
「悠ちゃんは悠ちゃんだよ」
「そういや姉ちゃんさぁ、こないだ廊下に置いてた体操服勝手に洗ったろ」
「えっ、ああ、廊下に置かれてたから、かごに入れるの忘れてるなって思って……」
「こないだ数学の時間が体育の授業に変更になったの忘れてて、洗う暇もねぇし仕方ねぇから明日も着るかって置いてたんだよ。おかげで他のクラスのヤツに借りたし」
「ごめんね」
「そういう時は一言かけろよ。ったく、姉ちゃんってお節介が過ぎるんだよな。ほんと何もわかってねぇ」
悠ちゃんの発する一言一言が心に引っかかって、じくじく痛む。けど、わたしは大丈夫なふりをして笑ってみせる。
「なんでお姉ちゃんを責めんのよ。アンタがちゃんとカバン入れてないからでしょ」
「行く前に入れるつもりだったし」
「どうせ、朝バタバタして入れるの忘れてたわよ」
「はあー……めんど。やっぱ部屋行くわ」
悠ちゃんは眉間に皺を寄せて、階段を上っていった。お母さんが大きくため息をついた。
「あの子も急に反抗期入ったわね」
「仕方ないよ」
「アンタの場合は、『お父さんの服と一緒に洗わないで』で済んだからマシかしら……」
「そんな時期もあったあった」
中学生の頃、お父さんのことを毛嫌いしてた時期があって、お父さんの服と一緒に洗濯されるのが汚く感じたり、お出かけも嫌だったりしたなぁ。今となればなんでなんだろうって感じだけど。
「悠太の場合はお弁当とはね」
文化祭に行く数日前。「お弁当持って行かない。これから昼飯は購買で買う」と悠ちゃんが突然言い始めた。わたしが「お弁当、おいしくなかった? おいしくないのがあったら言ってほしいな」と訊いたら、「うっせぇよ! 俺、もう高校生なんだぜ? 好きにさせろよ! ほっといてくれ」って怒らせてしまった。それから話しかけてもいつも以上に素っ気なくされている。反抗期なんだろうなと思っても、やっぱりショックだ。
お節介を焼いて、怒られて、嫌われる。世の中はそういうものだと、悠ちゃんの一件があるまで忘れてしまっていた。忘れちゃいけないのに。
中学生の時の話。悠ちゃんも小学校高学年になり、家事以外は自分でなんでも出来るようになった。ようやく友達と遊んだり、部活にも入れると、ワクワクしていた。わたしは入学してすぐに美術部に入った。クラブ見学の時に見た油絵がとても素敵で、わたしも描いてみたいと思ったからだ。
中学二年生の夏休み明け。美術部で知り合った同級生に言われた。
「あなたのやることなすこと、本当迷惑なの」
「佐野さんがさぁ勝手に片づけるから、私の絵具セット一瞬どこにあるのかわかんなくなったんだから。もし見つからなかったら弁償してくれたわけ?」
「部活の連絡だって、毎回わざわざメールしてくれなくたって聞いてたから知ってるし。私たちが先生の話聞いてないって思ってるんだ?」
「佐野さんのすることはすべて押し付けなんだよ。ある意味自己中でワガママだなってみんな思ってたの」
「ホント、何もわかってない」
良かれと思ってやっていたことが、その子たちにとっては迷惑だったのだ。気づかず、ずっとしていたわたしはどれだけ嫌われてたんだろうと思うと、怖くなった。「ごめんなさい」と声を絞り出した後、言葉が出なくて、逃げるように家に帰って一人で泣いた。部活は行く気になれなくて、そのあと辞めた。
それからは人とはそれなりに距離を取らないと駄目だと思って、あまり深く関わらないようにした。もし、困ってそうだなと思ったら、「もしよかったら」とか「いらないかもだけど」と文頭につけてから言うように心がけていたはずだった。
気にしてたはずなのに、君彦くんにもしつこくしてしまったなと未だに反省している。お話ししたくて、グループ制作の課題をしたくない君彦くんを無理やり誘ってさせてしまった。スランプから体調を崩して大学を休んでいた君彦くんが心配になって、家に押しかけてしまった。どちらも、最終的には丸くおさまったから良かったとはいえ、「やってしまった」と思った。だから嫌われないように出来るだけ、発言には気をつけて、ベタベタ引っ付くようなことはしないようにしている。つもりだけど、こないだ髪の毛についてたゴミ取った後、たくさん触っちゃったな……。あぁ……やってしまってる。
本当は嫌われない程度に手をつないだ時に腕にしがみつきたいし、もっとハグしたいし、早くキスもしたい……。デートも行きたかったけど、どう切り出せばいいのかわからなかった。好きになればなるほど、好きになってくれればくれるほど、怖くなった。
情けなく眉も口角も下がった自分の顔が、バックライトの落ちた真っ暗なスマホ画面に写る。恥ずかしくて、電源ボタンを押して、スマホを起こした。
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