上 下
6 / 21
喜志芸祭とオムライス

第六話 喜志芸祭とオムライス6

しおりを挟む
 その時、君彦くんのスマホが震える。
「電話だ」
 君彦くんは立つと、足早に外へ出ていった。すぐに電話を終えて帰ってきた。
「もうすぐ家の車が到着する」
「そっか……」
 別れる時はいつも寂しくなる。もうタイムアップかぁっていう気持ちになる。
「真綾はこのあとどうするんだ?」
「今日はこのまま家に帰る予定だよ」
「ふむ……」
 顎に手を添え、数秒考えた後、わたしに向き直る。
「もし真綾がよければ俺の家に来ないか?」
「えっ! いいの?」
 君彦くんは頷く。
「もう少し、真綾と話していたい」
 ああ、図書館で眺めることしか出来なかったあの日のわたしが、未来でこんなに仲良くなってるよって教えたら失神するだろうなぁ……。

 到着した君彦くん家の車に乗せてもらう。三、四十分揺られていると、住宅街を抜け、少し小高い丘を登り、神楽小路家が見えてくる。自分の身長よりも何メートルも高い両開きの白い門の前で下ろしてもらう。すると自動で門が開いた。どこかでわたしたちのことをみているのか、君彦くんが非接触で開けれる鍵でも持っていたのかな。とにかくすごい……。

 中に入っていくと石畳の道を歩くと最初に噴水がお出迎え。その周りにはしっかり手入れされた木々や花々が広がる。噴水の後ろに見えるのが、お家。神楽小路家に来るのは二回目だけど、その美しさにため息が出る。白を基調にした建物は汚れを一切纏っておらず、むしろ輝いて見える。アーチ状の窓が規則正しく並んでいる。映画のセットじゃないのかなって思うくらい、現実と夢の間にいる感覚。
 自分や君彦くんよりも背の高いドアを開くと、玄関には優しい目でこちらを見つめる執事長の芝田しばたさんをはじめ、たくさんの使用人さんたちが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ」
 君彦くんに続いてわたしが入ると、
「あっ、佐野様!」
「佐野様だ!」
「ようこそお越しくださいました!」
 一斉に頭を下げられた。以前お邪魔した時にわたしと君彦くんでカレーを作り、その際に使用人の皆さんとも一緒に食べた。そのことを覚えてくれてて嬉しい。
 わたしもぺこぺこ頭を下げながら、出してくださったスリッパに履き替える。ふかふかのムートン素材であったかい。
「なんかすごく歓迎してくださってびっくりしちゃった」
「真綾の再訪をみな待っていたようだ」
 
 Y字の階段を右に上がり、廊下を歩く。床はモノトーンのペルシャ絨毯が敷かれ、歩いても足音がほぼしない。大理石の壁は指紋一つなく、磨き上げられている。
「家の関係者以外を自分の部屋に入れるのは初めてだ」
「そうなんだ! わたしも前は応接間でお話しさせてもらったもんね」
「綺麗にはしているつもりだが……」
「楽しみだなぁ」
「ここだ」
 君彦くんは重そうな木製の両開き扉を押し開ける。
「わあ……!」
 思わず声が漏れる。

 そこはまるでおとぎ話の部屋のようだった。革張りのソファや天板がガラスのローテーブル。その脚は先端に行くにつれ細くなっていて、その先はくるんと外側に丸まっていてかわいい。部屋の壁一面に作られた巨大な本棚には、判型別に本がぎっしりと並んでいる。いつも作業していると思われる机には、ノートパソコン、開いたままの分厚い本や、課題のプリントが置かれている。
 なによりわたしの目を惹いたのは、部屋の真ん中に置かれたベッドだった。
「天蓋のベッドだ……! 実物初めて見た! すごーい!」
 キングサイズのベッドに天井部分に白いレースの蚊帳がかかっている。
「このベッドが珍しいのか?」
「だって本や映画でしか見たことないもん! 本当に存在するんだ~!」
「寝てみればいい」

 お言葉に甘えてスリッパを脱いで、仰向けに寝てみる。バレッタをいったん外し、胸に抱きながら、ゆっくり身体を倒す。マットレスもわたしの家のベッドと違ってほどよく硬くて、でも体にフィットして気持ちいい。ベッドでも君彦くんの香りがして落ち着く。
「天蓋のベッドの中ってこうなってるんだ……」
 レースが綺麗だなぁ。きっと天井についている間接照明も相まって、夜になったら天の川みたいに見えたりするのかな。
「いつも寝ているベッドで真綾がこんなに喜ぶとは思わなかった」
 君彦くんが隣に寝転ぶ。そうだ、いつもここで君彦くんは寝てるんだ。
「君彦くんのお部屋、とっても素敵。家具がどれもかわいくて」
「この家の家具は基本、母の好みだからな」
「そうなんだ! とてもオシャレだよ」
「真綾の部屋はどうなんだ?」
「わたしの部屋は狭いからなぁ。小学校入学の時から使ってる勉強机に、ベッド、あと本棚……それくらいかな」
「いつか行ってみたいものだな」
「君彦くんなら大歓迎だよ」
 それにしても気持ちよすぎてこのまま寝てしまいそう。長時間歩いて、たくさん食べたから……。うつらうつらしていると、
「真綾」
 わたしの名前を呼ぶと君彦くんは上半身を起こし、わたしの上に覆いかぶさる。長い髪が流れ落ちてカーテンのように、周りの景色を隠す。君彦くんしか見えない。熱を帯びた潤んだ瞳で見つめられると何も言えなくなる。眠気が飛び、一気に胸の鼓動が早まる。唇を一文字に、そして目を閉じて……。
 突然、ドアを叩く音が部屋に響く。君彦くんは眉をひそめ、低い唸り声に似たため息をつくと、
「すまん、待っててくれ」
 と、扉の方へ向かった。誰か……かすかに聞こえる声だとたぶん芝田さんかな。何か話したあと、君彦くんは戻ってくると、ベッドの端に座る。わたしも身体を起こす。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【1】胃の中の君彦【完結】

ホズミロザスケ
ライト文芸
喜志芸術大学・文芸学科一回生の神楽小路君彦は、教室に忘れた筆箱を渡されたのをきっかけに、同じ学科の同級生、佐野真綾に出会う。 ある日、人と関わることを嫌う神楽小路に、佐野は一緒に課題制作をしようと持ちかける。最初は断るも、しつこく誘ってくる佐野に折れた神楽小路は彼女と一緒に食堂のメニュー調査を始める。 佐野や同級生との交流を通じ、閉鎖的だった神楽小路の日常は少しずつ変わっていく。 「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ一作目。 ※完結済。全三十六話。(トラブルがあり、完結後に編集し直しましたため、他サイトより話数は少なくなってますが、内容量は同じです) ※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」「貸し本棚」にも掲載)

【9】やりなおしの歌【完結】

ホズミロザスケ
ライト文芸
雑貨店で店長として働く木村は、ある日道案内した男性から、お礼として「黄色いフリージア」というバンドのライブチケットをもらう。 そのステージで、かつて思いを寄せていた同級生・金田(通称・ダダ)の姿を見つける。 終演後の楽屋で再会を果たすも、その後連絡を取り合うこともなく、それで終わりだと思っていた。しかし、突然、金田が勤務先に現れ……。 「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ9作目。(登場する人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。 ※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。

来野∋31

gaction9969
ライト文芸
 いまの僕は、ほんとの僕じゃあないんだッ!!(ほんとだった  何をやっても冴えない中学二年男子、来野アシタカは、双子の妹アスナとの離れる格差と近づく距離感に悩むお年頃。そんなある日、横断歩道にて車に突っ込まれた正にのその瞬間、自分の脳内のインナースペースに何故か引き込まれてしまうのでした。  そこは自分とそっくりの姿かたちをした人格たちが三十一もの頭数でいる不可思議な空間……日替わりで移行していくという摩訶不思議な多重人格たちに、有無を言わさず担ぎ上げられたその日の主人格こと「来野サーティーン」は、ひとまず友好的な八人を統合し、ひとりひとつずつ与えられた能力を発動させて現実での危機を乗り越えるものの、しかしてそれは自分の内での人格覇権を得るための闘いの幕開けに過ぎないのでした……

神様のボートの上で

shiori
ライト文芸
”私の身体をあなたに託しました。あなたの思うように好きに生きてください” (紹介文)  男子生徒から女生徒に入れ替わった男と、女生徒から猫に入れ替わった二人が中心に繰り広げるちょっと刺激的なサスペンス&ラブロマンス!  (あらすじ)  ごく平凡な男子学生である新島俊貴はとある昼休みに女子生徒とぶつかって身体が入れ替わってしまう  ぶつかった女子生徒、進藤ちづるに入れ替わってしまった新島俊貴は夢にまで見た女性の身体になり替わりつつも、次々と事件に巻き込まれていく  進藤ちづるの親友である”佐伯裕子”  クラス委員長の”山口未明”  クラスメイトであり新聞部に所属する”秋葉士郎”  自分の正体を隠しながら進藤ちづるに成り代わって彼らと慌ただしい日々を過ごしていく新島俊貴は本当の自分の机に進藤ちづるからと思われるメッセージを発見する。    そこには”私の身体をあなたに託しました。どうかあなたの思うように好きに生きてください”と書かれていた ”この入れ替わりは彼女が自発的に行ったこと?” ”だとすればその目的とは一体何なのか?”  多くの謎に頭を悩ませる新島俊貴の元に一匹の猫がやってくる、言葉をしゃべる摩訶不思議な猫、その正体はなんと自分と入れ替わったはずの進藤ちづるだった

演じる家族

ことは
ライト文芸
永野未来(ながのみらい)、14歳。 大好きだったおばあちゃんが突然、いや、徐々に消えていった。 だが、彼女は甦った。 未来の双子の姉、春子として。 未来には、おばあちゃんがいない。 それが永野家の、ルールだ。 【表紙イラスト】ノーコピーライトガール様からお借りしました。 https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どん底韋駄天這い上がれ! ー立教大学軌跡の四年間ー

七部(ななべ)
ライト文芸
高校駅伝の古豪、大阪府清風高校の三年生、横浜 快斗(よこはま かいと)は最終七区で五位入賞。いい結果、古豪の完全復活と思ったが一位からの五人落ち。眼から涙が溢れ出る。 しばらく意識が無いような状態が続いたが、大学駅伝の推薦で選ばれたのは立教大学…! これは快斗の東京、立教大学ライフを描いたスポーツ小説です。

処理中です...