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喜志芸祭とオムライス
第四話 喜志芸祭とオムライス4
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スモーキーな香りとジューシーな肉汁たっぷりのスモークチキンを堪能したあと、四人で屋台飯を食べ歩きしたり、ピアノ演奏を聞いたり、マジックショーを見たり。芸大ということもあり、レベルは高いし、何より「見てくれ!」という強い意志を持ってて、気迫もすごい。
パッと見たり、聴いたりしてその素晴らしさやすごさをお客さんにわかってもらえるのはいいなぁ……。
わたしたち文芸学科はそういう意味ではなかなか難しいといつも思う。どれだけ素敵な文章でも、読まなければわからない。内容がどうこう言う前に「文章を読むのは得意じゃないから」と一文字も読んでもらえないことだって多い。どうしたら自分の作品に触れてもらえるだろう。以前わたしが落ち込んだ、人の記憶に残るインパクトのある文章にも通じることなのかもしれないけど。
フリーマーケットコーナーで出品されたハンドメイド作品を見ても感じてしまう。小説はアクセサリーや服のように、身にまとえないもんなぁ。
「真綾、難しい顔をしているな。なにか欲しいものがあるのか」
君彦くんの声で我に返る。咲ちゃんと駿河くんは少し遠くのお店で商品を見ていて、いつの間にか二人きりになっていた。
「えっと……すごいなぁって」
「すごい?」
わたしは所狭しと並ぶお店を見渡す。
「こう、目に見えて綺麗とかかわいいとかがすぐにわかるでしょ。でも、文章はそうもいかないなぁって思っちゃった」
「ほう」
「読んでもらわないとさ、おもしろいかどうかはわからないから」
「確かにな。だが、書かれた言葉を読んで理解した者だけが面白さに気づく。一見難しそうだと思った作品でも、読んでみれば理解しやすい言い回しや文体で、気づけばのめりこんで読んでいたということはあるだろう」
「うん、あるある!」
わたしには合わないかもと思った作品が、読み進めれば進むほど目が離せなくなって、最後まで読みきった時の快感と感動は計り知れない。
「見るだけはわからない、それは文学の弱点であり、強みだ。だから、真綾も文章に悩んだりしたのだろう」
「そうだね。たぶん一生かかっても答えは見つかりそうにはないけど」
「見つからないだろうな。だからこそ、人それぞれ己の面白いと感じる言葉と言葉を合わせていく。そこに個性が出る」
「同じテーマで書いたとしても、わたしと咲ちゃん、君彦くんと駿河くん四者四様だろうね」
「そういうことだ。しかし、見ただけですべてわかることもない。さっき見たピアノ演奏やマジックにも『どう観客を魅了するか』という陰の努力はあるだろうし、服やアクセサリーも制作の過程にどれほどの工夫が隠されているだろうかと考えると奥深い」
「みんなゼロから作り上げてる……」
「簡単に完成する作品などどこにもない」
今まで創作についてこんなにお話し出来るような人がいなかった。創作のことで悩んでも自分でなんとか解決しようとあがいた。自分の解釈では限界があった。せっかく文芸学科に在籍しているんだ。君彦くん、咲ちゃん、駿河くんとももっとお話していきたい。そうすれば、嫉妬しがちで落ち込みやすい自分ももっと文章を書くこと、表現の幅が広がりそうだから。
「ごめんね。なんだか大事なこと忘れてた」
「まぁ、目で見て、または触れて、または耳で聞いて。すぐに脳を揺さぶれる表現や作品に憧れを一度も持たない物書きはいないだろう。俺もそうだ。伝わらないことのもどかしさというものを、大学に入り、読者という存在を得て初めて感じた。だが、そのもどかしさも創作の醍醐味なのかもな」
君彦くんは突然足を止めた。「服を作る際に余った布を最後の最後まで使い切るがテーマです」と書かれたポスターを張っている。
「真綾、このアクセサリー似合う気がするのだがどうだ?」
手にしていたのはバレッタだった。金の金具の上に、薄紫色の布の端切れで作ったお花が四つ並んでつけられている。
「かわいい!」
「短い髪でもバレッタなら使えると思ってな。プレゼントする」
「えっ! あ、ありがとう……!」
わたしもなにか君彦くんが使えるものはないかなと、商品の置かれた机を見ると目に入ったのは、文庫サイズのブックカバーだ。「すいません」と店員さんに声をかける。
「あの、もしかしてこれ、このバレッタと同じ布ですか?」
「そうです。同じ布で作ってあります」
わたしは君彦くんの方に向き直す。
「君彦くん、これ、わたしからプレゼントしてもいい?」
「ああ。ブックカバーはよく使用するからな」
わたしたちは早速お互いに買って、その場で渡し合う。誕生日でもなんでもない日だけど、初めてのプレゼントだ。
「ありがとう、大事にする」
「わたしも!」
咲ちゃんと駿河くんと合流し、
「じゃあ、次どうする?」
と建物の端によってパンフを広げ、次に行く場所を探す。すると、君彦くんがこめかみのあたりを押さえた。苦しそうに目を閉じ、息を吐く。
「大丈夫かと思ったのだが……少し人の波に酔ったようだ……、すまん」
持っていたペットボトルの水を差しだす。君彦くんは「助かる」と水を飲む。確かに顔が青い。
「どこか休憩できるところ……」
「そうだなぁ」と言いながら耳元で咲ちゃんが、
「そろそろ二人きりでゆっくりしたらいいんじゃね?」
と囁く。わたしがあわあわしていると、駿河くんにもなにやら耳打ちしている。
「おい、桂、さっきから二人に何をコソコソと」
「では、今日はこの辺で解散にしましょうか、佐野さん」
駿河くんもたぶんわたしたちに気を使ってくれてるんだ……。ここは二人からの気持ちを汲み取らなきゃ。
「そうだね、駿河くん」
「皆さんと一緒にまわれて楽しかったですよ」
「わたしもだよ。みんなありがとうね」
「こちらこそだ。で、神楽小路はどうだったんだよ?」
君彦くんは覚悟を決めたように、
「俺も真綾、そして駿河と桂、お前たちとまわれて楽しかった」
そう言ったあと、長い髪をかきあげて、照れくさそうにそっぽをむく。耳のふちはまた紅く色づいていた。
パッと見たり、聴いたりしてその素晴らしさやすごさをお客さんにわかってもらえるのはいいなぁ……。
わたしたち文芸学科はそういう意味ではなかなか難しいといつも思う。どれだけ素敵な文章でも、読まなければわからない。内容がどうこう言う前に「文章を読むのは得意じゃないから」と一文字も読んでもらえないことだって多い。どうしたら自分の作品に触れてもらえるだろう。以前わたしが落ち込んだ、人の記憶に残るインパクトのある文章にも通じることなのかもしれないけど。
フリーマーケットコーナーで出品されたハンドメイド作品を見ても感じてしまう。小説はアクセサリーや服のように、身にまとえないもんなぁ。
「真綾、難しい顔をしているな。なにか欲しいものがあるのか」
君彦くんの声で我に返る。咲ちゃんと駿河くんは少し遠くのお店で商品を見ていて、いつの間にか二人きりになっていた。
「えっと……すごいなぁって」
「すごい?」
わたしは所狭しと並ぶお店を見渡す。
「こう、目に見えて綺麗とかかわいいとかがすぐにわかるでしょ。でも、文章はそうもいかないなぁって思っちゃった」
「ほう」
「読んでもらわないとさ、おもしろいかどうかはわからないから」
「確かにな。だが、書かれた言葉を読んで理解した者だけが面白さに気づく。一見難しそうだと思った作品でも、読んでみれば理解しやすい言い回しや文体で、気づけばのめりこんで読んでいたということはあるだろう」
「うん、あるある!」
わたしには合わないかもと思った作品が、読み進めれば進むほど目が離せなくなって、最後まで読みきった時の快感と感動は計り知れない。
「見るだけはわからない、それは文学の弱点であり、強みだ。だから、真綾も文章に悩んだりしたのだろう」
「そうだね。たぶん一生かかっても答えは見つかりそうにはないけど」
「見つからないだろうな。だからこそ、人それぞれ己の面白いと感じる言葉と言葉を合わせていく。そこに個性が出る」
「同じテーマで書いたとしても、わたしと咲ちゃん、君彦くんと駿河くん四者四様だろうね」
「そういうことだ。しかし、見ただけですべてわかることもない。さっき見たピアノ演奏やマジックにも『どう観客を魅了するか』という陰の努力はあるだろうし、服やアクセサリーも制作の過程にどれほどの工夫が隠されているだろうかと考えると奥深い」
「みんなゼロから作り上げてる……」
「簡単に完成する作品などどこにもない」
今まで創作についてこんなにお話し出来るような人がいなかった。創作のことで悩んでも自分でなんとか解決しようとあがいた。自分の解釈では限界があった。せっかく文芸学科に在籍しているんだ。君彦くん、咲ちゃん、駿河くんとももっとお話していきたい。そうすれば、嫉妬しがちで落ち込みやすい自分ももっと文章を書くこと、表現の幅が広がりそうだから。
「ごめんね。なんだか大事なこと忘れてた」
「まぁ、目で見て、または触れて、または耳で聞いて。すぐに脳を揺さぶれる表現や作品に憧れを一度も持たない物書きはいないだろう。俺もそうだ。伝わらないことのもどかしさというものを、大学に入り、読者という存在を得て初めて感じた。だが、そのもどかしさも創作の醍醐味なのかもな」
君彦くんは突然足を止めた。「服を作る際に余った布を最後の最後まで使い切るがテーマです」と書かれたポスターを張っている。
「真綾、このアクセサリー似合う気がするのだがどうだ?」
手にしていたのはバレッタだった。金の金具の上に、薄紫色の布の端切れで作ったお花が四つ並んでつけられている。
「かわいい!」
「短い髪でもバレッタなら使えると思ってな。プレゼントする」
「えっ! あ、ありがとう……!」
わたしもなにか君彦くんが使えるものはないかなと、商品の置かれた机を見ると目に入ったのは、文庫サイズのブックカバーだ。「すいません」と店員さんに声をかける。
「あの、もしかしてこれ、このバレッタと同じ布ですか?」
「そうです。同じ布で作ってあります」
わたしは君彦くんの方に向き直す。
「君彦くん、これ、わたしからプレゼントしてもいい?」
「ああ。ブックカバーはよく使用するからな」
わたしたちは早速お互いに買って、その場で渡し合う。誕生日でもなんでもない日だけど、初めてのプレゼントだ。
「ありがとう、大事にする」
「わたしも!」
咲ちゃんと駿河くんと合流し、
「じゃあ、次どうする?」
と建物の端によってパンフを広げ、次に行く場所を探す。すると、君彦くんがこめかみのあたりを押さえた。苦しそうに目を閉じ、息を吐く。
「大丈夫かと思ったのだが……少し人の波に酔ったようだ……、すまん」
持っていたペットボトルの水を差しだす。君彦くんは「助かる」と水を飲む。確かに顔が青い。
「どこか休憩できるところ……」
「そうだなぁ」と言いながら耳元で咲ちゃんが、
「そろそろ二人きりでゆっくりしたらいいんじゃね?」
と囁く。わたしがあわあわしていると、駿河くんにもなにやら耳打ちしている。
「おい、桂、さっきから二人に何をコソコソと」
「では、今日はこの辺で解散にしましょうか、佐野さん」
駿河くんもたぶんわたしたちに気を使ってくれてるんだ……。ここは二人からの気持ちを汲み取らなきゃ。
「そうだね、駿河くん」
「皆さんと一緒にまわれて楽しかったですよ」
「わたしもだよ。みんなありがとうね」
「こちらこそだ。で、神楽小路はどうだったんだよ?」
君彦くんは覚悟を決めたように、
「俺も真綾、そして駿河と桂、お前たちとまわれて楽しかった」
そう言ったあと、長い髪をかきあげて、照れくさそうにそっぽをむく。耳のふちはまた紅く色づいていた。
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