殿下の愛は要りません。真実の愛はそこら辺に転がっていませんから。

和泉 凪紗

文字の大きさ
上 下
2 / 7

運命の出会い? -前編-

しおりを挟む
 今日は学園の入学式。わたしみたいな貧乏伯爵家の娘がこんな名門の学園に通えるなんて……。本当に夢みたいだわ。
 この学園は名門中の名門であり、貴族も平民も通っている。ただ、名門だけに授業料は高く、貴族だからといって通えるようなところではない。貴族と平民はクラスが分かれており、基本的に接点はなく、授業料も違う。平民でもちょっと裕福な家であったり、特別優秀であったりすればば通えるらしい。
 本来ならばわたしの家のように貴族でも貧乏な家は通えないが、特待生として選ばれたため入学することができた。それでも領地を離れて通うのはそれなりに負担がある。あまり領地を離れたくはなかったが、周囲の勧めもあり入学することにした。


 午前中に入学式や説明はひととおり終わった。本来ならば今日はもう帰ってもいいのだが、わたしはお弁当を持参してきている。今日のうちにゆっくりと校内を見学しておきたいからだ。
 ほんとうなら友人ができれば一緒にお弁当でも、と思ったが上手くいかなかった。知り合い同士が多いようで、うまく話の輪に入れなかったのだ。
 いや、まだ初日。明日から授業も始まるし、きっと気の合うお友達ができるはず!
 そう自分に言い訳をしながらまずは昼食をとるのによさそうな場所を探す。天気が良いので外で食べられそうだ。
 さすが、名門学園。しっかりと手入れされた庭だわ。どこかで花や野菜を育てられるようなところがあると良いのだけれど……。
 そうやって歩いていると気分が悪そうな男の人を見かけた。入学式では見かけなかったので上級生なのだと思う。知らない上級生に声をかけるのは気後れしてしまうが、困っている人をほうってはおけない。わたしは迷わず声をかけた。

「どうかされたのですか? 人を呼んできましょうか?」
「いや、大丈夫だ」
「とても顔色が悪いですよ。あら、腕も怪我をされているのですね」

 制服が破れ、血がにじんでいる。なにかに引っかけてしまったようだ。手入れが行き届いていないところがあったのだろうか。いや、今はそんなことはどうでもいい。治療しなくては。

「上着を脱いでください。手当てをします」
「これくらい問題ない」
「よくありません。雑菌が入って大変なことになることもあるのですよ。失礼しますね」

 上着が破れるくらいなのだからかなりの力でなにかに引っかけたに違いない。わたしは強引に上着を脱いでもらい、シャツのそでを捲る。わたしはハンカチを取り出し、水をイメージして水を作り出す。傷口を洗いハンカチで優しく水をぬぐった。

「傷が残らないといいのですが……」

 わたしは傷がふさがるイメージを浮かべ傷口に手をかざす。淡い光が浮かび、傷がすっと消えていった。上手くいったようだ。

「きみは治癒魔法が使えるのか?」
「えぇ。そこまで上手ではありませんが……。よかった。ちゃんとふさがったみたいです。この学園には魔法が上手くなりたくて入学しました」

 この国では治癒魔法の使い手はとても貴重だ。だからこそわたしはこの学園の特待生になれた。魔法が上達すればきっと領地でも役に立つ。
 病弱で幼い弟の力になれればとの思いが一番大きかったと思う。それでも離れて暮らすのはつらい。まだ離れてそんなに経っていないけどあの子は元気かしら。

「すまない。ぼんやりしていたら勢いよく枝にひっかけてしまったようだ。ハンカチは新しいものを用意する」

 少しだけ血がついてしまったが、これくらいなら綺麗になるはずだ。いや、少しくらいシミになったとしても、目立たないようであればそのまま使う。目立つようであれば染めてしまっても良いし。

「いえ、お気になさらず。それよりもご気分はいかがですか? よろしければこちらのお茶をお飲みください。冷えていて気分がすっきりすると思います」
「い、いや。遠慮するよ」
「もしかして毒などをお疑いですか? そうですよね」

 わたしは別のコップを用意し、渡そうとしたコップの中身を少し移した。そのお茶を飲み干し、大丈夫だとアピールした。

「わ、わかった。いただこう」

 男の人は遠慮していたようだが、遠慮しても無駄だと思ったようで差し出したコップを受け取るとお茶を口にした。

「ん、うまいな」
「よかったです。わたしの家の特製ハーブティーなんです。よろしければもう少しお飲みください。人は呼ばなくても大丈夫ですか?」
「ありがとう。人は呼ばないでくれ。ただの寝不足で少し気分がすぐれなかっただけだ」

 季節的にはもう秋のはずなのに確かにまだ残暑が厳しい。寝苦しいこともあるかもしれない。寝不足であれば体調も悪くなるだろう。

「そうだったんですね。どうしてこんなところへ?」
「食欲もないし、静かなところに行きたくてね」
「寝不足でしたら食堂の食事は少し重たいかもしれませんね。よろしければこちらをお食べになりませんか? 食欲が無くても食べやすいものですよ」

 食堂の食事がどんなものかは知らないが、とても豪華だときいている。特待生であるため、食事の補助もでるらしいが元の値段が高いようでそんなに頻繁には行けないと思っていた。
 もちろん平民用の食事は安い。けれど、腐っても伯爵令嬢なのに平民用の食事をとれば浮いてしまう。そもそも食堂自体が違うのだ。そこに混ざるのは難しいだろう。

「いや、それは悪い。きみが食べてくれ」
「たくさんあるんです。誰かお友達ができれば一緒に食べたのですけどうまくいかなくて……。なので、正直に言うと余ってしまっていて……。よろしければ食べていただけませんか? 食べられそうなものだけで構いませんから。少しは食べないと身体によくないですよ。ほら、レモンゼリーなんていかがでしょうか? さっぱりしますよ」
「そこまで言うならいただこう」
「ありがとうございます」
「きみが礼を言うのはおかしいだろう」
「そうでしょうか?」

 せっかくつくった昼食を無駄にするのはもったいない。
 わたしの強引さもあり、わたしたちはすっかりうち解けて和んだ空気になっていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしてか、知っていて?

碧水 遥
恋愛
どうして高位貴族令嬢だけが婚約者となるのか……知っていて?

【改稿版】婚約破棄は私から

どくりんご
恋愛
 ある日、婚約者である殿下が妹へ愛を語っている所を目撃したニナ。ここが乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢、妹がヒロインだということを知っていたけれど、好きな人が妹に愛を語る所を見ていると流石にショックを受けた。  乙女ゲームである死亡エンドは絶対に嫌だし、殿下から婚約破棄を告げられるのも嫌だ。そんな辛いことは耐えられない!  婚約破棄は私から! ※大幅な修正が入っています。登場人物の立ち位置変更など。 ◆3/20 恋愛ランキング、人気ランキング7位 ◆3/20 HOT6位  短編&拙い私の作品でここまでいけるなんて…!読んでくれた皆さん、感謝感激雨あられです〜!!(´;ω;`)

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

穏便に婚約解消する予定がざまぁすることになりました

よーこ
恋愛
ずっと好きだった婚約者が、他の人に恋していることに気付いたから、悲しくて辛いけれども婚約解消をすることを決意し、その提案を婚約者に伝えた。 そうしたら、婚約解消するつもりはないって言うんです。 わたくしとは政略結婚をして、恋する人は愛人にして囲うとか、悪びれることなく言うんです。 ちょっと酷くありません? 当然、ざまぁすることになりますわね!

【完結】わたしの大事な従姉妹を泣かしたのですから、覚悟してくださいませ

彩華(あやはな)
恋愛
突然の婚約解消されたセイラ。それも本人の弁解なしで手紙だけという最悪なものだった。 傷心のセイラは伯母のいる帝国に留学することになる。そこで新しい出逢いをするものの・・・再び・・・。 従兄妹である私は彼らに・・・。 私の従姉妹を泣かしたからには覚悟は必要でしょう!? *セイラ視点から始まります。

捨てた私をもう一度拾うおつもりですか?

ミィタソ
恋愛
「みんな聞いてくれ! 今日をもって、エルザ・ローグアシュタルとの婚約を破棄する! そして、その妹——アイリス・ローグアシュタルと正式に婚約することを決めた! 今日という祝いの日に、みんなに伝えることができ、嬉しく思う……」 ローグアシュタル公爵家の長女――エルザは、マクーン・ザルカンド王子の誕生日記念パーティーで婚約破棄を言い渡される。 それどころか、王子の横には舌を出して笑うエルザの妹――アイリスの姿が。 傷心を癒すため、父親の勧めで隣国へ行くのだが……

王太子の愚行

よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。 彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。 婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。 さて、男爵令嬢をどうするか。 王太子の判断は?

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。 婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。 「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」 サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。 それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。 サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。 一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。 若きバラクロフ侯爵レジナルド。 「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」 フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。 「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」 互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。 その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは…… (予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

処理中です...