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決断

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「コタローさん!」

 俺を遠くから呼ぶ声。

 アルルだ。

 川辺のため、地面は小石が散乱していて、アルルはよろけながらも、俺のほうまで走ってきた。
 よく見ると、両手に多くの木の枝を抱えていた。

「アルル、もしかして君が助けてくれたの?」

「はい。地震が起きて、村はそこまで被害が無かったんですけど、コタローさんがついさっき家を出て行ったって聞いてすぐに探しに行ったんです」

「よくここが分かったね」

「川辺の近くにこれが落ちてたんです」


 そう言ってアルルがポケットから取り出したものは、白い手のひらサイズのスマートフォンだった。
 召喚された時に、ポケットに入ってたから一緒にこの世界に持ってきたんだった。


「見たこともないものだったので、コタローさんのものだってすぐ分かったんです。その後に、川の流れに沿って歩いていったら、この浅瀬にコタローさんが倒れてました」


 そう言って、アルルはスマートフォンを、俺に返してくれた。

「本当に危ないところだったんです、心拍数も低下していて、あと一歩遅れてたら死んでたかもしれません……」

 アルルは少し、目に涙を浮かべていた。

「そんな危ない状況だったのに、なんで俺は助かったの?」

「私、回復魔法と強化の魔法だけ使えるんです。倒れているコタローさんを発見して、慌てて魔法を使ったんです」

「そうだったのか……じゃあ、アルルがいなかったら今頃俺は……」

 言いかけて、先にアルルが口を開いた。

「コタローさん、私、あなたに謝らなくちゃいけないことがあるんです」

 アルルは、少し目を逸らしながらも俺にそう言った。
 アルルの両手を見ると、強く握りしめて震えていた。
 きっと、とても大事なことなんだと思い、ちゃんとアルルに向き合って聞く姿勢を取った。

「コタローさんは、きっともう元の世界には帰れないんです。召喚魔法は、契約を完遂したら、ようやく元の世界に戻ることが出来るシステムなんです」

 さっき、アルルの両親がそんなようなことを言っていたのを思い出した。
 ジオというアルルの父親は、フィオネが曖昧な契約をしたから、生涯この世界から帰ることが出来なくなった。

「私にはその契約を完遂させる力がありません……だから、私が一生賭けてこの罪を償わせてください」

 アルルはそう言って、小石の上に膝と両手をつけた。

 土下座だ。こんな幼い少女に、土下座をさせてしまっている自分がいた。
 俺は、膝を小石の上につけて、アルルの両肩に手を置いた。

 アルルは、顔を上げて真っ直ぐに俺を見た。
 きっと、彼女と目が合ったのはこれが初めてだ。


「アルル、そんな罪なんてないんだ。俺は、この世界に来れて良かったって思ってるんだ」

 優しい声でそう言った。アルルの心に芽生えている罪の意識を、少しでも取り除けるように。

「どういう、ことですか?」

「俺はもともと、現実世界ではだらしない生活を送ってたんだよ。親にもたくさん迷惑をかけてた。だから、ずっとこの世から消えたいって思ってた。生きているだけで迷惑をかけてたんだ」

「そんなことありませんよ……! 私は、コタローさんがどんな生活をしていたか全く分からないですけど、みんなコタローさんのことを消えてほしいなんて思ってるわけありません!」

 アルルも、俺の両肩を掴んで必死にそう言った。瞳から大粒の涙を流しながら……

 また、アルルを泣かせてしまった。

「どうだろ……今となっては、確認することも出来ないや。でも、こんな生活をしてたからこそ、俺がアルルに頼られてるのを知って、本当はすごく嬉しかったんだ」

 そこで一呼吸置いて、アルルの大きな瞳を真っ直ぐに見て、その言葉を口にした。


「俺に、フィルネリアを救う手伝いをさせてほしい」

 アルルは一瞬驚いた顔をしていたが、すぐに目を逸らして、掴んでいた俺の肩を離した。

「もう、いいんです……私には、国を救う資格なんてないんです……」

 彼女の心は折れていた。俺が、今彼女にしてあげられることはなんだろうか。

『アルルのことを見守ってやってくれ』

 アルルの父親に言われた言葉を思い出した。
 そうだ、俺が出来るのは、アルルをもう一度立ち直らせることだ。
 こんなことで、彼女の5年を絶対に無駄にしちゃいけないんだ。

「だから……」


「簡単に諦めるんじゃねーよ!!!!」


 大声で叫んで、アルルの肩を強く掴んだ。
 アルルは驚いて、目を見開いている。

「ここで諦めたら、アルルの頑張った5年間はなんだったんだよ!! 友達と遊ばずに、ただひたすらフィルネリアを救うことだけを考えてきたんだろ?!  そんな頑張ってきたやつに、国を救う資格が無いなんて、そんなことありえないんだよ!!」

「でも、私一人じゃ絶対に救うことなんて出来ないですよ……!」

 アルルはまた涙を流している。
 今度は優しく、アルルに言い聞かせるように、アルルを抱きしめて、頭を撫でながら、次の言葉を口にした。

「大丈夫。アルルが、本気でフィルネリアを救いたいなら、俺がアルルの剣になって、君と一緒に戦うよ」

 臭いセリフだけど、一国を救うんだ、これくらいのことを言っても、別にカッコ悪く無いだろ?

「コタローさん……」

 アルルは、俺のその大胆な行動に対して、抵抗をせずにただ静かに胸の中で泣いていた。

 正直、自分でやってて恥ずかしかったが、今のアルルを救うには、アルルの一番の理解者になるしか方法はないと思った。


 焚き火は、新しい薪をくべなかったから、そっと消えた。

 夜なのに、暖かい。

 この暗い川辺でアルルと2人。

 辺りを照らすのは月明かりだけ。


 アルルが泣き止むまで、俺はずっとアルルのことを抱きしめ続けた。

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