留めおきたい思い

朧月 終わりし梅の残香追う 膨らみし君に 慈すと思ひ取る

ある冬の日　
愛犬が逝った
それは急な別れだった
可愛がってた父親は
見てられないほど落ち込んだ
リードも食器も首輪も玩具も
何一つ処分せず
部屋をそのまま保つように
彼が最後の我が子のように

犬を飼うことはきっともうない
忘れて可愛がりでもすれば
寂しがるといけないから
敷地の一角
見晴らしの良い場所
眠る愛犬息子に
寒くはないかと視線を投げる
素面でいれない俺はと言えば
母親手製の梅酒をあおる

音が欲しくてつけたテレビで
開花予想を流し見る
"もう、そんな時期なのか"
ぼそりと話す父親の声も
あやうく流してしまうところだ
久しぶりの音声会話に
何かが支つかえて話しにくい
"あ、ああ……"
やっぱりな、と理解した
(寂しがるといけないんだ)
ずっと何も言えなくて
酒の力で今度こそと見ると
手持ちのグラスは既に空だ

「俺、検診オールA」
脈絡もない突飛な言葉を
「酒飲みが大丈夫なのか」
そう言って父親が笑う、のに
何でか俺はグラスの底を真剣に見てる
それきり会話は途切れたけど
(ちゃんと俺に気づいてた)
朧に視界が霞むのは
照明のガラス反射が眩しいからで
俺がいるよ、と目を閉じて言う
きっと悲しませはしないからと