恋まで0センチメートル

高羽流生

文字の大きさ
上 下
23 / 32

23

しおりを挟む
 捕まった。伊織に。

『伊織がしたいって言ったから練習してんのに、放置すんな!』

 一瞬で、数分前に己の口から飛び出した啖呵が頭の中に流れてきた。

 エッチなことがしたいと言ったのは伊織だけれど、してもいいと言ったのは雄大だ。自分で決めて、自分で選んだ。『別れる』と言った伊織を引き留めるために。

 受ける側は大変だなと思いつつも、毎日のように繰り返した。まだ良さはわからないけれど、うまくできるようになったら伊織としようと思っていたのだ。それなのに、伊織は通常運転どころか雄大を放置して飲みに出ている。

(オレだけ頑張って、バカみたいだ……)

 知らない男といる伊織を見たときは、腹が立った。だから、勢いまかせに喚いたけれど、今は違う。腹が立つ、というよりは、なんというか悲しい。

「……何でもない。帰る」

 ぼそりと言って、掴まれていた手を振り払おうとしたが、伊織は雄大の腕を放してはくれない。

「ちょ、待てって!」

「帰るって言ってんじゃん! さっきのやつと飲んで来いよ!」

 後ろを向いて、伊織に言った。伊織は楽しく飲んでいたのだから、店に戻って飲み直せばいい。呼ばれてもないのに勝手に来たのは雄大なのだから。

 大きな声で言っても、伊織はその場から動こうとしない。腕を掴んだまま、ずっと雄大を見ている。

「手、離せよ」

 こっちを見ているくせに、腕を掴んでいるくせに、何も言わない伊織に雄大は言った。

「雄大……」

「なんだよ?」

「お前、その……、練習、したのか?」

「……した」

 聞かれて答えたら、「なんで?」と伊織に聞かれた。

(なんでって、そんなの……)

「伊織がしたい側だって言ったからだろ! だからオレ……」

 聞かなくてもわかるだろうと思って言ったら、伊織がまた「なんで?」と聞いてきた。

「なんでって、伊織が……」

 言いかけて、止まった。

 伊織がしたいと言ったから、と答えるのは、不正解だと思ったからだ。

 確かに伊織がしたいと言ったから、練習を始めた。やってみたら気持ちいのかもしれないけれど、無理をしてまでしなくてはいけないことではない。しなければ伊織とは友達に戻るだけ、なのだ。

 準備をするのは苦しいし、指も入れてみてもあんまり気持ちよくないし、疲れる。それでも、やめようと思わなかった理由は、『伊織としてみたい』だったのだけれど、それだけではないと、雄大はもう気づいている。

 ただの『友達』に戻るのが嫌だったのだ。

 ぐっと手を握って、伊織に向き直る。

「別れんのヤダ……。オレ、伊織と別れたくない!」

「だから、なんで?」

 思っていることを言ったら、また『なんで』と言われた。

 何度も問いかけられて、気がついた。伊織は、雄大に言わそうとしているのだ。伊織と同じ『好き』という言葉を。

(……あー、もうっ!)

「オレも伊織と一緒だって言ってんの! 伊織が好きなんだろ……、たぶん」

「ふっ、あははっ……」

 気恥ずかしくて、最後のほうは声が小さくなった。ぼそぼそと言った雄大の『たぶん』という言葉を伊織は聞き逃さなかったらしい。「たぶんってなんだよ」と言った伊織の目尻がふにゃりと下がる。

「だって……」

 笑われて言い返そうとしたとき、周りの視線が集まっていることに気がついた。道行く人が、チラチラと雄大たちのほうを見ている。

「い、伊織……」

 どうしようかと伊織の名を呼んでみる。クイと手を引いてきた伊織に「移動するか?」と聞かれて頷いた。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

男子寮のベットの軋む音

なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。 そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。 ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。 女子禁制の禁断の場所。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...