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捕まった。伊織に。
『伊織がしたいって言ったから練習してんのに、放置すんな!』
一瞬で、数分前に己の口から飛び出した啖呵が頭の中に流れてきた。
エッチなことがしたいと言ったのは伊織だけれど、してもいいと言ったのは雄大だ。自分で決めて、自分で選んだ。『別れる』と言った伊織を引き留めるために。
受ける側は大変だなと思いつつも、毎日のように繰り返した。まだ良さはわからないけれど、うまくできるようになったら伊織としようと思っていたのだ。それなのに、伊織は通常運転どころか雄大を放置して飲みに出ている。
(オレだけ頑張って、バカみたいだ……)
知らない男といる伊織を見たときは、腹が立った。だから、勢いまかせに喚いたけれど、今は違う。腹が立つ、というよりは、なんというか悲しい。
「……何でもない。帰る」
ぼそりと言って、掴まれていた手を振り払おうとしたが、伊織は雄大の腕を放してはくれない。
「ちょ、待てって!」
「帰るって言ってんじゃん! さっきのやつと飲んで来いよ!」
後ろを向いて、伊織に言った。伊織は楽しく飲んでいたのだから、店に戻って飲み直せばいい。呼ばれてもないのに勝手に来たのは雄大なのだから。
大きな声で言っても、伊織はその場から動こうとしない。腕を掴んだまま、ずっと雄大を見ている。
「手、離せよ」
こっちを見ているくせに、腕を掴んでいるくせに、何も言わない伊織に雄大は言った。
「雄大……」
「なんだよ?」
「お前、その……、練習、したのか?」
「……した」
聞かれて答えたら、「なんで?」と伊織に聞かれた。
(なんでって、そんなの……)
「伊織がしたい側だって言ったからだろ! だからオレ……」
聞かなくてもわかるだろうと思って言ったら、伊織がまた「なんで?」と聞いてきた。
「なんでって、伊織が……」
言いかけて、止まった。
伊織がしたいと言ったから、と答えるのは、不正解だと思ったからだ。
確かに伊織がしたいと言ったから、練習を始めた。やってみたら気持ちいのかもしれないけれど、無理をしてまでしなくてはいけないことではない。しなければ伊織とは友達に戻るだけ、なのだ。
準備をするのは苦しいし、指も入れてみてもあんまり気持ちよくないし、疲れる。それでも、やめようと思わなかった理由は、『伊織としてみたい』だったのだけれど、それだけではないと、雄大はもう気づいている。
ただの『友達』に戻るのが嫌だったのだ。
ぐっと手を握って、伊織に向き直る。
「別れんのヤダ……。オレ、伊織と別れたくない!」
「だから、なんで?」
思っていることを言ったら、また『なんで』と言われた。
何度も問いかけられて、気がついた。伊織は、雄大に言わそうとしているのだ。伊織と同じ『好き』という言葉を。
(……あー、もうっ!)
「オレも伊織と一緒だって言ってんの! 伊織が好きなんだろ……、たぶん」
「ふっ、あははっ……」
気恥ずかしくて、最後のほうは声が小さくなった。ぼそぼそと言った雄大の『たぶん』という言葉を伊織は聞き逃さなかったらしい。「たぶんってなんだよ」と言った伊織の目尻がふにゃりと下がる。
「だって……」
笑われて言い返そうとしたとき、周りの視線が集まっていることに気がついた。道行く人が、チラチラと雄大たちのほうを見ている。
「い、伊織……」
どうしようかと伊織の名を呼んでみる。クイと手を引いてきた伊織に「移動するか?」と聞かれて頷いた。
『伊織がしたいって言ったから練習してんのに、放置すんな!』
一瞬で、数分前に己の口から飛び出した啖呵が頭の中に流れてきた。
エッチなことがしたいと言ったのは伊織だけれど、してもいいと言ったのは雄大だ。自分で決めて、自分で選んだ。『別れる』と言った伊織を引き留めるために。
受ける側は大変だなと思いつつも、毎日のように繰り返した。まだ良さはわからないけれど、うまくできるようになったら伊織としようと思っていたのだ。それなのに、伊織は通常運転どころか雄大を放置して飲みに出ている。
(オレだけ頑張って、バカみたいだ……)
知らない男といる伊織を見たときは、腹が立った。だから、勢いまかせに喚いたけれど、今は違う。腹が立つ、というよりは、なんというか悲しい。
「……何でもない。帰る」
ぼそりと言って、掴まれていた手を振り払おうとしたが、伊織は雄大の腕を放してはくれない。
「ちょ、待てって!」
「帰るって言ってんじゃん! さっきのやつと飲んで来いよ!」
後ろを向いて、伊織に言った。伊織は楽しく飲んでいたのだから、店に戻って飲み直せばいい。呼ばれてもないのに勝手に来たのは雄大なのだから。
大きな声で言っても、伊織はその場から動こうとしない。腕を掴んだまま、ずっと雄大を見ている。
「手、離せよ」
こっちを見ているくせに、腕を掴んでいるくせに、何も言わない伊織に雄大は言った。
「雄大……」
「なんだよ?」
「お前、その……、練習、したのか?」
「……した」
聞かれて答えたら、「なんで?」と伊織に聞かれた。
(なんでって、そんなの……)
「伊織がしたい側だって言ったからだろ! だからオレ……」
聞かなくてもわかるだろうと思って言ったら、伊織がまた「なんで?」と聞いてきた。
「なんでって、伊織が……」
言いかけて、止まった。
伊織がしたいと言ったから、と答えるのは、不正解だと思ったからだ。
確かに伊織がしたいと言ったから、練習を始めた。やってみたら気持ちいのかもしれないけれど、無理をしてまでしなくてはいけないことではない。しなければ伊織とは友達に戻るだけ、なのだ。
準備をするのは苦しいし、指も入れてみてもあんまり気持ちよくないし、疲れる。それでも、やめようと思わなかった理由は、『伊織としてみたい』だったのだけれど、それだけではないと、雄大はもう気づいている。
ただの『友達』に戻るのが嫌だったのだ。
ぐっと手を握って、伊織に向き直る。
「別れんのヤダ……。オレ、伊織と別れたくない!」
「だから、なんで?」
思っていることを言ったら、また『なんで』と言われた。
何度も問いかけられて、気がついた。伊織は、雄大に言わそうとしているのだ。伊織と同じ『好き』という言葉を。
(……あー、もうっ!)
「オレも伊織と一緒だって言ってんの! 伊織が好きなんだろ……、たぶん」
「ふっ、あははっ……」
気恥ずかしくて、最後のほうは声が小さくなった。ぼそぼそと言った雄大の『たぶん』という言葉を伊織は聞き逃さなかったらしい。「たぶんってなんだよ」と言った伊織の目尻がふにゃりと下がる。
「だって……」
笑われて言い返そうとしたとき、周りの視線が集まっていることに気がついた。道行く人が、チラチラと雄大たちのほうを見ている。
「い、伊織……」
どうしようかと伊織の名を呼んでみる。クイと手を引いてきた伊織に「移動するか?」と聞かれて頷いた。
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