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隣の男と話す伊織は、眉を顰めたり、苦笑いをしたり、ときおりはにかむように笑ったりしている。雄大の知らない顔をする伊織と隣の男を見ていたら、無性に腹が立ってきた。寂しいとかムカつくとか、いろいろな感情が湧き上がってくる。
「伊織!」
ずんずんと伊織が座っている席まで近づいて、雄大は声を張り上げた。
「……雄大?」
大きな声を出したからだろう。気がついたらしい伊織と目が合った。隣の男も雄大のほうを見ている。
「何楽しそうに飲んでんだよ!」
「はぁ? 飲みに行くって言っただろ?」
「聞いたよ! 聞いたけど‼ 彼氏のオレは放置でお前だけ楽しいのムカつく!」
伊織の目の前に立って、思いきり不満をぶつける。
「ちょ、落ち着けって。なんでそんなキレてんだよ?」
「なんで、ってそりゃ……」
どうして怒っているのか、と伊織に聞かれて、考えた。怒るようなことではないのだ。伊織が誰と飲みに行っても、伊織の自由だし、そもそも雄大は今日、伊織と約束をしていたわけではない。人と飲んでいる伊織のところに乗り込んできた雄大のほうがどう考えても悪いのに、どうしてこんなに腹が立つのだろう。
(そっか……、オレ、伊織を取られんのが嫌なんだ)
伊織といつも一緒にいるのは雄大だった。伊織と付き合ったら、色々な伊織を見られると思った。きっと楽しくなると思ったのに、今は全然楽しくない。楽しいどころか、伊織との距離が空いたみたいで寂しいし、ほかの人の前で見たことのないような顔をして笑う伊織を見るのも嫌だ。
「雄大? マジでどうし……」
「……練習してんのに」
ぼそりと雄大は言った。
伊織がしたいと言ったから、雄大もしてみたいと思ったから、だから毎日練習しているのに、あんまりだと思った。伊織からの連絡はないし、誘ってみたら誘ってみたで、ほかの人と楽しそうにしているなんて、悔しい。
「え? なんて?」
声が小さくて聞き取れなかったのだろう。伊織に聞き返される。
「伊織がしたいって言ったから練習してんのに、放置すんな!」
雄大は思いきり声を張り上げて言った。
「は? ……え? ちょ、おい! 雄大!」
ぽかんとした顔になったあと、ぱちりと瞬きをした伊織が立ち上がる。
「帰る! 伊織のバカ!」と一言言って雄大は伊織に背を向けた。人の波をかき分け、入り口に向かって一直線に歩き出す。
「雄大! ちょっと待てって!」
後ろから伊織が何か言っていたが、雄大は止まらなかった。
(バカはオレじゃん……)
伊織を取られたくないと思った瞬間に気づいてしまった。伊織と別れたくないと思って、伊織にしたいと言われて、受け入れるためにあれこれ動いていた行動の原動力が、伊織を意識したからなのだということに。
はじめは楽しそうと思っただけ。伊織がいつもすました顔をしているから、ちょっと困っているところを見てみたかった。けれど、伊織に触れられて、伊織に好きだと言われて、知らなかった伊織をたくさん見ているうちに、雄大の中でも伊織が特別になっていたのだ。
今まで一度も、『別れたくない』なんて言ったことはないのに、拒絶した時点で気づけばよかった。
すし詰め状態の廊下を抜けて、店の外に出る。はぁ、と息を吐いて歩き出そうとしたとき、強く腕を掴まれた。
「雄大! さっきの、何?」
(ああ、もう最悪)
「伊織!」
ずんずんと伊織が座っている席まで近づいて、雄大は声を張り上げた。
「……雄大?」
大きな声を出したからだろう。気がついたらしい伊織と目が合った。隣の男も雄大のほうを見ている。
「何楽しそうに飲んでんだよ!」
「はぁ? 飲みに行くって言っただろ?」
「聞いたよ! 聞いたけど‼ 彼氏のオレは放置でお前だけ楽しいのムカつく!」
伊織の目の前に立って、思いきり不満をぶつける。
「ちょ、落ち着けって。なんでそんなキレてんだよ?」
「なんで、ってそりゃ……」
どうして怒っているのか、と伊織に聞かれて、考えた。怒るようなことではないのだ。伊織が誰と飲みに行っても、伊織の自由だし、そもそも雄大は今日、伊織と約束をしていたわけではない。人と飲んでいる伊織のところに乗り込んできた雄大のほうがどう考えても悪いのに、どうしてこんなに腹が立つのだろう。
(そっか……、オレ、伊織を取られんのが嫌なんだ)
伊織といつも一緒にいるのは雄大だった。伊織と付き合ったら、色々な伊織を見られると思った。きっと楽しくなると思ったのに、今は全然楽しくない。楽しいどころか、伊織との距離が空いたみたいで寂しいし、ほかの人の前で見たことのないような顔をして笑う伊織を見るのも嫌だ。
「雄大? マジでどうし……」
「……練習してんのに」
ぼそりと雄大は言った。
伊織がしたいと言ったから、雄大もしてみたいと思ったから、だから毎日練習しているのに、あんまりだと思った。伊織からの連絡はないし、誘ってみたら誘ってみたで、ほかの人と楽しそうにしているなんて、悔しい。
「え? なんて?」
声が小さくて聞き取れなかったのだろう。伊織に聞き返される。
「伊織がしたいって言ったから練習してんのに、放置すんな!」
雄大は思いきり声を張り上げて言った。
「は? ……え? ちょ、おい! 雄大!」
ぽかんとした顔になったあと、ぱちりと瞬きをした伊織が立ち上がる。
「帰る! 伊織のバカ!」と一言言って雄大は伊織に背を向けた。人の波をかき分け、入り口に向かって一直線に歩き出す。
「雄大! ちょっと待てって!」
後ろから伊織が何か言っていたが、雄大は止まらなかった。
(バカはオレじゃん……)
伊織を取られたくないと思った瞬間に気づいてしまった。伊織と別れたくないと思って、伊織にしたいと言われて、受け入れるためにあれこれ動いていた行動の原動力が、伊織を意識したからなのだということに。
はじめは楽しそうと思っただけ。伊織がいつもすました顔をしているから、ちょっと困っているところを見てみたかった。けれど、伊織に触れられて、伊織に好きだと言われて、知らなかった伊織をたくさん見ているうちに、雄大の中でも伊織が特別になっていたのだ。
今まで一度も、『別れたくない』なんて言ったことはないのに、拒絶した時点で気づけばよかった。
すし詰め状態の廊下を抜けて、店の外に出る。はぁ、と息を吐いて歩き出そうとしたとき、強く腕を掴まれた。
「雄大! さっきの、何?」
(ああ、もう最悪)
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