恋まで0センチメートル

高羽流生

文字の大きさ
上 下
22 / 32

22

しおりを挟む
 隣の男と話す伊織は、眉を顰めたり、苦笑いをしたり、ときおりはにかむように笑ったりしている。雄大の知らない顔をする伊織と隣の男を見ていたら、無性に腹が立ってきた。寂しいとかムカつくとか、いろいろな感情が湧き上がってくる。

「伊織!」

 ずんずんと伊織が座っている席まで近づいて、雄大は声を張り上げた。

「……雄大?」

 大きな声を出したからだろう。気がついたらしい伊織と目が合った。隣の男も雄大のほうを見ている。

「何楽しそうに飲んでんだよ!」

「はぁ? 飲みに行くって言っただろ?」

「聞いたよ! 聞いたけど‼ 彼氏のオレは放置でお前だけ楽しいのムカつく!」

 伊織の目の前に立って、思いきり不満をぶつける。

「ちょ、落ち着けって。なんでそんなキレてんだよ?」

「なんで、ってそりゃ……」

 どうして怒っているのか、と伊織に聞かれて、考えた。怒るようなことではないのだ。伊織が誰と飲みに行っても、伊織の自由だし、そもそも雄大は今日、伊織と約束をしていたわけではない。人と飲んでいる伊織のところに乗り込んできた雄大のほうがどう考えても悪いのに、どうしてこんなに腹が立つのだろう。

(そっか……、オレ、伊織を取られんのが嫌なんだ)

 伊織といつも一緒にいるのは雄大だった。伊織と付き合ったら、色々な伊織を見られると思った。きっと楽しくなると思ったのに、今は全然楽しくない。楽しいどころか、伊織との距離が空いたみたいで寂しいし、ほかの人の前で見たことのないような顔をして笑う伊織を見るのも嫌だ。

「雄大? マジでどうし……」

「……練習してんのに」

 ぼそりと雄大は言った。

 伊織がしたいと言ったから、雄大もしてみたいと思ったから、だから毎日練習しているのに、あんまりだと思った。伊織からの連絡はないし、誘ってみたら誘ってみたで、ほかの人と楽しそうにしているなんて、悔しい。

「え? なんて?」

 声が小さくて聞き取れなかったのだろう。伊織に聞き返される。

「伊織がしたいって言ったから練習してんのに、放置すんな!」

 雄大は思いきり声を張り上げて言った。

「は? ……え? ちょ、おい! 雄大!」

 ぽかんとした顔になったあと、ぱちりと瞬きをした伊織が立ち上がる。

「帰る! 伊織のバカ!」と一言言って雄大は伊織に背を向けた。人の波をかき分け、入り口に向かって一直線に歩き出す。

「雄大! ちょっと待てって!」

 後ろから伊織が何か言っていたが、雄大は止まらなかった。

(バカはオレじゃん……)

 伊織を取られたくないと思った瞬間に気づいてしまった。伊織と別れたくないと思って、伊織にしたいと言われて、受け入れるためにあれこれ動いていた行動の原動力が、伊織を意識したからなのだということに。

 はじめは楽しそうと思っただけ。伊織がいつもすました顔をしているから、ちょっと困っているところを見てみたかった。けれど、伊織に触れられて、伊織に好きだと言われて、知らなかった伊織をたくさん見ているうちに、雄大の中でも伊織が特別になっていたのだ。

 今まで一度も、『別れたくない』なんて言ったことはないのに、拒絶した時点で気づけばよかった。

 すし詰め状態の廊下を抜けて、店の外に出る。はぁ、と息を吐いて歩き出そうとしたとき、強く腕を掴まれた。

「雄大! さっきの、何?」

(ああ、もう最悪)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

男子寮のベットの軋む音

なる
BL
ある大学に男子寮が存在した。 そこでは、思春期の男達が住んでおり先輩と後輩からなる相部屋制度。 ある一室からは夜な夜なベットの軋む音が聞こえる。 女子禁制の禁断の場所。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...