恋まで0センチメートル

高羽流生

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「なぁなぁ、伊織」
「あ? なんだよ?」

 伊織宅。

 部屋の持ち主以上に寛いでいる雄大は、ソファでうつ伏せになっていた。奥のベッドを背もたれにして、雄大は携帯を触っている。

 のそりと手だけを伸ばしてひらひらと動かし、伊織に構ってくれと合図を送った。

「オレ、彼女と別れて暇なんだって」
「さっき聞いた。つか、お前マジで長続きしねえな」

 顔を動かしもせずに伊織が言う。「三か月ももってねえだろ」と言われて、雄大は「三か月はもったもん」と頬を膨らませた。

 女は好きだ。

 可愛いし、柔らかい。

「だってさぁ……、疲れんだもん」

 ただ、ときどき面倒になる。

 喜ばせるために気を使わないといけないからだ。約束時間には絶対に行かないと拗ねられるし、歩くときにも速度を合わせないといけない。ファストフードばかりに連れて行くわけにもいかない。だからといってお洒落な店は高いから、店を調べておく必要もある。ある程度の値段で、かつ見た目や雰囲気が可愛らしい店だ。

「疲れるようなやつと付き合うからだろ?」

 馬鹿じゃないのか、と言われて雄大はむぅ、とむくれた。

「んー、でも、だいたいみんな一緒なんだもん」

(伊織は疲れないのかな?)

 雄大は彼女ができると毎回伊織に報告している。そして、別れたときにも伊織に言う。今日と同じだ。

 報告しても、伊織は興味なさげなのだけれど、特に気にしてはいない。

(そういや、伊織の相手って見たことないな……)

 中学のときも、高校のときも伊織が告白されていたのは知っている。雄大の印象ではどの子も可愛らしい感じの子だったのだけれど、伊織は告白を受け付けなかった。どうして付き合わないのかと聞いてみたら、伊織は確か「好みじゃない」と言っていた。

 話の流れで、「あの子可愛くない?」と聞いてみても、「ああ」とか「そうだな」とか相槌を打つくらいだ。好みじゃない、という言葉は何度も聞いたけれど、好みの子も彼女の話も聞いたことがない。

(すげえ変わった好みしてたりして)

 ふと、気になって、雄大はずりずりと身体をずらし、上体を持ち上げた。

「じゃあじゃあ、伊織はどんな奴が好みなの?」
「は? 俺? 俺は……」

 問いかけてみたら、携帯の画面を撫ででいた伊織の手が止まった。

「俺は?」

 続きを言おうとしない伊織に向かって、ずいと身体を匍匐前進みたいに進ませる。胸あたりまでソファから身体を出して、伊織を見た。伊織の視線は、携帯の画面から動かない。

(ん? そんな変なこと聞いたかな?)

「なあ、って聞いてる?」
「……別に、どうでもいいだろ、そんなこと」

 もう一度聞いたら、そっけない答えが返ってきた。止まっていた伊織の指が動き出す。

(つまんないの。ちょっと教えてくれてもいいのに)

 彼女もいなくなったし、暇なのだ。だからこうして伊織の家に遊びに来ている。話し相手になってほしい。

「えー、いいじゃん。教えてよ? 伊織って彼女とどんなことしてんの?」
「はぁ……。普通だ、普通。まあ、今は相手がいないけどな」
「ふうん。伊織もフリーなんだ」

 はじめて彼女の話を聞いたなと考えて、疑問が湧いた。

 雄大は雄大なりにデートコースを決めて女の子と出かけているのだけれど、伊織はどうしているのだろう。

(ていうか、普通ってなんだ?)

「あ、いいこと考えた‼」
「あぁ? なんだよ。うるさいな」

 ぴょんっと勢いよく飛び起きて、伊織がいるベッドに膝をつく。ようやく伊織の視線が携帯から雄大に向けられた。

「伊織。オレと付き合ってみない?」
「はぁ⁉ 何言って……」

 伊織はどう見ても驚いた顔をしている。当たり前だ。

 雄大だって、男とは付き合うなんて考えたことはない。けれど、伊織なら慣れているし、近づかれても嫌悪感はない。デート、なんて言っても、友達の延長みたいなものだろう。

「だめ? オレ、伊織とデートしてみたい」

 興味本位。だけれど、楽しそうだ。お願い、とにじり寄ってみる。しばらくして、伊織が携帯をベッドに置いた。

「はぁ……。わかった」
「やった! さっすが伊織!」

 伊織に飛びついてぎゅうと抱きしめる。

「っ……、くるしいっ! やめろ、馬鹿!」

 引きはがされたが、雄大は満足だった。

(面白そう)

 これでしばらくは暇を持て余さなくて済むだろう。

***
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