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第9章

1話 【希和と白斗】

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 次の日、黒柳は唇の端を切ったらしい傷に、絆創膏をして登校して来た。
「黒柳くん、大丈夫?」
 と、積極的な女子のグループが話し掛けた。
 その慰めの言葉に、黒柳は口元の絆創膏を指で押さえながら、軽く頷いた。顔を上げた時、少し離れていた希和と目が合った。
 二人は、気まずさでお互いに視線をそらした。
 ホームルームが終わると、担任が黒柳に声を掛けた。
「黒柳くん、口元の傷から血が出てるわよ。保健係、黒柳くんを保健室に連れて行ってあげて」
 希和はギョッとして顔を上げた。それを見た担任は思い出したように、
「ああ、保健係は忌野さんだったわね。忌野さん、黒柳くんを保健室に連れて行ってくれない? 一時限目の授業の先生には、二人が遅れるかもしれないと言っておくから大丈夫よ」
 担任の声に促されて、二人はしぶしぶ席を立った。先に席を立って教室の後方のドアを開けたのは、希和だった。黒柳があとに続いた。
 ドアを閉めると、物凄い緊張が二人の間に走った。二階にある教室から、一階にある保健室までの距離が、希和にはとても長く感じられた。
 やっと保健室の前につくと、希和はホッとした。ドアをノックすると、中から保健の古田先生の声がした。古田は、五十代後半の女性で、優しいけれど物事をハッキリと言う、竹を割ったような性格をしていた。
 希和がドアを開けると、古田は振り返って黒柳の傷を見た。
「それなら、消毒したあと口内炎用の軟膏を塗って、絆創膏するだけで大丈夫よ。悪いけど忌野さん、簡単だからやっといてくれる?」
「えっ?」
 つい、驚きの声を出してしまった。希和の拒否にも近い声を聞いて、黒柳は苦笑した。
 保健の古田は、なおも、
「今ね、どうしても手が離せないのよ。急ぎの書類の作成があってね」
 そう言われたら仕方がない。希和は覚悟を決めた。もう何度も古田の助手を経験しているので、必要なものがどこにあるのかを知っている。
 
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