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本編

第074話 魔煌石を巡る攻防(北の陣)②

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 しかし、彼の頑張りとは裏腹に、萩の両親は彼の持つ病が「治療の術無し」と見るや否や、手のひらを返すように遠ざけた。
 そしてその愛情を歳の離れた妹――柊木ひいらぎ柑奈かんなへと注いだ。
 柑奈は剣の才こそ萩に劣るものの、その器量と優秀さから、瞬く間に「次期柊木家当主」と目されるまでに成長する。
 萩は当初こそ両親の気を惹こうとこれまで以上に学業と剣術に打ち込んだが、「もはや自分はイラナイ子だ」と認識すると、燃え尽きたように無気力な人間へと変貌した。

 そうした背景を憂いた健介が、「千陽の剣術指南に」との計らいで彼を「御庭番」の一人として任命した。

「これを機に少しでも前向きになってくれれば……」

 と願い、陰ながら千陽と併せて見守って来た健介であったが、彼の思いなど知る由もなく、萩はただ黙々と当主たる健介の命令をこなしていった。

 制限時間はあれど、その時間内であれば・・・・・・・萩は無類の強さを誇る。
 その持病の特性をよく知る萩は、その自らに課せられた制約をコントロールしつつ、最大限に御庭番としての任務を遂行する。

 その結果、柊木萩は他の御庭番と比較してもその達成率という面では圧倒的なまでの高さを叩き出すまでになっている。
 しかし、その高い達成率を誇る反面、その顔からは表情が消えた。
 幼い頃に見せていた豊かな表情は歳を重ねるごとに次第に消え失せ、御庭番として活躍する頃にはまるで機械のような抑揚の無い声と無表情がデフォルトとなっていた。

 この日も健介からの命令を受けてゼータと戦闘を繰り広げることとなった萩は、刻一刻と迫るタイムリミットを気に留めながら氷の剣を振るう。

◆◇◆

「あははははっ! どうしましたぁ!? ずいぶんとスピードが落ちてるみたいですけどぉ!?」
「っ――!」
 襲い来る木の鞭を、掲げた氷剣を盾にして辛うじて受け流した萩であったが、この時既に自らの身に課せられた制限時間は超過しており、もはや動くことすらままならないほど消耗していた。
「はぁ……実に惜しい。それほどまでの剣の腕があれば、もっと活躍していたでしょうに」
「……」
 荒くなった息を深呼吸して落ち着かせつつ、氷剣を構える萩の姿に、ゼータは「ふむ……」と軽く顎に手を当てがいながら呟く。
「その剣の腕……こんな場所で腐らせるくらいなら、我々のもとに来ませんか?」
「何を――」
「『適性』があれば、貴方を苦しめるその病……その呪縛から解放できるかもしれませんよ?」
 口の端を吊り上げて語るゼータの言葉に、萩の喉が鳴る。

(治る? この病が? いや、どうせ嘘だ。そんなハズは……でも、もしかしたら――)

 それは長らく病に苦しめられて来た萩にとって、魅力的な提案に思えた。
 柊木家の伝手を辿り、数多くの医師に診てもらったが、「治療の余地無し」との結果を受け続けた彼にとって、もはやこの病を治すには「外法の術」にでも縋らなければならないのではないか、との思いは少なからずあったのは事実だ。

 ――それか今、目の前に……

「病という呪縛から解放されるには、それなりの危険リスクを伴うもの。ですが、これほどまでの技量を持つ貴方ならば、もしかしたら……という希望は見いだせましょう。さぁ、どうです? 長らく自らの身を縛っていた鎖を引き千切り、貴方を嘲り、見捨てた者たちへ復讐を果たすためにも……」
 気付けば攻撃は止まっている。じっと見つめてくるゼータは、「あとは貴方の返答次第」とでも言うかのように、不気味さを孕んだ微笑をその顔に浮かべるだけ。

 提案を受け入れたことによる裏切りとその対価。罪悪感と病気の治癒という二つの思いに挟まれた萩は、いつの間にか握っていた氷剣を手放し、思考の海に沈んでいた。

 ――あの両親は自分をどうした?
 教えてやろう。「見限った」のだと。

 ――病という枷を嵌められた自分を、周りの奴らはどう評価した?
 教えてやろう。「不本意な二つ名を与えて嘲笑った」のだと。

 ――全く……とんだ道化師ピエロじゃないか。

 あぁ、そうだ。両親の気を惹きたい一心で、どれだけ勉強と剣術に打ち込んでも、あの二人の意識はお前には向けられる事はない。
 周りの奴らもきっとこう思ってるハズだ。「病が自分、あるいは自分の子に発現しなくて良かった」と。

 ――ならば、この甘い誘いに身を任せても……

「それは事実か? もしそうなら……」

 続く言葉を手ぐすね引いて待ち侘びるゼータは、その顔に浮かべた笑みをさらに濃くする。

「俺は――へぐっ!?」

 だが、相対する彼女が待ち侘びた言葉は、横合いから突然現れた人物に遮られてしまう。
「……まったく。不快なことこの上ないですね。『昔の自分』を見ているようで」
 カツン、と杖を地につけて鳴らし、堂々たる姿で倒れた萩の横に立ったリーナは、ため息混じりに呟いた。
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