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本編

第120話 深紅の呪い竜⑥

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「ふふっ。どうですか? 自らが信頼する仲間たちから攻撃を受ける気分は……」
 動揺するツグナの耳に、聞き覚えのある声が届く。ハッと声のした方に顔を向ければ、彼女たちの後ろから笑みを浮かべたゼクスが姿を現した。
「お前の仕業か……」
 抑揚のない、剣呑な表情を湛えながら訊ねるツグナに、対するゼクスは口の端を持ち上げて告げる。
「えぇそうです。私の力で彼女たちの心と身体を支配させていただきました。いや、実に優秀な手駒が手に入りましたよ」
「……何だと?」
 ツグナは相手の口から発せられた言葉に、さらに敵意を高めながら問いかける。
「彼女たちのおかげで私の忠実な下僕たちが多数倒されたのでね。その代わりにとこの力で支配したのですが……良い拾い物をしましたよ。なるほど、確かに私の下僕を倒すだけの力はある」
「拾い物、だと?」
「えぇ、これほどまでに優秀で、戦闘力のある道具はおりませんよ。ふむ……見れば器量もそれなりにいいようですし、持ち帰ったら主に相談して我々の組織の資金集めの一環として、見世物とするのも良さそうですねぇ……」
「っ――!」
 ゼクスの言葉に、ツグナは一瞬で彼の近くに迫り、手にした刀を振り下ろす。しかしながら、両者の間に割って入ったアリアの細剣によって振り下ろされた刃は受け止められた。
「いけませんねぇ……まだ状況が理解できてないのですか? 彼女たちの心と身体はすでに私の手の中にあるのですよ?」
 アリアによって攻撃を阻まれたツグナは、一度距離を置いてゼクスを睨みつける。
「……彼女たちを解放しろ」
 わずかに顔を俯かせ、絞り出すように言葉を発したツグナだったが、その言葉が却ってゼクスの不快感を呼び起こす。
「何なんですか、その物言いは。もう少しマシな頼み方というものがあるでしょう?」
 ゼクスは徐に傍らにいたキリアの髪を持ち上げ、自らの鼻に宛がう。フローラルな香りが彼の鼻腔をくすぐる一方、耐えがたい屈辱を負わされたはずのキリアの表情は眉一つ動かない。
「っ――!! やめろ!」
「ハッ! 煩いわガキが! 仲間を人質に取られ、ギャアギャアと喚くだけしかできない貴様に何ができる? その刀で大事な仲間を傷つけるのか?」
「……くっ!」
 ゼクスの放った言葉に、ツグナは一度ギュッと目を閉じ、やがて静かに刀を鞘に納めた。
「……フン、最初からそうしていればいいものを。それと、あのドラゴンロードに纏わりつくヤツらも下げさせろ」
「なっ――!?」
 ハッと顔を上げて驚くツグナに、笑みを消したゼクスはさらに言葉を発する。
「アレも貴様の力だろう? 目障りだ」
「………………」
 追加された相手からの注文に、ツグナは奥歯を噛みながらもわずかに躊躇いの態度を見せる。しかし、ゼクスはそれを良しとせず、眉根を寄せながら口を開いた。
「どうした? 私の言葉が聞けないのか? 折角手に入った駒ではあるが……仕方がない。駒同士で潰し合いでもさせようか……?」
 訊ねたゼクスがパチンと指を弾くと、彼の前に立つソアラたちがそれぞれの得物を掲げる。

「ぐっ……わ、分かった」

 仲間を人質に取られ、相手の脅迫に屈したツグナは、悔し気な表情を浮かべながらハクタクと迦楼羅を引き抜いた魔書の中に送還する。

 完全に丸腰となった彼の前には、ゼクスの力で支配された仲間たちが並び、背後にはドラゴンロードが逃げ場を塞ぐように立っている。

 戦場での孤立。それはまさに死を告げられたのと同義な状況だ。

「せめてもの手向けに、最期は大切な仲間たちの手で逝かせてあげましょうか? あぁ……それとも惨たらしくドラゴンロードに喰い千切られる方がお好みですか? 私としてはどちらでも構いませんが……」

 ゼクスの嘲笑とともに吐き出された言葉がツグナの耳を通り過ぎていく。
(俺は何もできないまま、ここで終わりなのか……?)
 ふとそんな思いが彼の脳裏を掠めた。襲い掛かる虚無感に、すべてを諦めようとしたツグナだったが、視線の先に立つ仲間たちが流す涙に気付き、ハッと我に返る。

(ここで終わり、だと? ふざけんな! 俺はまだ終わっちゃいない……いや、始まってすらいない!)

 ――信じてるから

 ソアラたちの目から流れ落ちる一筋の涙が、言葉として出ない彼女たちの本心だと悟ったツグナは、その思いに応えるように、自らの内に眠る強大な力を行使する。

「仲間の手で殺される? 喰い千切られる? ……どちらでも構わないだろうって? 俺はどっちも御免だね」
「何? 貴様、まだ分からな――」
 その瞳に強い意志を宿したツグナに、今度はゼクスがその表情を歪ませながら呟く。そして、見せしめにと自身の支配の力で前に並ぶキリアたちに指示を飛ばそうとしたその時――

「――魅せろ、色欲エンヴィー、起きろ、傲慢プライド

 ツグナの持つ七つの大罪――「色欲」と「傲慢」が敵に牙を向いた。
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