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本編
第072話 魔煌石を巡る攻防(西の陣)⑥
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「う~ん……とりあえずこっちは決着がついたことだし、他のところの応援に――」
キリアは意識を失って倒れているイプシロンから視線を外すと、一度ぐっと大きく伸びをした後にぐるりと首を回して軽く凝りを解す。バキバキと鳴る肩と首に「今度整体に行くべきかな」などと場違いな思いを抱きながらその場を去ろうとしたキリア――その腕を
「あ、あのっ!」
伸ばした椿の手がガシッと掴む。
「――『お姉様』と呼ばせてもらってもいいですか?」
そして続けざまに告げられた一言に、「え゛っ……」とキリアの表情が凍りついた。
「あの冷徹な眼差しと詰将棋の如く着実に敵を追い詰める話術と圧力。そして圧倒的な技量ッ!! あぁっ……もしあの敵が自分だったらと思うと……――ん゛ん゛っ!? 想像しただけで濡れますッ!!」
膝を内股に軽く曲げ、小刻みに身を震わせながら上気した顔で擦り寄る椿に、キリアは掴まれた方とは逆の手をペシリと額に打ち付けながら「やってしまった……」と後悔する。
そもそも、キリアはこうして前面に立って戦うことは想定していなかった、というのが彼女の偽らざる思いであった。
――自分は前衛の「支援」や敵の行動を「阻害」することに長けた魔術師。なればこそ、後ろから目立たず、それとなく戦いを補助すれば良い。それが「支援魔術師」としての立ち位置なのだから。
そうした考えから、彼女は当初、やや離れた位置から椿とイプシロンの戦況を見ていたのだ。
しかしながら、状況はキリアの想定を大きく超えた方向に転がり始めた。想定外の状況を生んだ引き金となったのは、「イプシロンが予想よりも早く覚醒し、戦闘スタイルがガラリと様変わりしたこと」にある。当初は両手に握った双短剣を用いた、手数重視の前衛職であったのが、覚醒を経てバンシーとなったことで「状態異常の付与」に特化した戦術に切り替わった。
これが覚醒後も同じような戦闘スタイルであったならば、キリアの出番はほぼ無かったであろう。
だが、異常状態の付与という搦め手主体の攻撃となったことで、キリアの「支援」が戦況を左右し得る状況が発生したのだ。おまけに「染まりやすい」という椿の術式そのものの特性から、「後方から適度に支援する」という選択肢も消えたのだ。
そのため、キリアがある程度正面切って戦わなければならなくなったのは致し方ないものだったと言えよう。
(うん……そうよね。私は悪くない。むしろ「良くやった」と褒められてしかるべきよ。ただ――)
この変態をどうしようか……
ガッチリと腕を掴まれ、ギュッと密着させている椿を振り解くのは至難の業だ。それにこのまま黙って去ったとしても、あの(若干恐怖を覚える)一途な目には、「地の果てまで追い求めてやる」という気概が感じられ、「返答しなかったら最後、絶対に後悔する」との直感が瞬時に働いたキリアは――
「えっ……えぇ、まぁ。単に呼ぶくらいなら――」
引きつらせた笑顔のまま、椿の申し出を受け入れるのであった。
だが、この時キリアは深く考えずにその呼び名を承諾してしまったことを後になって物凄く後悔することになる。
(やった! やったやったやったやったやったやったやった!!! グフフ……これで「お姉様獲得作戦」の第一段階はクリア、と。フフッ……逃しませんよ、お姉様。ようやく出会えた、私の好みにドストライクな方ですから……)
睨め付けるような視線に、キリアは背中をぶるりと怖気が走ったものの、他の仲間のことが気がかりであったがために、「気のせいか……」と気にも留めずに先を急ぐのであった。
キリアは意識を失って倒れているイプシロンから視線を外すと、一度ぐっと大きく伸びをした後にぐるりと首を回して軽く凝りを解す。バキバキと鳴る肩と首に「今度整体に行くべきかな」などと場違いな思いを抱きながらその場を去ろうとしたキリア――その腕を
「あ、あのっ!」
伸ばした椿の手がガシッと掴む。
「――『お姉様』と呼ばせてもらってもいいですか?」
そして続けざまに告げられた一言に、「え゛っ……」とキリアの表情が凍りついた。
「あの冷徹な眼差しと詰将棋の如く着実に敵を追い詰める話術と圧力。そして圧倒的な技量ッ!! あぁっ……もしあの敵が自分だったらと思うと……――ん゛ん゛っ!? 想像しただけで濡れますッ!!」
膝を内股に軽く曲げ、小刻みに身を震わせながら上気した顔で擦り寄る椿に、キリアは掴まれた方とは逆の手をペシリと額に打ち付けながら「やってしまった……」と後悔する。
そもそも、キリアはこうして前面に立って戦うことは想定していなかった、というのが彼女の偽らざる思いであった。
――自分は前衛の「支援」や敵の行動を「阻害」することに長けた魔術師。なればこそ、後ろから目立たず、それとなく戦いを補助すれば良い。それが「支援魔術師」としての立ち位置なのだから。
そうした考えから、彼女は当初、やや離れた位置から椿とイプシロンの戦況を見ていたのだ。
しかしながら、状況はキリアの想定を大きく超えた方向に転がり始めた。想定外の状況を生んだ引き金となったのは、「イプシロンが予想よりも早く覚醒し、戦闘スタイルがガラリと様変わりしたこと」にある。当初は両手に握った双短剣を用いた、手数重視の前衛職であったのが、覚醒を経てバンシーとなったことで「状態異常の付与」に特化した戦術に切り替わった。
これが覚醒後も同じような戦闘スタイルであったならば、キリアの出番はほぼ無かったであろう。
だが、異常状態の付与という搦め手主体の攻撃となったことで、キリアの「支援」が戦況を左右し得る状況が発生したのだ。おまけに「染まりやすい」という椿の術式そのものの特性から、「後方から適度に支援する」という選択肢も消えたのだ。
そのため、キリアがある程度正面切って戦わなければならなくなったのは致し方ないものだったと言えよう。
(うん……そうよね。私は悪くない。むしろ「良くやった」と褒められてしかるべきよ。ただ――)
この変態をどうしようか……
ガッチリと腕を掴まれ、ギュッと密着させている椿を振り解くのは至難の業だ。それにこのまま黙って去ったとしても、あの(若干恐怖を覚える)一途な目には、「地の果てまで追い求めてやる」という気概が感じられ、「返答しなかったら最後、絶対に後悔する」との直感が瞬時に働いたキリアは――
「えっ……えぇ、まぁ。単に呼ぶくらいなら――」
引きつらせた笑顔のまま、椿の申し出を受け入れるのであった。
だが、この時キリアは深く考えずにその呼び名を承諾してしまったことを後になって物凄く後悔することになる。
(やった! やったやったやったやったやったやったやった!!! グフフ……これで「お姉様獲得作戦」の第一段階はクリア、と。フフッ……逃しませんよ、お姉様。ようやく出会えた、私の好みにドストライクな方ですから……)
睨め付けるような視線に、キリアは背中をぶるりと怖気が走ったものの、他の仲間のことが気がかりであったがために、「気のせいか……」と気にも留めずに先を急ぐのであった。
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