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本編

第044話 交錯する思惑①

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「うっ……ここ、は――」

 幸運にもツグナにより窮地を救われた千陽は、ナイトオーガとの交戦場所から近くの病院で目を覚ました。どこか霞がかった、ぼんやりとした意識が徐々にクリアになるにつれ、彼女の目に見慣れない天井がハッキリと映し出されていく。

「あっ! お姉ちゃん! 気が付いたんだね。よかったぁ~」
「か、叶絵かなえ……」

 ふと漏れた言葉に反応を見せた聞き慣れた声に、千陽がそちらの方に顔を向ける。するとそこには、ほっと安堵の息を漏らす妹の御水瀬おみなせ叶絵かなえの姿があった。そして彼女の隣には、父である御水無瀬おみなせ健介けんすけも一緒にいた。

「わ、私……どれくらい寝てた……?」
「二時間くらいだよ。んもぅ、ビックリしたんだからね。急に学校の先生からお姉ちゃんが病院に担ぎ込まれた、って聞かされたんだから。慌てて駆け付けてみたけど、『気を失っているだけ』って言われてさ。怪我もないし、なんだかぐっすり寝てるし……」
 ホントに病院に担ぎ込まれるほどの事態だったのか? 単に寝てたいだけじゃないの? などといった叶絵の思いを滲ませた目を千陽は向けられる。

「あはははは……心配かけてゴメン」
 彼女はとりあえず場を取り繕おうとゆっくりと上半身を起こし、頬を指で掻きながら謝る。まだ目が覚めたばかりで意識が完全に覚醒した感覚までには戻っていないものの、幸いなことに気怠さや身体の異常はなかった。

「まぁ大事にならなくて良かったよ。とりあえず、ナースステーションに寄って、お姉ちゃんが目を覚ましたことを伝えて来るね」
「うん、そうだね。お願い」
 叶絵がそう言って席を立つと、パタパタと足早に病室を出ていく。その様子を黙って見ていた健介が、千陽の顔を真っ直ぐに見ながら問いかけた。

「――すまなかったな。今回はこちらのミスだ。二体目の魔物を把握した時点ですぐに伝えるべきだったんだが、既にそちらは交戦中だったからな……一瞬伝えるか迷ったのがこのような事態に……」
 健介は口惜しそうに軽く唇を噛みながら言葉を漏らす。当主たる彼は、いわば作戦における司令塔だ。今回は運良く大事には至らなかったとはいえ、指示した者を危険にさらしたのは事実である。特にそれが自分の娘であったがために、健介はいつも以上に気落ちしていた。

「ううん、お父さんは悪くないよ。あの時、不測の事態に対処できなかったのは、純粋に私の力が足りなかったからだよ。持っていた呪符も少なかったことも要因だし……」
 首を横に振りながら、やんわりと健介の言葉を千陽は否定する。事実として、あの時は二体目の魔物に対し、千陽は有効打を与えられなかった。

 純粋に手札が足りなかったこと、武具を持った魔物に怯んでしまったこと、恐怖で体が震えて連絡を取るということが頭からすっぽ抜けていたことなど……後から自分の行動を振り返ってみると、「あの時ああしていれば……」といくつも改善するべき点が見えてくる。

「そう言ってくれると助かる。千陽と叶絵はいにしえより『退魔の五家』の一つ、御水瀬家に連なる者だ。跡取りとしても、家族としても……あまり無茶なことはするなよ?」
「……うん、分かってる」
 カリカリと頭を掻きながらも健介のやんわりと嗜める言葉に、千陽は力なく頷きながら答えた。

「それで、だ。話は変わるが、聞きたいことがある」
「な、何? 改まって……」
「コイツは……一体誰が仕留めたんだ?」
 首を傾げながら問いかける千陽に、気を取り直した健介はポケットから拳大ほどの紅色の石――先ほど回収したばかりの魔煌石を取り出して見せながら静かに訊ねた。
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