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本編

第016話 いざ征かん、学校という名の日常へ①

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 光陰矢の如し、とは有り難い先達らの言葉だが、ツグナにとってはこの言葉が「本当にその通りだ」と頭を縦に振るほどに短い準備期間であった。カレンダーに刻まれた印は4/6まで埋まり、今日――4/7はツグナたちが学校に通う日――を迎えた。

「まさか、また・・高校生になるとは……夢にも思わなかったな」

 おろしたての制服に袖を通しつつ、姿見に映った自分を見ながらツグナは呟く。ディエヴスにより授けられた「纏装の指輪」の効果により、姿見に映し出された自分の顔は、かつてこの日本で生きていた時と同じ黒髪黒眼の顔だ。「界渡り」の際に潜ったゲートの効果で年齢は15歳となり、若干中性的な顔つきにはなっているものの、その顔は以前まで見慣れたものであった。

「あ、ツグナ。おはよー」
「おはよ。珍しいな、ソアラが朝早くに起きるなんて……こりゃあ雷でも降って来るか?」
「うわっ、酷いよソレ~。私だっていつも寝坊してるわけじゃないんだよ? あの朝起きた時に感じる丁度いい暖かさの毛布が悪いんだよ……つい、あと5分……あと3分だけ……ってなるのが当然じゃない?」
「いや、それは毛布のせいじゃなくて自分の意識の問題だろ……」

 階下のリビングにやって来たツグナに、同じ制服姿のソアラが声をかける。チラリと壁に掛けた時計を見れば、まだ時刻は朝の6時前だ。ツグナは朝食の準備をするため、ほぼ毎日のように朝が早いのだが、今日のように彼よりも早くソアラが起きて来るのは滅多にない。

「えへへ……そう言えばそうなんだけどね。でも、今日はホントにすんなり起きられたんだよ? ちょっとばかり緊張しちゃってるんだと思う。どんなトコなんだろう、どんな人がいるんだろう……ってあれこれ考えてるうちに目が冴えてきちゃって……」
 両手の人差し指を突っつき合わせながら照れ臭そうに呟くソアラに、ツグナは思わず「遠足前の子どもか!」と突っ込みたくなるのを抑え、ふつふつと込み上げて来る笑いを堪える。

「うぁっ!? ヒドイよもぅ……」
 そんな彼の反応に、ソアラはショボンと顔をわずかに伏せる。もし、今のソアラに今までのような耳がついていたのであれば、それはペタリと力なく頭に付いていただろう。それほどまでに分かりやすく落ち込んでいた。

「悪い悪い。ただ、想像したらちょっと可笑しくてな。まぁ初日だし、そんなに長い時間拘束はされないだろうけど、あんまり寝れなかったのは感心しないぞ。休む時に休まないと、身体が保たないからな」
「うん、気をつけるよ」

 その後、しばらくして朝食の準備をすすめているツグナに、低血圧なリーナが気怠い様子で降りて来るのに続き、グシャグシャの寝癖頭のアリアが姉の背を押しながらリビングに入ってくる。そして制服には着替えたものの、欠伸混じりで眠気が取れていない様子のキリアが最後に降りて来た。

「ったく、それぞれ寝不足気味ってか? 待ってろ。今目の覚めるもの持ってくるから」
 軽くため息を吐きながら呟いたツグナは、キッチンで人数分の紅茶とコーヒーを用意する。

 4月とはいえ、まだまだ朝は冷え込む日が続いている。それもあってか、紅茶はジンジャーティーを3つ、コーヒーを2つ用意する。なお、これらの紅茶とコーヒーは、それぞれにハチミツを少し加えてしつこくない甘さをプラスしたツグナのオリジナルだ。

「ほれ、あったかい紅茶とコーヒーだ。紅茶はソアラとリーナとアリア、コーヒーは俺とキリアな。もう少ししたら朝食持ってくるから、それ飲んで待ってろ。ただ、リーナとアリアは制服に着替えとけよ? さすがに寝間着のままじゃあマズイだろ」
「うぁ……わ、分かりました、兄さん……」
「りょーかーい。これ飲んだら着替えて来るよ、ツグ兄~」

 低血圧でぐったりのリーナは呻くような声音で、アリアはグシャグシャの髪を掻きながらそれぞれに返事をする。
 そして二人が制服姿でリビングに戻り、朝食を食べ始めた頃には、窓の外から青空と共に朝の陽の光が差し込む時間となっていた。
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