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本編
第005話 神様からのお願い、という名の迷惑①
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「――オイ。今、何つった?」
ディエヴスの発言を契機に、それまで和気あいあいとした空気でそれぞれに会話を楽しんでいたリビングが、突如としてプツリと会話が途切れた。水を打ったように静まり返ったリビングに、微かに上擦ったツグナの声が響く。
(ち、地球って言ったのか? それってアレだよな?)
逸る気持ちをどうにか抑え、ツグナはただじっと相手の言葉を待った。
「行って欲しいんだ。キミが転生前に生きていた世界――地球に」
「何故……今になってだ? ワケを聞かせてもらおうか」
ツグナはガシガシと頭を掻きながらも心の底からふつふつと湧き上がる様々な感情を、深く吐いた息と共にぐっと押し殺す。「ふざけてるのか?」と口を突いてでそうになるその言葉を呑み込み、ツグナはただテーブルの上に置いた手を握り締めてそれだけを告げた。
そもそも、ツグナはディエヴスの「手違い」によりその短い一生を終えることとなり、手違いの詫びとして今のこの世界に転生を果たした。ツグナにも転生前の世界――つまり、地球に対する未練がないわけではない。彼が過ごした日本には、両親や友人がいたのだ。原因こそ神様の手違いという不可抗力ではあれど、唐突にそれまでの関係を全て断ち切って転生を果たした彼にとって「一言くらい別れの挨拶を」と望むことは自然なことだ。
リリアやシルヴィ、そして「ヴァルハラ」のみんなと関わり合うことで、どうにか転生前のことに折り合いをつけられるようになったのはつい最近のことだ。大陸全土に渡った大戦が終結し、これまでのことを振り返る時間ができたからこそ気持ちに踏ん切りが付けられた部分はある。
――けれども、どうして今になって……
ツグナからすれば「もともとこうなったのはお前のせいだろ」と問い詰めたい思いはある。しかしながら、ディエヴスの尋常ではない様子に、彼は「まずは話だけでも聞いてみるか」と気持ちを落ち着けたのだ。
対するディエヴスは一瞬だけその目を細め、頬をわずかに緩ませる。言葉としては出さないものの、取り乱すこともなく冷静な態度を見せるツグナに、彼は心の中で「ありがとう」と深く頭を下げつつ話を続けた。
「理由は二つある。一つ目が地球――特に日本から無視できないほどの人間が、こことは異なる複数の世界に召喚されている事態が生じていること。二つ目が、異世界への召喚の際に生じた『穴』によって、地球には存在しない魔物が入り込んでいること。これらのことから、早急な対処が必要だとの決定に至ったんだよ」
ディエヴスはピッと人差し指と中指を順に立てながら理由を語る。
「うん? ちょっと待った。日本から別の世界に……? でも、俺もそうしたケースのうちのひとつだろ? それに、これまでにも似たようなことはあったんじゃないのか?」
ツグナの脳裏にふと「神隠し」との言葉が思い浮かぶ。古くから突如としてある人物の存在が掻き消え、その足取りが全く掴めなくなる……ということは古今東西の昔話や伝承、言い伝えとして存在されているケースがある。
「確かにキミは転生という形で異世界に送られた。けれども、それはもともとボクの手違いが原因なワケだし、キチンとした手続きを経た上で転生したのだから、例外と考えていいよ。また、キミの言う通り、確かにフッと人の消息がなくなる現象はないこともない。ただ、ここ最近はその数が『異常』なんだ。その数、何と年間で15万人にも及ぶ」
「15万っ! ……って実際のところはどうなんだ? ただ数字だけを言われてもピンと来ないが」
ツグナは眉根を寄せながら言葉を返す。その発言に対し、ディエヴスは「まぁそうだよね」と苦笑いを浮かべながら話を続ける。
「参考までに話をすると、ここ5年くらい前までは年間10万人を切る水準で推移していたんだ。だが、そこから徐々に数が増え始め、今では単純計算で一日400人ほどが失踪する事態になっている。一時間に換算すると、およそ17人が失踪しているってことだね」
「一日400人、か……確かにそう言われれば多いと感じるかもな。だが、その失踪者がどうして異世界に召喚されたと分かった?」
「そ、それは……彼らが召喚された世界が、どれもボクが管理している世界だったからだよ」
「なるほどな。だが――」
ディエヴスの言葉に、ツグナは一定の理解を示しつつも、途中でその言葉を切る。
「何故、こんなに増える状況にまで放置されたんだ?」
ツグナの言葉に、ディエヴスの挙動が明らかにおかしくなる。目は泳ぎ、身体は微かに震えている。
「そ、それは――」
「それは?」
真っ直ぐ目を見て訊ねるツグナに、いよいよ追い詰められたディエヴスは、今にも泣きそうな顔で白旗を上げる。
「……………ボクがここに入り浸っていたから、デス」
直後、「あはははは……」と笑って流そうと試みるディエヴスだったが、それが却ってツグナたちの不興を買い、絶対零度の冷たい目を向けられるハメになった。
ディエヴスの発言を契機に、それまで和気あいあいとした空気でそれぞれに会話を楽しんでいたリビングが、突如としてプツリと会話が途切れた。水を打ったように静まり返ったリビングに、微かに上擦ったツグナの声が響く。
(ち、地球って言ったのか? それってアレだよな?)
逸る気持ちをどうにか抑え、ツグナはただじっと相手の言葉を待った。
「行って欲しいんだ。キミが転生前に生きていた世界――地球に」
「何故……今になってだ? ワケを聞かせてもらおうか」
ツグナはガシガシと頭を掻きながらも心の底からふつふつと湧き上がる様々な感情を、深く吐いた息と共にぐっと押し殺す。「ふざけてるのか?」と口を突いてでそうになるその言葉を呑み込み、ツグナはただテーブルの上に置いた手を握り締めてそれだけを告げた。
そもそも、ツグナはディエヴスの「手違い」によりその短い一生を終えることとなり、手違いの詫びとして今のこの世界に転生を果たした。ツグナにも転生前の世界――つまり、地球に対する未練がないわけではない。彼が過ごした日本には、両親や友人がいたのだ。原因こそ神様の手違いという不可抗力ではあれど、唐突にそれまでの関係を全て断ち切って転生を果たした彼にとって「一言くらい別れの挨拶を」と望むことは自然なことだ。
リリアやシルヴィ、そして「ヴァルハラ」のみんなと関わり合うことで、どうにか転生前のことに折り合いをつけられるようになったのはつい最近のことだ。大陸全土に渡った大戦が終結し、これまでのことを振り返る時間ができたからこそ気持ちに踏ん切りが付けられた部分はある。
――けれども、どうして今になって……
ツグナからすれば「もともとこうなったのはお前のせいだろ」と問い詰めたい思いはある。しかしながら、ディエヴスの尋常ではない様子に、彼は「まずは話だけでも聞いてみるか」と気持ちを落ち着けたのだ。
対するディエヴスは一瞬だけその目を細め、頬をわずかに緩ませる。言葉としては出さないものの、取り乱すこともなく冷静な態度を見せるツグナに、彼は心の中で「ありがとう」と深く頭を下げつつ話を続けた。
「理由は二つある。一つ目が地球――特に日本から無視できないほどの人間が、こことは異なる複数の世界に召喚されている事態が生じていること。二つ目が、異世界への召喚の際に生じた『穴』によって、地球には存在しない魔物が入り込んでいること。これらのことから、早急な対処が必要だとの決定に至ったんだよ」
ディエヴスはピッと人差し指と中指を順に立てながら理由を語る。
「うん? ちょっと待った。日本から別の世界に……? でも、俺もそうしたケースのうちのひとつだろ? それに、これまでにも似たようなことはあったんじゃないのか?」
ツグナの脳裏にふと「神隠し」との言葉が思い浮かぶ。古くから突如としてある人物の存在が掻き消え、その足取りが全く掴めなくなる……ということは古今東西の昔話や伝承、言い伝えとして存在されているケースがある。
「確かにキミは転生という形で異世界に送られた。けれども、それはもともとボクの手違いが原因なワケだし、キチンとした手続きを経た上で転生したのだから、例外と考えていいよ。また、キミの言う通り、確かにフッと人の消息がなくなる現象はないこともない。ただ、ここ最近はその数が『異常』なんだ。その数、何と年間で15万人にも及ぶ」
「15万っ! ……って実際のところはどうなんだ? ただ数字だけを言われてもピンと来ないが」
ツグナは眉根を寄せながら言葉を返す。その発言に対し、ディエヴスは「まぁそうだよね」と苦笑いを浮かべながら話を続ける。
「参考までに話をすると、ここ5年くらい前までは年間10万人を切る水準で推移していたんだ。だが、そこから徐々に数が増え始め、今では単純計算で一日400人ほどが失踪する事態になっている。一時間に換算すると、およそ17人が失踪しているってことだね」
「一日400人、か……確かにそう言われれば多いと感じるかもな。だが、その失踪者がどうして異世界に召喚されたと分かった?」
「そ、それは……彼らが召喚された世界が、どれもボクが管理している世界だったからだよ」
「なるほどな。だが――」
ディエヴスの言葉に、ツグナは一定の理解を示しつつも、途中でその言葉を切る。
「何故、こんなに増える状況にまで放置されたんだ?」
ツグナの言葉に、ディエヴスの挙動が明らかにおかしくなる。目は泳ぎ、身体は微かに震えている。
「そ、それは――」
「それは?」
真っ直ぐ目を見て訊ねるツグナに、いよいよ追い詰められたディエヴスは、今にも泣きそうな顔で白旗を上げる。
「……………ボクがここに入り浸っていたから、デス」
直後、「あはははは……」と笑って流そうと試みるディエヴスだったが、それが却ってツグナたちの不興を買い、絶対零度の冷たい目を向けられるハメになった。
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