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本編

第003話 大戦のあとにもたらされた神様の依頼③

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「――それにしても珍しいな。最近は全員が揃って食事するのはあんまりなかったと思うけど」

 スプーンで掬ったスープを口に運びつつ、ツグナは率直な思いを言葉にする。不意に口から零れた彼の言葉に、隣でパンを齧っていたソアラが耳聡く反応を見せる。

「あぁ、そう言えばそうかも。なんだかんだ、私も学院での臨時講師にギルドの依頼と忙しかったからね」
「私もそうね。ソアラは実技担当だからそんなに準備はかからないんだけど、私は臨時講師とはいえ、魔法理論の講義を担当してるから色々と任されるのよねぇ……」

 ソアラに続き、シルヴィの横で紅茶の入ったカップを傾けるキリアがややげんなりとした様子で小さなため息を吐いて愚痴を零す。彼女は味方への支援や敵の行動を阻害するといった類の魔法に高い適性を持つ「補助系統魔法」の持ち主だ。

 戦闘面では敵に状態異常をかけたり、逆に味方の攻撃力や防御力を上げる支援を行うなど、戦闘の選択の幅を広げられる重要な役割を担う。これまでこの系統魔法は戦闘に直接参加するタイプの魔法ではないため、あまり重要視されなかった。

 しかし、先の大戦で戦闘に慣れているはずの冒険者が大苦戦を強いられ、多くの犠牲者も出た。

 今となっては仮定の話だが、もしキリアと同じ補助系統魔法を習熟している魔法使いがいれば、あと一割ほどは犠牲者を減らせた余地はあるとも言われている。

 そんな「縁の下の力持ち」な役割を務める補助系統魔法だが、この系統魔法を使いこなすには、的確な状況判断と少ない情報から導き出す状況予測、そしてシビアな魔法再使用時間リキャストタイムマネジメントが求められる。

 特に、リキャストタイムマネジメントは、戦闘が苛烈になるほどに秒単位での管理が求められる。何故なら、効果が現れている魔法を重ね掛けしたところで、効果が消失するまでの時間は多少伸ばすことはできるものの、「1回目に掛けた魔法」と「2回目に掛けた魔法」が重なり合う時間が生じることから、その分魔力を余計に消費してしまうロスが生じるからだ。おまけに魔法同士が反発し合い、既に効果が現れている魔法まで消失する可能性も存在するのだ。
 格下の魔物などの戦闘ならいざ知らず、ハイレベルの戦闘においては、その一瞬の差こそが正に「生死を分ける境目」となるケースが多い。

 刻々と変化する戦況下、味方へ施した支援魔法バフが切れるまでの時間、敵に掛けた阻害魔法デバフが切れるまでの時間を把握しなければならない。そうした「理論化できない技術」は、それ相応の経験が必要となる。

 一人ならまだしも、通常は5~6人単位で戦闘を行うケースが多いため、単純に負荷が多いのだ。

 もともとの成り手が少なかった補助系統魔法のスペシャリストに加え、実戦を経験した者となると、その人数はかなり少なくなる。

 その希少な存在に該当してしまったキリアは、ツグナがかつて教壇に立った王立高等学院にてソアラと同じ臨時講師という立場ながらも、彼女の仕事量はソアラのそれよりも多い。

「臨時講師は大変ね。その点、ただの学生は気が楽だわ」
 そんな軽いため息を吐きながら愚痴を零すキリアとは対照的なのがリーナであった。

「確か、メフィストバル帝国の学校に留学してるんだっけか?」
 リーナの発言に対し、ツグナが飲み干したスープの入っていたカップをテーブルに置いて訊ねる。

「えぇ。以前は私のような留学生の受け入れなどはありませんでしたが、先の戦争を経て徐々に受け入れの体制が広がっているようです」
「ま、あの戦争で王国と帝国が分割統治することになったからな。相手への牽制も含め、これから色々と交流も行われるんだろうな」
 リーナの発言に、ツグナも軽く頷きながら言葉を返す。

「えぇ、兄さんの言う通りかと。今回、丁度枠がありましたので参加させてもらいましたが、やはり魔族という種族の特性からか、魔法に関する技術はあちらに軍配が上がりますね。特に私の持つ適性は火・水・雷の系統魔法の三系統トリプル。火・水・雷・風・地の基本五系統は、やはり長年研究を続けているあの国に一日の長がありますね」
「私も行きたかったわ。あ~、今さらながら自分の魔法適性が憎らしい……」
 カップに入った紅茶を飲み干して発言するリーナに、同じ魔法職であるキリアが頭を抱える。

「でもさぁ、私はリーナ姉についていったから知ってるけど……あっちでも結構教員に捕まっては話をしてたよね? 何してたの?」
「あぁ、向こうの教員から兄さんが体系化させた新しい魔法理論について聞かれてたのよ。教師が学生に教えを乞うのも可笑しな話だけど、理論を打ち立てたのは兄さんですからね。仕方がないと言えばそうなんですけど、その分研鑽の時間が削られて……」
 相当に参ったのか、思い返していたリーナの口から微かにため息が漏れる。

「あぁ、なるほどねー。私は純粋に剣術だけ磨いてたから、そういう話はこなかったなぁ……あ、でも、ちらほらと教員が『新理論について話を聞きたい』って言われたことはあったね。『全部リーナ姉に聞いてください』って投げといたけど」
「アリア! 貴方のせいですか! 大変だったんですよ、次から次へと寄ってくる輩に愛想良く対応するのは!」
「あっははは。ゴメンて、リーナ姉。けど、こっちは剣術がメインだからさぁ……どうしても魔法に関することはそっちに投げるしかなかったんだよ~。結構込み入った内容だったしね」
 当時を思い返しながら話す双子の妹たち。その話を聞きながら、ツグナは「悪いことしたなぁ」と思いつつ苦笑いを浮かべた。

「ソアラとキリアは学院の臨時講師、リーナとアリアは帝国の学校へ留学……と。師匠リリアとシルヴィは?」
「ふむ、今度は私か?」
 丁度出された朝食を食べ終えたリリアは、ツグナから振られた話にナプキンで口元を拭きつつ答える。

「そうだな……これといって代わり映えはしないが、最近はやけに研究に絡んだ質問が飛んでくるようになったな」
「研究って……確か『魔物の生態と分布状況』に関することだっけ?」
「そうだ。これまでにも似たような質問や意見をうかがいたいというものはあったのだがな。だが、最近は特に数が多くなっている」
「へぇ……そうなんだ」

 ――ちゃんと研究者としてやることはやってたんだ……という言葉が口から突いて出そうになったツグナだったが、それを無理矢理呑み込む。

「――うん? 何か失礼なことを考えなかったか?」
「いや、別に何も。気のせいじゃない?」
「……そうか。ならいいが」

 ツグナは彼女のムッとした表情から出た言葉に、内心焦りつつも、平静を装って答える。

(うわっ、危ねぇ……変に勘が鋭いところがあるからなぁ、師匠は。気をつけないと)

「リリアはそうとして、シルヴィも似たような感じ?」

 気を取り直し、ツグナは視線をリリアから移して話題を変える。振られたシルヴィは、「どうかしらねぇ~」と顎に指をあてがいながら考える仕草を見せると、直近の状況を思い返しつつ答えた。

「そうねぇ、師匠の手伝いってことは変わらないわね。ただ、さっきの話にもあったように、ここ最近は舞い込んでくる質問やお伺いが多くて……返答とかは私の方でリアベルの街まで持っていってるのよ。逆に、ウチ宛に来る手紙も、一旦はリアベルのギルドに預かっててもらっているの。こんな場所まで手紙を回収したり、配達したりしてくれるとこなんてないから」
「あ~、そっか。ここ……危険地帯って言われてるんだっけか。確かに、そんな場所まで手紙を届ける人は滅多にいないよな」

 ツグナは困った顔を見せながら語られるシルヴィの説明に納得顔で頷く。「魔の森」とも称されるこの場所については、高位ランクの冒険者でさえも行くことに躊躇いを見せるほどの危険地帯だ。確かにこの場所では他の迷宮ダンジョンでは手に入らないほどの価値がある素材が獲得できるチャンスがあるのは事実だ。

 具体的には、森の外縁部から500メラ進んだエリアには、薬師が飛びつく貴重な薬草や街道付近に生息する魔物から獲れる魔煌石よりも2ランク上のものを持つ魔物が存在する。

 しかし、冒険者は身体が資本の職業だ。ハイリスクの迷宮に潜り、片腕を失って冒険者稼業を引退する、という話はよく耳にする話だ。
 リスクとリターン、そして自分や仲間たちのレベル、役割をしっかりと認識し、冷静に秤にかけられる者が生き残れる。

 もちろんいつもマージンを取って安全に事に当たられるわけではない。しかしながら、高位ランクの冒険者は、得てしてこうしたリスクテイク/リスクヘッジの意識を持っている。

「なるほど。みんな、それぞれに忙しかったワケか。そうなら、今日はこうして朝から揃って食事できたのは奇跡的な確率なのかもな」
 あはは、と笑いながら話すツグナに、他の面々からも口々に「そうだね」などと賛同の声が上がる。

 だが、彼らは知らない。
 ――それが一番立ててはいけないフラグだということを。
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