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番外編

遊園地に行く話

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「わ、えらい人混みやなぁ」
「そうだな」

 太陽が容赦なく照りつけているというのに、翔太の隣にいる男は至って涼しい顔をしている。
 ミニ扇風機をつけていながらも汗が止まらない翔太はその男──宗一の脇腹に軽く拳をお見舞いした。

「…なんだ?」
「べっつにぃ~」

 あの日、翔太が宗一に抱かれてからもう半年以上が経っていた。
 今の二人の関係はただの友達とは言い難く、セックスもこの半年に数えきれないほどしている。
 第三者が見ればセフレ同士という感じだが、翔太は宗一に告白されているから極めて複雑である。
 しかし未だに返事はできていない。翌日にはもうなあなあにされていてすっかり忘れていたのもあるが、こんなに待たせている男を宗一がまだ好きでいてくれてるとは思えなくて、自分からは話を切り出せないでいたのだ。

 何度もヤってるから見慣れているはずの翔太の裸を、毎度毎度目に入れる度律儀に完勃ちするような男なので、大いに欲情してくれてるのは分かる。だが、それがかのパブロフの犬的な作用の可能性も否めない。
 翔太が悶々としていると、宗一が耳元に顔を近づけてきた。

「もしかしてまだ足りなかったか?」
「っ…!」

 腰の辺りをいやらしい手つきで撫でられ、翔太の顔は一気に真っ赤になった。

(イケイケボイスでえっちなこと囁いてくんなやボケっ!)

 ご察しの通り、二人は家を出る時間までズコバコヤっていた。おかげで翔太の尻はまだ異物感が残っており、腰も若干怠い。これから広い園内を回るというのに、宗一は遠慮が無く、翔太に言わせれば「マジで縁切る五秒前」といったところだった。

(ちゃんとお洒落したかったんに)

 ギリギリで家を出た翔太の髪はボサボサ、服はシワシワである。手櫛で直そうにも、癖毛には難しい。
 ブスッと口を尖らせてる翔太をよそに、宗一の瞳にはいつもよりハイライトがあった。
 恋は盲目というのか──いつもよりコンディションの悪い翔太の顔を、傾国の美女に向けるような恍惚とした表情で見つめる。

「楽しみだな」
「……まぁ」

 宗一からの妙な視線を受けながらも、せっかくここまで来たのだから楽しもうと翔太は決意した。

(宗一に食べ物ぜーんぶ奢ってもらお)

 なお、これはちょっとした仕返しである。















✳︎




「う、これ思ってたんより高そう…」
「ああ」

 この遊園地名物のジェットコースターに並ぶことを提案したのは、意外にも宗一だった。
 話を聞いてみれば、今まで一度も遊園地などに行ったことがないらしく、今回それなりに下調べをしたそうだ。
 ちなみにこのジェットコースターは「翔太が好きそう」という理由で宗一の中で推薦された。

 わざわざ下調べをしてくれてたところに不覚にもキュンときた翔太だったが、実は絶叫系はあまり得意ではない。というかむしろ苦手だ。
 しかしせっかく提案してくれた宗一の気持ちを無下にしたくなくて、無理矢理笑顔を作って頷いた。

 
 ──その決断を一時間後後悔することになるとは思わず。


「え、なんかコール鳴ってるっ、もう発車すんの?!」
「気をつけろ」
「無理無理無理、ぅ、うわああああああ!!」

 並んでる時は大丈夫だと思ったのに──
 回想している翔太を乗せたジェットコースターはみるみる加速していく。

「死ぬ! 死ぬてぇええ!」
「落ち着け」

 あまりの浮遊感に思わず叫んでしまう翔太の手を、こんな時でも澄ました顔をしている宗一がそっと握った。

「っ……!」

 何度も肌を重ねているのに、こんな些細なことでドキドキしてしまうなんて。自分よりゴツゴツした手をぎゅっと握り返す。
 吊り橋効果は本当にあるんだなと翔太が実感していると、ジェットコースターはもう終わりに近づいていた。

「お、終わったん……?」
「ああ、降りるぞ」

 ベルトが外され、乗り物から降りた途端、この上ない解放感を味わった。
 今の翔太の顔色は入園前よりずっと悪いだろう。肩は落ち、顔は青ざめている。

「はあぁ…えらい酷い目に遭った…」
「大丈夫か?」

 「大丈夫なわけあるかい!」と宗一に噛みつきたくなったが、そんな元気もない。背中をポンポンされながら誘導された先はベンチだった。

「座っとけ。水買ってくる」
「うん……」

 ふぅと息を吐くと、少しマシな気分になった。さっきからずっと宗一と目を合わせられなかったが。

(だって、悲しませたかもしれんやん)

 きっと彼は、翔太が喜んでくれるのかと思ったに違いない。現実は散々騒いで気分悪くなって水を買いにいかせてしまう始末。多少は罪悪感も湧く。

(呆れたかな? そーいち…)

 ──ピトッ。

「ぅひゃあ?!」

 頬にいきなり走った冷たい感覚に、思い切り声が裏返った。バッと顔を上げると、水のペットボトルを持った宗一が、心なしか心配そうにこちらを見下げていた。

「これ飲め」
「ありがと…っじゃなくて、何すんねん! めっちゃ冷たかってんけど!」

 きゃんきゃんと吠える翔太も構わず、宗一は淡々と返す。

「遠い目してたから」
「……さいですか」

 意識を現実に戻してあげよう、という宗一の有難い心遣いだったのだ。ジト目になりながらも、渡されたペットボトルを開けてぐびぐび喉に通す。
 半分くらい飲んで蓋をすると、宗一がぽつりと呟いた。

「無理させて悪い」

 それを聞いた瞬間、翔太の中に燻っていた罪悪感が更に増した。無理矢理にでも楽しんでる演技をすれば良かったんだろうか。終わったことだから取り戻せないが、もう少し──

「…今、変なこと考えてるだろ」
「へ」
「俺は何も気にしてない。深く考えすぎだ」

 少し空いていた距離を詰めると、優しい手つきで、翔太の頭を撫でた。

「う…」

 ぽっと赤らんだ翔太の頬に、宗一は気分良さげにする。
 疲れてて少し気分がネガティブになっていたのかもしれないな、と気持ちを切り替えることができた。

「回復したら、お前の好きなところに行こう」
「うん、ありがと」

 やっぱり返事をするのはまだ躊躇われるけど。
 いつか勇気を出せたらいいな、と宗一を見ながら微笑んだ。






〈了〉


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