わたしの流れ方

阿波野治

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闘鶏広場の敗北者

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 広場は獣臭さに満ち満ちている。巨大な檻の中にすし詰めになっているのは、鶏たち。彼らは本来食用だが、とある事情により、闘鶏として闘わせられることになっている。鶏たちの足元には、足の踏み場もないほど糞が散らばっている。獣臭さとは、畢竟糞尿の匂いなのかもしれない。
 広場を囲うように細長いテーブルが設置され、席は既に全て埋まっている。着席しているのは全員、肥満した外国人。皿はまだテーブルまで運ばれてきていないというのに、フォークとナイフを握り締め、口角から夥しく涎を垂れ流している。料理が食べたくて、食べたくて、仕方がないのだ。料理に使われる食材は、無論鶏。社会では弱者が食い物にされるが、この広場では敗者が食い物にされるのだ。
 広場から少し離れた場所で、色とりどりの風船が一斉に空へと放たれた。色のバリエーションは数え切れず、総数は檻に押し込められた鶏の数を圧倒している。闘鶏大会がもうじき始まる合図だ。外国人たちは歓声を上げ、フォークとナイフでテーブルの天板を叩き始めた。良かれ悪しかれ、何かが始まる予感を抱かせるに相応しい、そんな騒々しさだ。
 突然、爆発音が轟いた。風船の一つが爆発したらしい。
「テロルだ! テロルだぁ!」
 外国人たちは口々に叫びながら、こけつまろびつ広場から逃げ去っていく。酷く慌てているにもかかわらず、いや、酷く慌てているからこそなのか、誰もがフォークとナイフを握り締めたままだ。鶏たちは爆発音に対しては平然としていたが、外国人たちの慌て様に驚いたらしく、パニックを起こして檻の中を逃げ惑い始めた。やかましい鳴き声が周囲の空気を掻き乱し、舞い散る羽毛が格子と格子の間から外へと溢れ出す。
 闘鶏大会の関係者や観客を狙ったテロルならば、犯人は観客席や檻に向かって爆発物を放つはずだ。風船に爆発物を仕掛けても、テロリストにとっては一文の得にもならない。従って、風船が爆発したのはなんらかの事故であって、テロルではない。そう判断し、わたしは席から動かなかった。他の観客や運営側の人間も同様の判断を下したらしく、前者は何食わぬ顔で大会開始を待ち侘び、後者は大会開始の準備を着々と進める。
 突然、観客席から歓声が沸き起こった。空に向けていた視線を広場の中央に戻すと、檻の外、檻のすぐ傍に、一羽の鶏がいた。羽毛は真っ黒、鶏冠は金色。暴れ回ったせいで檻が壊れたのかと思ったが、外に出ているのはその一羽のみ。他の個体と比べて特に小柄というわけではなく、格子の隙間から抜け出したとは考えにくい。
 どのようにして檻から出たのかは定かではないが、その鶏は必ずや、厳しい闘いの連続を勝ち抜き、全ての鶏の頂点に立つに違いない。というより、他の鶏たちが出られないでいる檻から出られた時点で、自動的に優勝という評価を与えるべきだ。
 などと考えていると、背中に大会のロゴマークが入ったジャンパーを着た係員が鶏に駆け寄った。そして、手にしていた警棒を振り上げ、鶏を滅多打ちにし始めた。
 興醒めだった。観客席のあちこちから失望の溜息が漏れる。帰りたいと思ったが、席を立つ気力は湧かなかった。
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