53 / 77
闘鶏広場の敗北者
しおりを挟む
広場は獣臭さに満ち満ちている。巨大な檻の中にすし詰めになっているのは、鶏たち。彼らは本来食用だが、とある事情により、闘鶏として闘わせられることになっている。鶏たちの足元には、足の踏み場もないほど糞が散らばっている。獣臭さとは、畢竟糞尿の匂いなのかもしれない。
広場を囲うように細長いテーブルが設置され、席は既に全て埋まっている。着席しているのは全員、肥満した外国人。皿はまだテーブルまで運ばれてきていないというのに、フォークとナイフを握り締め、口角から夥しく涎を垂れ流している。料理が食べたくて、食べたくて、仕方がないのだ。料理に使われる食材は、無論鶏。社会では弱者が食い物にされるが、この広場では敗者が食い物にされるのだ。
広場から少し離れた場所で、色とりどりの風船が一斉に空へと放たれた。色のバリエーションは数え切れず、総数は檻に押し込められた鶏の数を圧倒している。闘鶏大会がもうじき始まる合図だ。外国人たちは歓声を上げ、フォークとナイフでテーブルの天板を叩き始めた。良かれ悪しかれ、何かが始まる予感を抱かせるに相応しい、そんな騒々しさだ。
突然、爆発音が轟いた。風船の一つが爆発したらしい。
「テロルだ! テロルだぁ!」
外国人たちは口々に叫びながら、こけつまろびつ広場から逃げ去っていく。酷く慌てているにもかかわらず、いや、酷く慌てているからこそなのか、誰もがフォークとナイフを握り締めたままだ。鶏たちは爆発音に対しては平然としていたが、外国人たちの慌て様に驚いたらしく、パニックを起こして檻の中を逃げ惑い始めた。やかましい鳴き声が周囲の空気を掻き乱し、舞い散る羽毛が格子と格子の間から外へと溢れ出す。
闘鶏大会の関係者や観客を狙ったテロルならば、犯人は観客席や檻に向かって爆発物を放つはずだ。風船に爆発物を仕掛けても、テロリストにとっては一文の得にもならない。従って、風船が爆発したのはなんらかの事故であって、テロルではない。そう判断し、わたしは席から動かなかった。他の観客や運営側の人間も同様の判断を下したらしく、前者は何食わぬ顔で大会開始を待ち侘び、後者は大会開始の準備を着々と進める。
突然、観客席から歓声が沸き起こった。空に向けていた視線を広場の中央に戻すと、檻の外、檻のすぐ傍に、一羽の鶏がいた。羽毛は真っ黒、鶏冠は金色。暴れ回ったせいで檻が壊れたのかと思ったが、外に出ているのはその一羽のみ。他の個体と比べて特に小柄というわけではなく、格子の隙間から抜け出したとは考えにくい。
どのようにして檻から出たのかは定かではないが、その鶏は必ずや、厳しい闘いの連続を勝ち抜き、全ての鶏の頂点に立つに違いない。というより、他の鶏たちが出られないでいる檻から出られた時点で、自動的に優勝という評価を与えるべきだ。
などと考えていると、背中に大会のロゴマークが入ったジャンパーを着た係員が鶏に駆け寄った。そして、手にしていた警棒を振り上げ、鶏を滅多打ちにし始めた。
興醒めだった。観客席のあちこちから失望の溜息が漏れる。帰りたいと思ったが、席を立つ気力は湧かなかった。
広場を囲うように細長いテーブルが設置され、席は既に全て埋まっている。着席しているのは全員、肥満した外国人。皿はまだテーブルまで運ばれてきていないというのに、フォークとナイフを握り締め、口角から夥しく涎を垂れ流している。料理が食べたくて、食べたくて、仕方がないのだ。料理に使われる食材は、無論鶏。社会では弱者が食い物にされるが、この広場では敗者が食い物にされるのだ。
広場から少し離れた場所で、色とりどりの風船が一斉に空へと放たれた。色のバリエーションは数え切れず、総数は檻に押し込められた鶏の数を圧倒している。闘鶏大会がもうじき始まる合図だ。外国人たちは歓声を上げ、フォークとナイフでテーブルの天板を叩き始めた。良かれ悪しかれ、何かが始まる予感を抱かせるに相応しい、そんな騒々しさだ。
突然、爆発音が轟いた。風船の一つが爆発したらしい。
「テロルだ! テロルだぁ!」
外国人たちは口々に叫びながら、こけつまろびつ広場から逃げ去っていく。酷く慌てているにもかかわらず、いや、酷く慌てているからこそなのか、誰もがフォークとナイフを握り締めたままだ。鶏たちは爆発音に対しては平然としていたが、外国人たちの慌て様に驚いたらしく、パニックを起こして檻の中を逃げ惑い始めた。やかましい鳴き声が周囲の空気を掻き乱し、舞い散る羽毛が格子と格子の間から外へと溢れ出す。
闘鶏大会の関係者や観客を狙ったテロルならば、犯人は観客席や檻に向かって爆発物を放つはずだ。風船に爆発物を仕掛けても、テロリストにとっては一文の得にもならない。従って、風船が爆発したのはなんらかの事故であって、テロルではない。そう判断し、わたしは席から動かなかった。他の観客や運営側の人間も同様の判断を下したらしく、前者は何食わぬ顔で大会開始を待ち侘び、後者は大会開始の準備を着々と進める。
突然、観客席から歓声が沸き起こった。空に向けていた視線を広場の中央に戻すと、檻の外、檻のすぐ傍に、一羽の鶏がいた。羽毛は真っ黒、鶏冠は金色。暴れ回ったせいで檻が壊れたのかと思ったが、外に出ているのはその一羽のみ。他の個体と比べて特に小柄というわけではなく、格子の隙間から抜け出したとは考えにくい。
どのようにして檻から出たのかは定かではないが、その鶏は必ずや、厳しい闘いの連続を勝ち抜き、全ての鶏の頂点に立つに違いない。というより、他の鶏たちが出られないでいる檻から出られた時点で、自動的に優勝という評価を与えるべきだ。
などと考えていると、背中に大会のロゴマークが入ったジャンパーを着た係員が鶏に駆け寄った。そして、手にしていた警棒を振り上げ、鶏を滅多打ちにし始めた。
興醒めだった。観客席のあちこちから失望の溜息が漏れる。帰りたいと思ったが、席を立つ気力は湧かなかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
妊娠中、息子の告発によって夫の浮気を知ったので、息子とともにざまぁすることにいたしました
奏音 美都
恋愛
アストリアーノ子爵夫人である私、メロディーは妊娠中の静養のためマナーハウスに滞在しておりました。
そんなさなか、息子のロレントの告発により、夫、メンフィスの不貞を知ることとなったのです。
え、自宅に浮気相手を招いた?
息子に浮気現場を見られた、ですって……!?
覚悟はよろしいですか、旦那様?
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる