惣助とアラバマ

阿波野治

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「いっしょに探さなくていいの?」

 ジャケットの裾を引っ張られたと思ったら、アラバマに問われた。

「待ってたほうがいいんじゃない。じゃまになるかもしれないし」

 塵埃堂店主の足音は次第に遠ざかっていく。

「でも、商品の場所が変わったのに覚えていないって、どうなんだろうね。売れちゃったのかな」
「えー、困る! なかったら、灰色じじいを退治できない」
「……そうだねぇ」
「ねえ、ぼくたちも探そうよ。きっと店のどこかにあるよ」
「まあ、もうちょっと待ってみようよ」

*

 しばらくして、足音が戻ってきた。塵埃堂店主だ。

「こっちだったかなぁ。大きいものはまだごみには……」

 ぶつぶつ言いながら、ドアを開けて中に入り、すぐに閉める。部屋は畳敷きで、木製デスクの上にノートパソコンが置かれているのが見えた。

「パソコンあった」
「仕事をしているっていう話だったから、在宅ワークでもやってるのかな」
「えっちな動画見てるんじゃない」
「なんでそう思うの」
「画面が大きいから」

 惣助はなにか言いたそうに唇をうごめかせたが、口をつぐんだ。
 ドアの向こうからは、物を移動させているらしき物音が聞こえてくる。そう大きな音量ではないが、ひっきりなしに。

*

 やがて音が途絶えた。ドアが開き、塵埃堂店主が姿を見せる。

「すみません。もう少しだけお待ちください。すみませんね、椅子もご用意できなくて」

 そのまま暗がりへ消えると思いきや、急ブレーキをかけて振り返り、

「ごめんね。もうちょっと待ってね」

 猫なで声でアラバマに告げ、今度こそ闇に溶けこむ。

「足、疲れてない?」
「へーき」

 アラバマは短く答えて、壁にもたれる。ドアノブをじっと見つめ、そっと手を伸ばしたが、

「大人しく待っていようね」

 やんわりと掌で遮った。

*

 店の前を走っていた自転車が急ブレーキをかけたらしく、耳障りな音が聞こえた。
 直後、足音が近づいてきた。駆け足の速度だ。闇の中から現れた塵埃堂店主は、細長いものを手にしている。

「ありましたよ。どの棚に移動させたのかを思い出したので、隙間にでも落ちたのかと思って見てみたら、見事にありました。はい、これ」

 槍が差し出された。
 アラバマはうやうやしく受けとる。見た目ほどには重たくない。
 柄は長さ五十センチくらいで、つややかな黒色。刃の形状は円錐に近く、銀色。言及してた赤いリボンは、柄の一端に飾りのように結びつけられている。

*

「危なくないんですか?」

 率直な疑問をぶつけると、塵埃堂店主はうなずき、

「刃の部分、触ってみたらゴムでしたね。ようするに玩具ですよ、玩具」

 アラバマはおもむろに槍を構えると、惣助に向かって突き出した。反射的にそれをかわしたので、ゴム製の刃は空を切った。

「あっぶない! なにやってんの」

 怒られたほうは馬耳東風で、熱心に武器を観察している。苦笑しながら店主と目を合わせる。

「気に入ったみたいですね。値段は……」
「ただでいいっすよ」
「えっ?」
「子どものお客さんは久しぶりで、ちょっと明るい気持ちになれたので、それが代価ということで。もともと儲けは度外視してやってるんで、気にしないでください」
「ありがとうございます。――ほら、お礼をして」

 肩を叩いてアラバマを促す。話を聞いていなかったらしく、なんと言ったのかと訊き返してきたので、説明する。

「おにいさん、ありがとう!」

 アラバマは笑顔で言った。塵埃堂店主は白い歯をこぼした。

*

「じゃあ、包んできますね。剥き出しのままだとあれなんで」

 差し出した槍を受けとり、塵埃堂店主は部屋へ消える。二人は顔を見合わせる。

「よかったね。店主さんが親切な人で」
「うん。早く使いたいなー、槍」
「殺傷能力ないよね、あの棒では」
「じゃあ、なんでよけたの」
「反射だよ、反射」

*

 塵埃堂店主が戻ってきた。白い包装紙に包まれた槍が、店主の手からアラバマの手に渡る。

「今日はありがとうございました」

 惣助は頭を下げる。促すと、アラバマも小さくお辞儀をした。

「いえいえ、こちらこそ」

 店主は笑顔を残してドアの向こうに消えた。二人は目配せをして、真っ直ぐに外へ。
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