惣助とアラバマ

阿波野治

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店主登場

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 棚に沿って薄暗い屋内を直進する。奥行は長くはなく、突き当りの右手にドアがあった。隙間から明かりがかすかに漏れていて、人気が感じられる。
 アラバマがいる方角を振り返ってから、ドアをノックする。

「すみません」

 返事はない。

「ちょっと訊きたいことがあるんですが。誰かいませんか」

 一拍を置いて、床板が軋んだらしき音。思わず一歩ドアから後ずさる。足音が近づいてくる。
 ドアが開かれ、現れたのは、長身痩躯の若い男性。黒のニットキャップをかぶり、上は長袖のTシャツ、下は七分丈のパンツという出で立ち。どこか眠たそうな顔をしていて、緊張感がない。

「あー、すみません。イヤホンをつけて仕事をしていたので。どういったご用件ですか」
「あ、はい。実は、この前ここで見た商品で、気になるものが一つあって」
「お客さんでしたか。……いや、すみません。うちに若いかたはあまり来ないので、ちょっと意外だったというか」

 ニットキャップから飛び出た後ろ髪を軽く撫でる。

「それで、その商品というのは?」
「えっと、その……。ここはお店なんですよね?」
「そうですよ。入口の看板、落っこちてました?」
「いえ、掲げられてましたよ。えっと、読みかたは……」
「じんあいどう、です。塵はチリで埃はホコリ――ようするに、つまらないものってことです。亡くなった母方の祖母が物を溜めこむ人で、それを処分するために祖父がはじめたんですよ。祖父が老人ホーム行っちゃったんで、俺が跡を継いだという形ですね。売れないし、閉めちゃおうかと思ってるんですけど、祖父が生きているあいだはやっぱり、ね。本業じゃなくて副業としてやっているから、売れなくても生活に支障はないし。だから、商品の値段はお客さんに決めてもらう形にして」
「そういえば、値札がついてなかったですね」
「面白がって、高値で買ってくれる一見さんもいますけどね。記念として買うみたいな感じで。でもまあ、こづかい程度の稼ぎですよ」

 惣助は再び、アラバマがいるはずのほうを向いたが、人の姿はない。惣助が見たほうを一瞥してから、塵埃堂店主は言葉を続ける。

「話逸れちゃいましたね、すみません。どういった商品をお探しですか?」
「えっと、槍なんですけど」
「槍? あの武器の?」
「はい。商品を見たのは僕じゃないんで、説明させます」

 みたび同じ方向を向き、両手をメガホンのように口の両端に構え、

「おーい! 店主さん、来てくれたよ。こっちおいで!」

*

 惣助の呼ぶ声に、カプセルを棚に戻したばかりの手がぶれ、カプセルが少し動いた。砂が重たいので、勢い余って落下する、ということはない。ただちに声の方角へ向かった。
 惣助と相対している縦に長い体を見上げる。塵埃堂店主はほほ笑んで視線を受けとめ、惣助へと顔を戻す。 

「妹さん?」
「いえ、いとこです。槍、気になるんだよね?」

 惣助に目と言葉で促されて、塵埃堂店主と再び目を合わせる。

「この前、この店の前を通ったときに、入り口の近くに置いてあった。だから、ほしいなーって思って」
「ああ、そうなの。でも、今日はその場所にはなかったんだ?」

 首肯。

「そっか。……どこへやったのかな」

 顎に軽く手を添えて虚空を凝視し、考えこんでいる。アラバマは付け足す。 

「真っ赤なリボンがついてたよ。だから、すぐにわかると思う」
「赤いリボン、ね。なるほど。じゃあ、ちょっと探してきますね。少々お待ちください」

 恐縮してみせながらもほほ笑んだ顔を、惣助、アラバマの順番に向ける。ドアを閉めてから、棚と棚のあいだへと消える。
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