生きるのに向いていない

阿波野治

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生きるのに向いていないけれど④

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 そんな陰惨な考えが頭を過ぎったが、さすがはヘンリエッタというべきだろう。

「そっか。裕太のもとを出て行って以来、不登校のこととか、それをご両親に伝えていないこととか、とても心配していたんだけど、とにもかくにも道は定まったんだね。自主退学って多分、本人の同意がないと絶対に無理だろうから、裕太が自分の意思で選んだということだよね。それって、あたし、とてもいいことだと思うな」

 思わず呼吸を止めていた。ヘンリエッタのことだから、人の心を悪戯に暗くさせるようなことは言わないと想像はついていたが、まさかここまで気持ちよく言い切るとは思っていなかった。彼女の顔からは、嘘や脚色や誇張、そのいずれも観測できない。それどころか、表情には柔和さが戻ってきさえしている。

「退学っていうと凄く悪いことのように聞こえるけど、次に進むための一歩だもんね。その是非を自分で考えて、選んだのは、くり返しになるけど、凄いことだよ。裕太はなにに対しても消極的な人だったから、そういう意味でも、うん、凄いと思う。ある意味失礼な言い方になっちゃうかもだけど、あたしなんて最初から必要なかったのかもしれないね。裕太は、自分の身に降りかかった困難な問題も、自力で解決できる人だった。あたしが貢献できたことがあるとすれば、解決までの時間をちょっと早められたこと、くらいかな」
「……違う。違うよ、ヘンリエッタ」

 反論せざるを得なかった。言葉では上手く理由を説明できないが、彼女の私見を最終結論にしてはいけないと思った。

「大学から親の方に連絡がいって、大学に通うか実家に帰るか、二者択一を突きつけられて、仕方なく後者を選んだだけだ。自分にとってよい選択かどうかも分からないし。それなのに賞賛するのって、違うと思う。ヘンリエッタが元気づけようとしてくれているのは、分かるよ。でも、そんなに褒められても、逆に惨めな気持ちになるだけだ。俺はこの先――」
「上手くいく保証なんて、どんな状況でどんな道を選んだとしても、ないよ。だからこそ、自分で選んだことに意味があるんだよ。仕方なくでも、自信がなくても、自分の意思と責任で選んだことに」

 言葉を遮られて、噴出しようとしていた感情はたちまち鎮火した。
 意味がある。形や事情はどうであれ、自分の意思と責任で選んだのであれば、ただそれだけで。

 泣きそうだった。畳みかければ落涙に至りそうな状況で、ヘンリエッタが選択した沈黙には、どのような意味が秘められているのだろう?
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