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二度目の夜①
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「じゃあ、お風呂入るね」
ヘンリエッタは読んでいた漫画雑誌をおもむろに床に置き、ここ二日で何度か見せてきた大きく無防備な伸びとあくびのセットを行ったあとで、何気ない口調でそう宣言した。帰宅してからそろそろ二時間が経とうとしていた。
スマホの画面と彼女の顔を交互に見ながら、断続的に振られる他愛もない話題に受け答えをしていた俺は、はっとしてヘンリエッタの横顔を正視した。彼女は今にも鼻歌を歌い出しそうな表情で、枕元の大きな袋を漁っている。その中に詰まっているのは、今日ショッピングモールで彼女が買った商品。俺から金だけを受け取って、別行動をして購入したものだ。
『下着とか、その他諸々の生活必需品だよ。欲しいものはいくつかあるけど、とりあえず、本当に必要最低限のものだけ』
との弁で、帰り道に見せてもらった中身は申告通りだった。同居生活二日目にして早くも失念していたが、ヘンリエッタは手ぶらで押しかけてきたのだった。
白い腕の先端についたしなやかな指が、真新しいショーツを掴み上げた。黒。白いTシャツを着たらくっきりと透ける色だ、と思う。続いてバスタオルを手に取る。ブラジャーは? 入浴後に上の下着をつけるのとつけないのと、どちらが一般的なのだろう。いつの日か読んだ漫画では、幼馴染の少女がつけないまま風呂上りに主人公の面前に現れ、主人公が大慌てをする場面があった――などと考えている己の気持ち悪さにはたと気がつき、我に返る。
そもそも、漫画が情報源という時点で、酷い。どこまで常識というものを知らないんだ、俺は。こんなつまらないことからも、人としゃべらないことの弊害を思い知らされて、軽く自己嫌悪してしまう。
「あっ、そうか。湯船にお湯が入っていないんだ」
いきなりこちらを向いたので、思わず肩が跳ねた。しかし、ヘンリエッタはその反応をスルーし、
「ま、いいか。今日のところはシャワーだけで。じゃあ、お先にー」
俺に向かっておどけたように手を振り、風呂場へ消えた。
ヘンリエッタは読んでいた漫画雑誌をおもむろに床に置き、ここ二日で何度か見せてきた大きく無防備な伸びとあくびのセットを行ったあとで、何気ない口調でそう宣言した。帰宅してからそろそろ二時間が経とうとしていた。
スマホの画面と彼女の顔を交互に見ながら、断続的に振られる他愛もない話題に受け答えをしていた俺は、はっとしてヘンリエッタの横顔を正視した。彼女は今にも鼻歌を歌い出しそうな表情で、枕元の大きな袋を漁っている。その中に詰まっているのは、今日ショッピングモールで彼女が買った商品。俺から金だけを受け取って、別行動をして購入したものだ。
『下着とか、その他諸々の生活必需品だよ。欲しいものはいくつかあるけど、とりあえず、本当に必要最低限のものだけ』
との弁で、帰り道に見せてもらった中身は申告通りだった。同居生活二日目にして早くも失念していたが、ヘンリエッタは手ぶらで押しかけてきたのだった。
白い腕の先端についたしなやかな指が、真新しいショーツを掴み上げた。黒。白いTシャツを着たらくっきりと透ける色だ、と思う。続いてバスタオルを手に取る。ブラジャーは? 入浴後に上の下着をつけるのとつけないのと、どちらが一般的なのだろう。いつの日か読んだ漫画では、幼馴染の少女がつけないまま風呂上りに主人公の面前に現れ、主人公が大慌てをする場面があった――などと考えている己の気持ち悪さにはたと気がつき、我に返る。
そもそも、漫画が情報源という時点で、酷い。どこまで常識というものを知らないんだ、俺は。こんなつまらないことからも、人としゃべらないことの弊害を思い知らされて、軽く自己嫌悪してしまう。
「あっ、そうか。湯船にお湯が入っていないんだ」
いきなりこちらを向いたので、思わず肩が跳ねた。しかし、ヘンリエッタはその反応をスルーし、
「ま、いいか。今日のところはシャワーだけで。じゃあ、お先にー」
俺に向かっておどけたように手を振り、風呂場へ消えた。
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