生きるのに向いていない

阿波野治

文字の大きさ
上 下
35 / 61

ショッピングモール⑤

しおりを挟む
 互いに空腹を隠せなくなってきたということで、フードコートに立ち寄る。すでに午後一時を回っていたため、座る場所を見つけるのには苦労しなかった。

 各自好みのものを適当に購入する。ヘンリエッタはラーメンや揚げ物など、脂っこいものばかりを選んだ。俺はサイコロステーキとライスとサラダのセットにした。ステーキの店は食券方式で、店員相手に一言もしゃべらなくても購入可能だったのだ。

 くだらない話をしながらの食事となる。ヘンリエッタの発言に向き合っていると、不愉快と紙一重の騒がしさを気にせずにいられた。上機嫌そうに饒舌にしゃべる彼女の姿を見ていると、自然と頬が緩んだ。口の中に食べ物が入っているときには絶対にしゃべらない、彼女のイメージからは微妙にずれた礼儀正しさも、目に快い。

 状況は一見、暗く重苦しい不幸とは無縁に思える。それでも俺は、ネガティブなことを考えてしまう。

『ドグラ・マグラ』を読んでいないことがばれた件、あれは恥ずかしかった。『三四郎』を未読だったこともそうだ。芸大生のくせに、小説家志望のくせに、小説に関してあまりにも無知すぎる。小説を少々嗜んでいるだけ、専門的に学んでいるわけではないヘンリエッタにすら、知識の引き出しの充実度で劣るとは、あまりにも情けない。小説に興味を持つようになった年齢が遅かったとしても、取り戻せるだろう。芸大生になったのだから、有名どころくらい読んでおけよ。YouTubeばかり観ている場合じゃないだろう。息抜きで観る程度に留めておけよ。不登校で、時間だってあり余っているのだから、小説を読め。なにをやっているんだ、俺は。恥ずかしいったらありゃしない……。

 そう自分を責める一方で、こうも思う。
 そもそも、小説に関する知識を強いて吸収する必要はあるのか?

 俺は現状、小説に対する興味を半ば失っている。そして、このまま不登校が続けば、芸大を退学しなければならない。そうなった場合、俺は小説とは全く関わりのない人生を送ることになるはず。小説の知識を今さら増やしたところで、虚しいだけではないか。

 ヘンリエッタが俺について把握している情報は、人前でしゃべれないのが枷となって不登校に陥っている、ということのみ。小説に対する関心が減退していることについては、まだ承知していない。『三四郎』に『ドグラ・マグラ』と、二つ「おや?」と思う場面に遭遇しているが、本格的に疑うには至っていないと思われる。彼女の反応を見た限りでは、そう判断を下すのが妥当だ。

 人前でしゃべれない。
 不登校。
 半引きこもり。

 他者にさらけ出す弱みは、もうこれだけで充分だ。芸大生のくせに小説に知悉しておらず、情熱も失っていることは、なるべく隠しておきたい。

 ……でも。
 男のつまらないプライド以外に、隠し通すことに固執する理由は、はっきり言ってない。
 潔く打ち明けてしまうべきなのでは? ヘンリエッタが見つけてくれると約束した、不登校から脱出する方法が見つけやすくなるかもしれない、という意味でも。

 というか、小説に対する興味を失っているのに、芸大に通うことにこだわる意味はあるのか?

 小説への熱を呼び覚ますことも、依頼に追加するべきだろうか? しかし、小説を読むことがあるといっても、深い関心を持っているわけではないヘンリエッタに、その役割を請け負わせるのは酷なのでは?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

処理中です...