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ゲームセンター③
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そして、演奏が終わる。
拍手が鳴ることはない。しかし、終わりを見届けた者であれば誰しもが、心の中で諸手を打ち鳴らしただろう。そう俺には確信できた。
ヘンリエッタはスティックを定位置に戻し、こちらを振り向いた。視線が重なった瞬間、心臓を鷲掴みにされたかと思った。額にうっすらと汗をかいた、満面の笑み。清涼飲料水のCMに使えそうな顔だと、俗っぽいことを思う。
視線の先にいる、揺るぎなく魅力的な少女は、指先で額を軽く拭って俺へと歩み寄る。
「楽しかった! 今度は裕太が楽しい思いをする番だね。さ、どうぞ」
「いや、だから、俺はゲームは――」
さり気なく、観覧している数人に目を走らせる。ヘンリエッタの演奏終了を機にカップルが離脱したが、若い夫婦とその幼い息子、そして高校生くらいの女子のペア、計二組が依然としてその場に留まっている。
遊ぶ順番を待っている人がいるようだから、譲るべきだ。
そう反論しようかとも思ったが、雰囲気で分かった。分かってしまった。彼らは自らが演奏したいのではなく、誰かが演奏を始めるのを待っている。その「誰か」は、ヘンリエッタは役目を終えたばかりだと考えれば、必然に――。
……勘弁してくれよ。
俺はヘンリエッタのように魅力的な容姿の持ち主ではない。物事を楽しむのだって下手くそだ。そんな人間が、ゲームの太鼓を叩いたところでどうなる? 観客は興ざめだし、俺は恥をかく。誰にとってもよいことはない。それなのに、なんでこんな……。
「裕太!」
声に我に返る。ヘンリエッタは、殆ど観衆と一体化するような位置まで退いている。彼女が指差す方を見ると、すでにゲームが始まっていた。
「……くそったれ」
俺は破れかぶれな気持ちで、一分前まで彼女がいた場所まで進み、スティックを手にした。
俺にとって不幸だったのは、ゲームの内容を最低限把握していたことだろう。このマークが流れてきたらここを打てばいい、という知識はきっちりインプットされている。それでいて、実際にゲームで遊ぶのはこれが初めて。もともとリズム感がないのが相俟って、思うようにタイミングを合わせられない。つまり、普通に下手くそ。見ている側からすれば、右も左も分からないど素人のプレイの方が、却って面白かったかもしれない。ヘンリエッタのように笑顔にはなれないし、楽しんでいるオーラを発散することもできないから、見世物としては最低の部類に属しただろう。料金を事前に徴収していたのだとしたら、全額返金どころか、慰謝料を払わなければならないレベルの酷さ。
苦しい。恥ずかしい。嫌だ。――逃げたい。
それでも懸命にスティックを振るい続けたのは、ヘンリエッタが見守ってくれていたからに他ならない。
斜め前、常に視界の端にちらつく、一種絶妙なポジションに彼女は立っている。言葉通りの意味でちらつくだけ、はっきりと顔までは見えないが、笑顔で、真剣に見守ってくれているのが視認できたし、なにより伝わってくる。音はうるさいし、ゲームをこなすのでせいいっぱいなのに、その一点、その一点だけは、皮膚がひりつくようにひしひしと感じられるのが不思議だった。
ひとえにそれが支えとなって、力となって、一曲を最後まで演奏しきった。
拍手が鳴ることはない。しかし、終わりを見届けた者であれば誰しもが、心の中で諸手を打ち鳴らしただろう。そう俺には確信できた。
ヘンリエッタはスティックを定位置に戻し、こちらを振り向いた。視線が重なった瞬間、心臓を鷲掴みにされたかと思った。額にうっすらと汗をかいた、満面の笑み。清涼飲料水のCMに使えそうな顔だと、俗っぽいことを思う。
視線の先にいる、揺るぎなく魅力的な少女は、指先で額を軽く拭って俺へと歩み寄る。
「楽しかった! 今度は裕太が楽しい思いをする番だね。さ、どうぞ」
「いや、だから、俺はゲームは――」
さり気なく、観覧している数人に目を走らせる。ヘンリエッタの演奏終了を機にカップルが離脱したが、若い夫婦とその幼い息子、そして高校生くらいの女子のペア、計二組が依然としてその場に留まっている。
遊ぶ順番を待っている人がいるようだから、譲るべきだ。
そう反論しようかとも思ったが、雰囲気で分かった。分かってしまった。彼らは自らが演奏したいのではなく、誰かが演奏を始めるのを待っている。その「誰か」は、ヘンリエッタは役目を終えたばかりだと考えれば、必然に――。
……勘弁してくれよ。
俺はヘンリエッタのように魅力的な容姿の持ち主ではない。物事を楽しむのだって下手くそだ。そんな人間が、ゲームの太鼓を叩いたところでどうなる? 観客は興ざめだし、俺は恥をかく。誰にとってもよいことはない。それなのに、なんでこんな……。
「裕太!」
声に我に返る。ヘンリエッタは、殆ど観衆と一体化するような位置まで退いている。彼女が指差す方を見ると、すでにゲームが始まっていた。
「……くそったれ」
俺は破れかぶれな気持ちで、一分前まで彼女がいた場所まで進み、スティックを手にした。
俺にとって不幸だったのは、ゲームの内容を最低限把握していたことだろう。このマークが流れてきたらここを打てばいい、という知識はきっちりインプットされている。それでいて、実際にゲームで遊ぶのはこれが初めて。もともとリズム感がないのが相俟って、思うようにタイミングを合わせられない。つまり、普通に下手くそ。見ている側からすれば、右も左も分からないど素人のプレイの方が、却って面白かったかもしれない。ヘンリエッタのように笑顔にはなれないし、楽しんでいるオーラを発散することもできないから、見世物としては最低の部類に属しただろう。料金を事前に徴収していたのだとしたら、全額返金どころか、慰謝料を払わなければならないレベルの酷さ。
苦しい。恥ずかしい。嫌だ。――逃げたい。
それでも懸命にスティックを振るい続けたのは、ヘンリエッタが見守ってくれていたからに他ならない。
斜め前、常に視界の端にちらつく、一種絶妙なポジションに彼女は立っている。言葉通りの意味でちらつくだけ、はっきりと顔までは見えないが、笑顔で、真剣に見守ってくれているのが視認できたし、なにより伝わってくる。音はうるさいし、ゲームをこなすのでせいいっぱいなのに、その一点、その一点だけは、皮膚がひりつくようにひしひしと感じられるのが不思議だった。
ひとえにそれが支えとなって、力となって、一曲を最後まで演奏しきった。
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