生きるのに向いていない

阿波野治

文字の大きさ
上 下
15 / 61

ゲームセンター③

しおりを挟む
 そして、演奏が終わる。
 拍手が鳴ることはない。しかし、終わりを見届けた者であれば誰しもが、心の中で諸手を打ち鳴らしただろう。そう俺には確信できた。

 ヘンリエッタはスティックを定位置に戻し、こちらを振り向いた。視線が重なった瞬間、心臓を鷲掴みにされたかと思った。額にうっすらと汗をかいた、満面の笑み。清涼飲料水のCMに使えそうな顔だと、俗っぽいことを思う。
 視線の先にいる、揺るぎなく魅力的な少女は、指先で額を軽く拭って俺へと歩み寄る。

「楽しかった! 今度は裕太が楽しい思いをする番だね。さ、どうぞ」
「いや、だから、俺はゲームは――」

 さり気なく、観覧している数人に目を走らせる。ヘンリエッタの演奏終了を機にカップルが離脱したが、若い夫婦とその幼い息子、そして高校生くらいの女子のペア、計二組が依然としてその場に留まっている。
 遊ぶ順番を待っている人がいるようだから、譲るべきだ。
 そう反論しようかとも思ったが、雰囲気で分かった。分かってしまった。彼らは自らが演奏したいのではなく、誰かが演奏を始めるのを待っている。その「誰か」は、ヘンリエッタは役目を終えたばかりだと考えれば、必然に――。

 ……勘弁してくれよ。
 俺はヘンリエッタのように魅力的な容姿の持ち主ではない。物事を楽しむのだって下手くそだ。そんな人間が、ゲームの太鼓を叩いたところでどうなる? 観客は興ざめだし、俺は恥をかく。誰にとってもよいことはない。それなのに、なんでこんな……。

「裕太!」

 声に我に返る。ヘンリエッタは、殆ど観衆と一体化するような位置まで退いている。彼女が指差す方を見ると、すでにゲームが始まっていた。

「……くそったれ」

 俺は破れかぶれな気持ちで、一分前まで彼女がいた場所まで進み、スティックを手にした。

 俺にとって不幸だったのは、ゲームの内容を最低限把握していたことだろう。このマークが流れてきたらここを打てばいい、という知識はきっちりインプットされている。それでいて、実際にゲームで遊ぶのはこれが初めて。もともとリズム感がないのが相俟って、思うようにタイミングを合わせられない。つまり、普通に下手くそ。見ている側からすれば、右も左も分からないど素人のプレイの方が、却って面白かったかもしれない。ヘンリエッタのように笑顔にはなれないし、楽しんでいるオーラを発散することもできないから、見世物としては最低の部類に属しただろう。料金を事前に徴収していたのだとしたら、全額返金どころか、慰謝料を払わなければならないレベルの酷さ。

 苦しい。恥ずかしい。嫌だ。――逃げたい。

 それでも懸命にスティックを振るい続けたのは、ヘンリエッタが見守ってくれていたからに他ならない。

 斜め前、常に視界の端にちらつく、一種絶妙なポジションに彼女は立っている。言葉通りの意味でちらつくだけ、はっきりと顔までは見えないが、笑顔で、真剣に見守ってくれているのが視認できたし、なにより伝わってくる。音はうるさいし、ゲームをこなすのでせいいっぱいなのに、その一点、その一点だけは、皮膚がひりつくようにひしひしと感じられるのが不思議だった。

 ひとえにそれが支えとなって、力となって、一曲を最後まで演奏しきった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

青い桜 山梨県警捜査5課

ツタンカーメン
ミステリー
晴天の空に高くそびえたつ富士の山。多くの者を魅了する富士の山の麓には、美しくもありどこかたくましさを感じる河口湖。御坂の峠を越えれば、県民を見守る甲府盆地に囲まれた街々が顔をのぞかせる。自然・生命・感動の三拍子がそろっている甲斐の国山梨県。並行して進化を遂げているのが凶悪犯罪の数々。これは八十万人の平和と安心をまもる警察官の話である。

話花遊び 変わり目とは

葵冬弥(あおいとうや)
ライト文芸
はじまりとおわり、どちらがさきか

【完結】婚約破棄された悪役令嬢は攻略対象のもふもふ従者に溺愛されます

かずき りり
ファンタジー
「レティシア・ミゼラ公爵令嬢!お前との婚約を破棄する!」 この一言で蘇った前世の記憶。 乙女ゲームの世界だと気が付いた時には、既に遅く、婚約破棄を宣言された後だった。 だけど……ゲームとたった一つだけ違うという事に気が付く。 それは、隠しルートである聖獣が断罪の場に居ない事。 ただ一つ されど一つ それだけでシナリオ回避出来るのではと思う反面、前世の影響と記憶のお陰で、貴族令嬢らしからぬ一歩を進みだす。 獣人を差別するこの世界で、獣人である従者と一緒に。 前世の記憶を取り戻した以上、貴族令嬢なんて重苦しいだけ! 一般庶民は自由に生きます! そんな悪役令嬢と反対にヒロイン達は………… -------------------- ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

千代田区の社畜リーマンは有能女性部長の夢を見るか

未来屋 環
経済・企業
日々仕事に追われる社畜リーマンの『僕』は或る日職場で夜を明かす。そんな僕を起こしたのは、会社初の女性部長として4月に着任した鴫原部長だった。決して親しみやすいキャラクターではない彼女だが、会議を終えて席に戻ると僕を昼食に誘ってきて……。 表紙イラスト制作:ウバクロネさん。

やっぱり君は

天仕事屋(てしごとや)
恋愛
やっぱり君は…

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

天使の会社に入社したけど、思ってたのと少し違う。そして時々学生に戻ります。

前川 江斗
ファンタジー
高校入学式。当日  新たな学校生活に胸を膨らませ、学校へ続く道を走っていた『鏡音 蒼』は不運にもトラックに轢かれ死んでしまう。  目が覚めると、そこはこの世とは思えないほどの美しい世界。そしてそこには椅子に座ったスーツ姿の天使がいた。スーツ姿に少し……いや、かなり違和感を覚える。そしてその天使の口から耳を疑うような事を切り出される。

処理中です...