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ゲームセンター①
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ヘンリエッタは歩道をずんずん進んでいく。
「おい、待てよ。なあ、ちょっと」
ヘンリエッタ、と呼ぶのは憚られたので、そう呼んだ。三メートル先を歩く少女は、どの角度から見ても日本人でしかない。ひょっとするとクォーターなのかな、という感じですらない。ただ、ぞんざいな呼び方が、逆説的に親しさを表現しているかのようで、これはこれで恥ずかしい。夜の帳が下り、外気の温度が低下していなかったならば、頬にはっきりとした熱を感じていただろう。
街灯の明かりがなければ世界が夜陰に屈する時間帯になっても、道を行き来する人々の数は多い。商業施設などが多く建ち並ぶこの通りは、界隈で最も賑わっているといっても過言ではない。若者が遊びに行くとなると、候補には間違いなく入ってくる区域だろう。
俺の手を引き、有無を言わさずにアパートを出たヘンリエッタの行動力、もとい強引さには、目を瞠るものがある。俺が声を張り上げて制止していなければ、玄関ドアを施錠しないまま、部屋を長らく無人にすることになっていたかもしれない。
『なあ、どこへ行くんだよ?』
引っ張られながら、俺は何度も質問をぶつけたのだが、
『いいから、ついてきて』
ヘンリエッタはその一点張りで、俺が持て余す疑問符には向き合おうとしない。なにか思惑があるらしいのだが、その内容が全く見えてこない。
当たり前だ。今日知り合ったばかりの異性の頭の中なんて、思考回路なんて、読み取れるはずがない。
現在歩いている通りに入ったあたりから、ヘンリエッタの右手は俺の左手を解放している。これにより、回れ右をして帰る、という選択肢が選択可能になった。それにもかかわらず、俺は今のところ、彼女についていっている。住所はすでにばれているから、逃げ帰ったところでどうせ逃げきれない。そう解答欄に書いておけば丸がもらえるだろう。ただ、花丸ではない。そんな気もする。
「――待てよ」
赤信号にヘンリエッタの足が止まったことで、短いようで長い三メートルの距離をようやくゼロにできた。振り向いた顔は、邪気がなく、緊張感に欠けている。怒る気も失せるような顔だ。
「けっきょく、お前はどこへ向かってるわけ? 人を振り回すなら、必要最低限の情報くらいこっちに伝えたらどうだ」
「だから、着いてからのお楽しみって言ってるでしょ。裕太って、何回も言わないと分からない人? わー、ちょっと面倒くさいかも」
「違うって。そういうつまらない隠しごとはやめて、さっさと言えと言ってるんだ。楽しいわけがないだろうが、無理矢理連れ出されて連れ回されてるのに」
「えー、矛盾してない? 狭い部屋で二人きりだと気詰まりだって言ったの、裕太じゃない。楽しい! わくわく! って言いたいのなら分かるけど」
「いや、そういう意味じゃなくてだな」
微妙に噛み合っていない会話が続く。途中、周囲の目が気になって俺が口を噤む、という中断を挟み、また応酬。ようやく信号が青に変わり、
「もうすぐ着くから、来て」
ヘンリエッタはそう告げ、きびきびと横断歩道を渡り始めた。俺は舌打ちし、
「……しゃーねーな」
不承不承、あとに続いた。
「おい、待てよ。なあ、ちょっと」
ヘンリエッタ、と呼ぶのは憚られたので、そう呼んだ。三メートル先を歩く少女は、どの角度から見ても日本人でしかない。ひょっとするとクォーターなのかな、という感じですらない。ただ、ぞんざいな呼び方が、逆説的に親しさを表現しているかのようで、これはこれで恥ずかしい。夜の帳が下り、外気の温度が低下していなかったならば、頬にはっきりとした熱を感じていただろう。
街灯の明かりがなければ世界が夜陰に屈する時間帯になっても、道を行き来する人々の数は多い。商業施設などが多く建ち並ぶこの通りは、界隈で最も賑わっているといっても過言ではない。若者が遊びに行くとなると、候補には間違いなく入ってくる区域だろう。
俺の手を引き、有無を言わさずにアパートを出たヘンリエッタの行動力、もとい強引さには、目を瞠るものがある。俺が声を張り上げて制止していなければ、玄関ドアを施錠しないまま、部屋を長らく無人にすることになっていたかもしれない。
『なあ、どこへ行くんだよ?』
引っ張られながら、俺は何度も質問をぶつけたのだが、
『いいから、ついてきて』
ヘンリエッタはその一点張りで、俺が持て余す疑問符には向き合おうとしない。なにか思惑があるらしいのだが、その内容が全く見えてこない。
当たり前だ。今日知り合ったばかりの異性の頭の中なんて、思考回路なんて、読み取れるはずがない。
現在歩いている通りに入ったあたりから、ヘンリエッタの右手は俺の左手を解放している。これにより、回れ右をして帰る、という選択肢が選択可能になった。それにもかかわらず、俺は今のところ、彼女についていっている。住所はすでにばれているから、逃げ帰ったところでどうせ逃げきれない。そう解答欄に書いておけば丸がもらえるだろう。ただ、花丸ではない。そんな気もする。
「――待てよ」
赤信号にヘンリエッタの足が止まったことで、短いようで長い三メートルの距離をようやくゼロにできた。振り向いた顔は、邪気がなく、緊張感に欠けている。怒る気も失せるような顔だ。
「けっきょく、お前はどこへ向かってるわけ? 人を振り回すなら、必要最低限の情報くらいこっちに伝えたらどうだ」
「だから、着いてからのお楽しみって言ってるでしょ。裕太って、何回も言わないと分からない人? わー、ちょっと面倒くさいかも」
「違うって。そういうつまらない隠しごとはやめて、さっさと言えと言ってるんだ。楽しいわけがないだろうが、無理矢理連れ出されて連れ回されてるのに」
「えー、矛盾してない? 狭い部屋で二人きりだと気詰まりだって言ったの、裕太じゃない。楽しい! わくわく! って言いたいのなら分かるけど」
「いや、そういう意味じゃなくてだな」
微妙に噛み合っていない会話が続く。途中、周囲の目が気になって俺が口を噤む、という中断を挟み、また応酬。ようやく信号が青に変わり、
「もうすぐ着くから、来て」
ヘンリエッタはそう告げ、きびきびと横断歩道を渡り始めた。俺は舌打ちし、
「……しゃーねーな」
不承不承、あとに続いた。
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