生きるのに向いていない

阿波野治

文字の大きさ
上 下
13 / 61

ゲームセンター①

しおりを挟む
 ヘンリエッタは歩道をずんずん進んでいく。

「おい、待てよ。なあ、ちょっと」

 ヘンリエッタ、と呼ぶのは憚られたので、そう呼んだ。三メートル先を歩く少女は、どの角度から見ても日本人でしかない。ひょっとするとクォーターなのかな、という感じですらない。ただ、ぞんざいな呼び方が、逆説的に親しさを表現しているかのようで、これはこれで恥ずかしい。夜の帳が下り、外気の温度が低下していなかったならば、頬にはっきりとした熱を感じていただろう。

 街灯の明かりがなければ世界が夜陰に屈する時間帯になっても、道を行き来する人々の数は多い。商業施設などが多く建ち並ぶこの通りは、界隈で最も賑わっているといっても過言ではない。若者が遊びに行くとなると、候補には間違いなく入ってくる区域だろう。

 俺の手を引き、有無を言わさずにアパートを出たヘンリエッタの行動力、もとい強引さには、目を瞠るものがある。俺が声を張り上げて制止していなければ、玄関ドアを施錠しないまま、部屋を長らく無人にすることになっていたかもしれない。

『なあ、どこへ行くんだよ?』

 引っ張られながら、俺は何度も質問をぶつけたのだが、

『いいから、ついてきて』

 ヘンリエッタはその一点張りで、俺が持て余す疑問符には向き合おうとしない。なにか思惑があるらしいのだが、その内容が全く見えてこない。
 当たり前だ。今日知り合ったばかりの異性の頭の中なんて、思考回路なんて、読み取れるはずがない。

 現在歩いている通りに入ったあたりから、ヘンリエッタの右手は俺の左手を解放している。これにより、回れ右をして帰る、という選択肢が選択可能になった。それにもかかわらず、俺は今のところ、彼女についていっている。住所はすでにばれているから、逃げ帰ったところでどうせ逃げきれない。そう解答欄に書いておけば丸がもらえるだろう。ただ、花丸ではない。そんな気もする。

「――待てよ」

 赤信号にヘンリエッタの足が止まったことで、短いようで長い三メートルの距離をようやくゼロにできた。振り向いた顔は、邪気がなく、緊張感に欠けている。怒る気も失せるような顔だ。

「けっきょく、お前はどこへ向かってるわけ? 人を振り回すなら、必要最低限の情報くらいこっちに伝えたらどうだ」
「だから、着いてからのお楽しみって言ってるでしょ。裕太って、何回も言わないと分からない人? わー、ちょっと面倒くさいかも」
「違うって。そういうつまらない隠しごとはやめて、さっさと言えと言ってるんだ。楽しいわけがないだろうが、無理矢理連れ出されて連れ回されてるのに」
「えー、矛盾してない? 狭い部屋で二人きりだと気詰まりだって言ったの、裕太じゃない。楽しい! わくわく! って言いたいのなら分かるけど」
「いや、そういう意味じゃなくてだな」

 微妙に噛み合っていない会話が続く。途中、周囲の目が気になって俺が口を噤む、という中断を挟み、また応酬。ようやく信号が青に変わり、

「もうすぐ着くから、来て」

 ヘンリエッタはそう告げ、きびきびと横断歩道を渡り始めた。俺は舌打ちし、

「……しゃーねーな」

 不承不承、あとに続いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

青い桜 山梨県警捜査5課

ツタンカーメン
ミステリー
晴天の空に高くそびえたつ富士の山。多くの者を魅了する富士の山の麓には、美しくもありどこかたくましさを感じる河口湖。御坂の峠を越えれば、県民を見守る甲府盆地に囲まれた街々が顔をのぞかせる。自然・生命・感動の三拍子がそろっている甲斐の国山梨県。並行して進化を遂げているのが凶悪犯罪の数々。これは八十万人の平和と安心をまもる警察官の話である。

話花遊び 変わり目とは

葵冬弥(あおいとうや)
ライト文芸
はじまりとおわり、どちらがさきか

【完結】婚約破棄された悪役令嬢は攻略対象のもふもふ従者に溺愛されます

かずき りり
ファンタジー
「レティシア・ミゼラ公爵令嬢!お前との婚約を破棄する!」 この一言で蘇った前世の記憶。 乙女ゲームの世界だと気が付いた時には、既に遅く、婚約破棄を宣言された後だった。 だけど……ゲームとたった一つだけ違うという事に気が付く。 それは、隠しルートである聖獣が断罪の場に居ない事。 ただ一つ されど一つ それだけでシナリオ回避出来るのではと思う反面、前世の影響と記憶のお陰で、貴族令嬢らしからぬ一歩を進みだす。 獣人を差別するこの世界で、獣人である従者と一緒に。 前世の記憶を取り戻した以上、貴族令嬢なんて重苦しいだけ! 一般庶民は自由に生きます! そんな悪役令嬢と反対にヒロイン達は………… -------------------- ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

千代田区の社畜リーマンは有能女性部長の夢を見るか

未来屋 環
経済・企業
日々仕事に追われる社畜リーマンの『僕』は或る日職場で夜を明かす。そんな僕を起こしたのは、会社初の女性部長として4月に着任した鴫原部長だった。決して親しみやすいキャラクターではない彼女だが、会議を終えて席に戻ると僕を昼食に誘ってきて……。 表紙イラスト制作:ウバクロネさん。

やっぱり君は

天仕事屋(てしごとや)
恋愛
やっぱり君は…

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

天使の会社に入社したけど、思ってたのと少し違う。そして時々学生に戻ります。

前川 江斗
ファンタジー
高校入学式。当日  新たな学校生活に胸を膨らませ、学校へ続く道を走っていた『鏡音 蒼』は不運にもトラックに轢かれ死んでしまう。  目が覚めると、そこはこの世とは思えないほどの美しい世界。そしてそこには椅子に座ったスーツ姿の天使がいた。スーツ姿に少し……いや、かなり違和感を覚える。そしてその天使の口から耳を疑うような事を切り出される。

処理中です...