生きるのに向いていない

阿波野治

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ヘンリエッタとの出会い⑦

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「……本当にここで生活するつもりなんだな、ヘンリエッタは」

 ようやく空にした焼きそばの容器を床に置き、話し相手の目を見ながら言葉をかける。対人コミュニケーションに難がある俺としては、珍しい対応といっていい。自分なりに真剣な気持ちを表明したつもりだったのだが、彼女の緩みきった表情に変化らしい変化は見られない。

「うん、それはもちろん。悪いとは思っているけど、しょうがないし、決まったことだから、そういうことで今後はやっていこうよ。ねえねえ、冷蔵庫にデザートある? 焼きそばを食べたあとって、なにか甘いものを食べたい気分にならない? なるよね?」
「ないよ、そんなもの。……なんかさ、さっきから話が前に進んでなくないか。お前が人の話を聞こうとしないせいで」
「えっ、そう?」
「それだよ、その反応。そのとぼけたみたいな反応のせいで、全てが狂ってる」

 聞こえよがしにため息をつく。目力を意識してヘンリエッタを見据える。

「無茶な要求だっていう自覚があるなら、無茶を承知で要求を聞き入れてもらいたいなら、説明するべきだろう。俺が納得するような、ちゃんとした説明を。突然の事態に呑まれて、ついつい流されてしまっているけど、これからはそうはいかないぜ。とにもかくにも話せよ。『話してみろ』じゃなくて、『話せ』。赤の他人に、食と住の世話をしてもらわなければならなくなった事情を」

 ヘンリエッタの顔から笑みが消えた。ようやく、こちらの気持ちが届いたのだ。真剣さが伝わったのだ。
 この前代未聞の珍事が、どのような結末に達してほしいのか、具体的な希望を俺は持っていない。常識的なところに落ち着いて、どうにも心休まらない非日常からさっさと決別したい。気持ちを整理した上で言語化したならば、そう言い表せる、ふわふわとした願望があるのみだ。

 理想に至るまでの道筋がようやく見えて、ほんの少し、ほんの少しではあるが気が緩んだ。
 ――その直後だった。
 ヘンリエッタが不敵に口角を吊り上げたのは。

「あたしはむしろ、裕太に意見を言ってほしいな。あたしと同居するとして、なにが嫌なの? なにが困るの?」
「え? それは……」

 思わぬ反撃を食らってまごついてしまったが、すぐに気がつく。ヘンリエッタは己に都合の悪い追及から逃れたいあまり、論点をずらそうとしているのだ、と。

 しかし、腹立たしさに任せて反論に対する反論をぶつけるのは、咄嗟に自制した。
 たった今投げかけられたばかりの疑問に対する回答を提出すれば、ヘンリエッタはもはや事情を打ち明けるしかなくなる。だから、彼女のお望み通り、こちらの事情から話した方が、結果的にこちらの望む展開になる確率が高い。そう判断したのだ。

 伝えるべき事柄を脳内で整理する作業は、比較的スムーズにいったと思う。
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