生きるのに向いていない

阿波野治

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飯野裕太という人間②

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 案の定、弁当は買わなかった。
 誰とも一言も会話を交わすことなく、サンドウィッチと惣菜パンを四個、同じ味のカップ麺を四個、ペットボトルの緑茶四本を購入し、暗く染まりゆく空の下を帰宅している。

 理由について説明するならば、勇気がなかった、その一言に尽きる。実際に店員とやりとりする場面をくり返し脳内でシミュレーションしたが、いくら試行錯誤しても、その結果をよいものにできなかった。だから、おにぎり・パン・カップ麺から抜け出せない、惨めな現在がある。
 状況だけを切り取って直視すれば、深淵に墜落したとしてもなんら不可思議ではない。しかし、買い物という一仕事を無事に終えたあとだから、気分としてはむしろ爽やかだ。

 想定外の出来事が起きなくて、よかった。
 見知らぬ誰かから話しかけられてまごつく、などという事態が起きなくて、本当によかった。
 ……などと、深く、静かに、なおかつ心の底から安堵している俺がいる。

 近所にある食料品店への食料の買い出しが、一仕事。この感覚に共感してくれる人間は、相当な熱を入れて探さない限り見つからないに違いない。
 きっと、俺は病気なのだろう。


* * *


「もしもし、母さん」
「裕太、今なにしてるの。晩ごはんはもう食べた?」
「ついさっき。弁当とサラダ。最近あんまり野菜を食べてなかったから、食べなきゃと思ってサラダも買った」
「ああ、そう。それはええな。どんなお弁当?」
「唐揚げ弁当に、なんて言ったらいいんかな、まあ普通のサラダ。千切りキャベツとかレタスとかが入ってる」
「そっか。今日は授業ある日やったっけ?」
「うん、あった。午前中だけの日だったから、気持ち的にはかなり楽やったよ」
「そっか。何事もないなら、それが一番やね。じゃあ、また明日かける」


* * *

 嘘だ。口走った言葉は、ことごとく嘘。あたかも、遠く離れた四国東部の地の住人に対してであれば、下手くそ極まる素人の小細工も見破られるおそれがないと高を括っているかのごとく、俺は平然と嘘を吐いた。

 人と口頭でコミュニケーションをとるのが嫌だから・怖いから・恥ずかしいから、コンビニ弁当を食べたかったにもかかわらず、サンドウィッチを買って食べた。
 ただそれだけの事情だったならば、かわいいものだった。しかし、真実は遥かにえげつなく、救いようがない。

 大学の授業にはもう、三日も無断で欠席している。
 その果てに待ち受けている具体的な景色を、俺の脳髄は思い描くことができない。ただ一つ、絶対的に正しいのは、
 我が身は遠からず破滅に至る、ということ。
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