生きるのに向いていない

阿波野治

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飯野裕太という人間①

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 おにぎりとパンとカップ麺ばかり食べている。
 たまには弁当が食べたい。申し訳程度の野菜すらも排斥された、無味乾燥で非人間的な唐揚げ弁当でさえも、今の俺には王家の食卓に上る御馳走も同然だ。

 弁当を買う一部始終を脳内でシミュレーションしてみる。何度くり返してみても結果は同じで、「温めますか?」という問いかけに、俺は口頭で返事ができない。女性店員の訝しげな眼差しが、情け容赦なく俺の体に突き刺さる。

 たとえば俺が齢十にも満たない洟垂れ小僧だったならば、幼い子供特有の人見知りが発動したのだと店員は判断を下し、悪意なき加害行為は免れただろうか? そう考えること自体が、あまりにも虚しすぎる。
 誰とも会話したくないがために、「温めますか?」という言葉をかけられずに済む商品ばかりを買う。そんな男がこの世界に存在している事実を、この世界にいる何人の人間が把握しているのだろう? そんな男がいると教えたとして、何割の人間が実在を信じるのだろう?

 やり場のない混沌とした感情は、怒りへと変じるのを常とする。それをこの場で即時に発散するのに躊躇いを覚えているのは、隣室の住人の迷惑を考慮したからでもあるが、怒るだけの体力と気力がないからでもある。
 空腹なのだ。もう二十時間近く、胃の腑になにも収容していない。

 部屋の食料は尽きている。冷蔵庫にペットボトルのウーロン茶があるだけだ。買い物をするのが面倒くさいから買い溜めをして、ストックを切らす前に補充するように心がけている。それが、どこでなにを勘違いしたのか、先ほど流し台の足元に常置してあるレジ袋を確認したところ、空っぽだった。
 空腹ならばさっさと買いに行けばいいのに、もう十五分を超えて、万年床の上でだらだらと呆然としている。悲嘆に暮れるでも、怒り出すでもなく、呆然。がん告知を受けた患者のリアルのようだと、そんな場面なんてこの目で一度も見たことがないのに思う。
 もはや日没も近い。夜は馬鹿どもを屋外に誘いがちだから、買い物はできれば早めに済ませておきたい。枕元に置いてある鍵と財布を取り上げ、ジーンズのポケットに押し込んで腰を上げる。生きるために、まずは食料を確保せねば。

 今日こそ弁当を買え。人見知りの子供のように、縦横の首の動きで意思表示したって構うものか。世の中には、障害が原因で発声が不可能な人間なんてごまんといるんだから。もう何日、炭水化物九割の食生活を送っているんだ? そろそろ肉や野菜を食べた方がいい。サンドイッチに挟まっているうすっぺらなハムやレタスではなくて、もう少ししっかりとしたものを。だから、買え。おにぎりやパンやカップ麺ではなくて、弁当を買って食べろ。死ぬことと比べたらなにも怖くない。さあ、勇気を出して。

 コンビニに着くまでの間、俺は心の中でひたすら自分に言い聞かせた。
 一方で、絶望感を覚えてもいた。
 己を裏切る結果に終わると、心の底の底では悟っていたから。
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