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朝の連絡①
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愛娘よりも早く目覚めた朝、草太朗は最寄りのコンビニでからあげを買ってきた。そのまま食べてもよかったのだが、サンドウィッチにすることにした。
まずは食パンにマーガリンを塗りつけ、ストックしてある千切りキャベツを敷く。その上にからあげをぎゅうぎゅう詰めに配置し、たっぷりとマヨネーズをかける。チーズをプラスすれば文句なしだが、あいにく切らしている。挟む用の、マーガリンだけを塗った食パンと並べてセットし、スイッチを入れる。
香ばしい匂いが漂いはじめたところで、のどかがキッチンに姿を見せた。
「パパ、はしゃいでいるね」
「おはよう、のどか。匂いに惹かれた?」
「うん。なに作ってるの」
「からあげサンドを作ってるんだ。焼き上がるまでは、二分ちょっとだね」
焼き上がるまでに話を終わらせるのは難しそうだが、致し方ない。
「朝食が済んだあとでいいから、美咲ちゃんにメッセージを送ってくれないかな。『今日と明日はあなたのもとには行かないけど、月曜日の放課後には必ず行くから、不安がらずに待っていてほしい』――細かい言い回しは任せるけど、そういう趣旨のメッセージを美咲ちゃんに送ってほしいんだ」
のどかは沈黙している。双眸だけがややせわしなく開閉運動を反復し、今現在の心境を如実に示している。草太朗としては、虚をついて主導権を握る意図はなかったのだが、結果的にそうなったようだ。
「実はまだ美咲ちゃんのご両親には伝えていないんだけど、今日と明日の二日間、説得はお休みにしようと思ってる。昨日美咲ちゃんにあんなことがあったばかりだから、正直、怖い気持ちはあるよ。でも、たぶんそうしたほうが効果的だろうって、考えに考えて出した結論だから。からあげサンドを作る片手間に決めた方針では断じてないよ」
「あんなことって、なに?」
「とぼけなくてもいいよ。昨夜八時ごろだったかな? 美咲ちゃんのお母さんから電話がかかってきたとき、のどかはちょうどトイレに行くところだったけど、ドアのすぐ外で聞き耳を立てていたよね。気配で分かったよ。伝える手間が省けて一石二鳥だと思って、途中からはわざと大きめの声で話したから、内容の大部分は聞こえていると思う。美咲ちゃんが書いたメモに血がついていて、もしかすると手首を切ったことで出た血かもしれないっていう話」
のどかの顔には気後れの色がにじんでいる。当人は平静を装っているようだが、隠しきれていない。沈黙がなによりの証拠だ。
己の本心を隠すことに関して、草太朗はのどかほど巧みな人間に出会ったことはないが、ひとたび綻びが生じると脆い。
語を継ごうとしたとき、トースターが焼き上がりを報せる音を鳴らした。なんとも間の抜けた響きに、草太朗は優しい笑みをもらした。そして、今度こそ続きを口にした。
まずは食パンにマーガリンを塗りつけ、ストックしてある千切りキャベツを敷く。その上にからあげをぎゅうぎゅう詰めに配置し、たっぷりとマヨネーズをかける。チーズをプラスすれば文句なしだが、あいにく切らしている。挟む用の、マーガリンだけを塗った食パンと並べてセットし、スイッチを入れる。
香ばしい匂いが漂いはじめたところで、のどかがキッチンに姿を見せた。
「パパ、はしゃいでいるね」
「おはよう、のどか。匂いに惹かれた?」
「うん。なに作ってるの」
「からあげサンドを作ってるんだ。焼き上がるまでは、二分ちょっとだね」
焼き上がるまでに話を終わらせるのは難しそうだが、致し方ない。
「朝食が済んだあとでいいから、美咲ちゃんにメッセージを送ってくれないかな。『今日と明日はあなたのもとには行かないけど、月曜日の放課後には必ず行くから、不安がらずに待っていてほしい』――細かい言い回しは任せるけど、そういう趣旨のメッセージを美咲ちゃんに送ってほしいんだ」
のどかは沈黙している。双眸だけがややせわしなく開閉運動を反復し、今現在の心境を如実に示している。草太朗としては、虚をついて主導権を握る意図はなかったのだが、結果的にそうなったようだ。
「実はまだ美咲ちゃんのご両親には伝えていないんだけど、今日と明日の二日間、説得はお休みにしようと思ってる。昨日美咲ちゃんにあんなことがあったばかりだから、正直、怖い気持ちはあるよ。でも、たぶんそうしたほうが効果的だろうって、考えに考えて出した結論だから。からあげサンドを作る片手間に決めた方針では断じてないよ」
「あんなことって、なに?」
「とぼけなくてもいいよ。昨夜八時ごろだったかな? 美咲ちゃんのお母さんから電話がかかってきたとき、のどかはちょうどトイレに行くところだったけど、ドアのすぐ外で聞き耳を立てていたよね。気配で分かったよ。伝える手間が省けて一石二鳥だと思って、途中からはわざと大きめの声で話したから、内容の大部分は聞こえていると思う。美咲ちゃんが書いたメモに血がついていて、もしかすると手首を切ったことで出た血かもしれないっていう話」
のどかの顔には気後れの色がにじんでいる。当人は平静を装っているようだが、隠しきれていない。沈黙がなによりの証拠だ。
己の本心を隠すことに関して、草太朗はのどかほど巧みな人間に出会ったことはないが、ひとたび綻びが生じると脆い。
語を継ごうとしたとき、トースターが焼き上がりを報せる音を鳴らした。なんとも間の抜けた響きに、草太朗は優しい笑みをもらした。そして、今度こそ続きを口にした。
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