切言屋

阿波野治

文字の大きさ
上 下
28 / 113

のどかと両親②

しおりを挟む
 気乗りはしないが、しなければならない。
 大人になるにつれて、そんな場面が増えていくのだろうと予想はつく。諦める気持ちもある。しかし、だからといって、気乗りのしなさ自体が薄らぐわけではない。

「気乗りはしないがしなければならないことから逃げた」のが、今の吉村美咲なのかもしれない。そんなことを思う。

 のどかは美咲のように逃げなかったが、逃げたい気持ちはしっかりと抱えている。大人しく控えめな性格で、寡黙だという共通項もある。共感や親近感を抱くレベルには達していないが、なんとなく気になる存在だ、ということまで否定するつもりはない。
 たしかなのは、のどかは明日も吉村家に足を運び、閉ざされたドア越しに美咲を説得するつもりでいる、ということ。

「気乗りはしないが、しなければならないこと」をこなすことで大人になるとか。
「究極の小説」のために経験を積むとか。
 父親に頼まれたから引き受けるとか。
 家計のため、報酬のため、依頼を成功に導くために、己に与えられた役割をまっとうするとか。

 そんな細かいことは考えずに、美咲との対話に臨みたい。それが今現在ののどかの率直な気持ちだ。

「ごちそうさま」
 少食なのどかは父親よりも一足早く食事を終えた。

 空の食器をひとまとめにしながら、リビングの角、仏壇に置かれた遺影へと視線を投げる。長方形のフレームの中で、今は亡き母親のはるかが、のどかそっくりの顔に屈託のない笑みを浮かべている。

 はるかは厳しさと優しさを併せ持つ、感情表現のめりはりがきいた人だった。すこぶる能天気だが小理屈を弄したがるきらいがある草太朗よりも、快い気分で時空間を共有できることも少なくなかった。

 ママが生きていたら、わたしの現状をどう思うだろう?
 わたしにどんな言葉をかけるだろう?
 どうするべきだと指示するだろう?

 はるかが亡くなって以来、のどかは事あるごとにそう思案してきた。煎じ詰めれば己の意思の変形に過ぎないと理解しながらも、彼女なりに真剣に考えてきた。
 今回、のどかの想像の中のはるかは、我が子をいつくしむ微笑を満面にたたえて、こんな言葉を返した。

『結果のことは考えずに、のどかが正しいと思うやりかたでやってみれば。それで上手くいかなかったら、また別の方法を考えればいい』

 ママだけじゃなくて、パパも同じことを言いそうだな。
 そう思った瞬間、ふっと気が楽になった。食器をシンクの洗い桶に突っ込む手つきは、自分の想像を超えて優しいものになる。

 依頼のことは頭から締め出して、読みたい本を読みながら入浴までの時間を過ごそう。
 そう思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

処理中です...