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のどかと両親②
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気乗りはしないが、しなければならない。
大人になるにつれて、そんな場面が増えていくのだろうと予想はつく。諦める気持ちもある。しかし、だからといって、気乗りのしなさ自体が薄らぐわけではない。
「気乗りはしないがしなければならないことから逃げた」のが、今の吉村美咲なのかもしれない。そんなことを思う。
のどかは美咲のように逃げなかったが、逃げたい気持ちはしっかりと抱えている。大人しく控えめな性格で、寡黙だという共通項もある。共感や親近感を抱くレベルには達していないが、なんとなく気になる存在だ、ということまで否定するつもりはない。
たしかなのは、のどかは明日も吉村家に足を運び、閉ざされたドア越しに美咲を説得するつもりでいる、ということ。
「気乗りはしないが、しなければならないこと」をこなすことで大人になるとか。
「究極の小説」のために経験を積むとか。
父親に頼まれたから引き受けるとか。
家計のため、報酬のため、依頼を成功に導くために、己に与えられた役割をまっとうするとか。
そんな細かいことは考えずに、美咲との対話に臨みたい。それが今現在ののどかの率直な気持ちだ。
「ごちそうさま」
少食なのどかは父親よりも一足早く食事を終えた。
空の食器をひとまとめにしながら、リビングの角、仏壇に置かれた遺影へと視線を投げる。長方形のフレームの中で、今は亡き母親のはるかが、のどかそっくりの顔に屈託のない笑みを浮かべている。
はるかは厳しさと優しさを併せ持つ、感情表現のめりはりがきいた人だった。すこぶる能天気だが小理屈を弄したがるきらいがある草太朗よりも、快い気分で時空間を共有できることも少なくなかった。
ママが生きていたら、わたしの現状をどう思うだろう?
わたしにどんな言葉をかけるだろう?
どうするべきだと指示するだろう?
はるかが亡くなって以来、のどかは事あるごとにそう思案してきた。煎じ詰めれば己の意思の変形に過ぎないと理解しながらも、彼女なりに真剣に考えてきた。
今回、のどかの想像の中のはるかは、我が子をいつくしむ微笑を満面にたたえて、こんな言葉を返した。
『結果のことは考えずに、のどかが正しいと思うやりかたでやってみれば。それで上手くいかなかったら、また別の方法を考えればいい』
ママだけじゃなくて、パパも同じことを言いそうだな。
そう思った瞬間、ふっと気が楽になった。食器をシンクの洗い桶に突っ込む手つきは、自分の想像を超えて優しいものになる。
依頼のことは頭から締め出して、読みたい本を読みながら入浴までの時間を過ごそう。
そう思った。
大人になるにつれて、そんな場面が増えていくのだろうと予想はつく。諦める気持ちもある。しかし、だからといって、気乗りのしなさ自体が薄らぐわけではない。
「気乗りはしないがしなければならないことから逃げた」のが、今の吉村美咲なのかもしれない。そんなことを思う。
のどかは美咲のように逃げなかったが、逃げたい気持ちはしっかりと抱えている。大人しく控えめな性格で、寡黙だという共通項もある。共感や親近感を抱くレベルには達していないが、なんとなく気になる存在だ、ということまで否定するつもりはない。
たしかなのは、のどかは明日も吉村家に足を運び、閉ざされたドア越しに美咲を説得するつもりでいる、ということ。
「気乗りはしないが、しなければならないこと」をこなすことで大人になるとか。
「究極の小説」のために経験を積むとか。
父親に頼まれたから引き受けるとか。
家計のため、報酬のため、依頼を成功に導くために、己に与えられた役割をまっとうするとか。
そんな細かいことは考えずに、美咲との対話に臨みたい。それが今現在ののどかの率直な気持ちだ。
「ごちそうさま」
少食なのどかは父親よりも一足早く食事を終えた。
空の食器をひとまとめにしながら、リビングの角、仏壇に置かれた遺影へと視線を投げる。長方形のフレームの中で、今は亡き母親のはるかが、のどかそっくりの顔に屈託のない笑みを浮かべている。
はるかは厳しさと優しさを併せ持つ、感情表現のめりはりがきいた人だった。すこぶる能天気だが小理屈を弄したがるきらいがある草太朗よりも、快い気分で時空間を共有できることも少なくなかった。
ママが生きていたら、わたしの現状をどう思うだろう?
わたしにどんな言葉をかけるだろう?
どうするべきだと指示するだろう?
はるかが亡くなって以来、のどかは事あるごとにそう思案してきた。煎じ詰めれば己の意思の変形に過ぎないと理解しながらも、彼女なりに真剣に考えてきた。
今回、のどかの想像の中のはるかは、我が子をいつくしむ微笑を満面にたたえて、こんな言葉を返した。
『結果のことは考えずに、のどかが正しいと思うやりかたでやってみれば。それで上手くいかなかったら、また別の方法を考えればいい』
ママだけじゃなくて、パパも同じことを言いそうだな。
そう思った瞬間、ふっと気が楽になった。食器をシンクの洗い桶に突っ込む手つきは、自分の想像を超えて優しいものになる。
依頼のことは頭から締め出して、読みたい本を読みながら入浴までの時間を過ごそう。
そう思った。
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