切言屋

阿波野治

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美咲の想い③

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 だからなのか、美咲は彼女に興味を覚えている。

 私からのレスポンスを待っているあいだ、のどかちゃんは読書に集中できていただろうか。
 雑念に邪魔をされたのだとすれば、考えたのは私のことだろうか。
 私関係だとすれば、どんなことを考えたのだろう。ネガティブなことなのか、ポジティブなことなのか。両親や遼から聞き取りはしたと思うけど、対面は果たしていないし、口もきいていなから、ろくな情報は手に入れてないに違いない。
 どんな本を読んでいたのかも気になる。マンガだろうか。小説だろうか。説得役を任せられているくらいだし、きっと頭はいいだろうから、難しい本なのだろう。
 まだ中学一年生なのに、どんな事情があって父親の仕事を手伝っているのだろう。
 説得能力は、父親と比べてどの程度なのだろう。ノウハウやテクニックはやはり父親から教わったのだろうか。

 あの子と話がしてみたい。
 あの子となら、まともにしゃべれなくなった今の私でも、もしかすると――。
 そんな欲求が湧いた直後、はっと息を呑んで頭を振る。

「だめだめ。だめだよ、美咲。気を許しちゃだめ。この世界は怖いところ。世間は怖いもの。みんな、みんな、悪い人ばかり。心を許したりなんかしたら大変なことになる。この世界に救いなんてないのに、期待なんてしても失望するだけ。希望なんて抱かないほうがまし、抱かないほうがまし……」

 言葉を重ねることで、熱を帯びた心は徐々に冷却されていき、やがて晴れて平熱に復した。
 美咲は一抹の寂しさを感じながらも、胸を撫で下ろした。そして、心の中でひとり言を連ねる。声は出ていないが、あたかも声を出してしゃべっているかのように唇が動いた。

 あの日以来ずっとひきこもって、お母さん以外の人間を徹底的に拒絶してきた私が、誰かの存在に心を踊らされるなんてこと、普通ある? どう考えてもおかしいよ。部外者がコミュニケーションを試みてくるという出来事の珍しさに心を揺さぶられて、それを心の昂りと勘違いしただけ。騙されてはだめ。惑わされてはだめ。あの武元のどかという女の子は、私の救世主なんかじゃない。閉塞したわたしのひきこもり生活に突発的に生じた、予期せぬエラーのようなもの。考えてもみてよ、私。中学一年生の女の子に、私が抱えている大問題を根本的に解決できる力、あると思う? ないでしょう。常識的に考えて、ない。残念だけど、あるわけがないの。魔法が使えるわけじゃあるまいし。その手のマンガとかアニメなんかには詳しくないけど、中一って、魔法少女になるには少し歳をとりすぎているんじゃないかな。中一にしてはきちんとした文章を書く子だって、感心したのはたしかだけど、お父さんが書いた文章をそっくりそのまま書き写しただけかもしれない。そもそも、ちゃんとした文章を書く能力は、立派なことかもしれないけど魔法じゃないよ。魔法なんかじゃない。

 わたしを救える人なんて誰もいないんだ。
 わたしは一生、不登校で、ひきこもりで、人としゃべれないままなんだ。
 きっとそうなんだ……。
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