すばらしい新世界

阿波野治

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 自動車がすれ違えないほど狭い道が交わった、交差点だ。雑木林の中を走っていた未舗装道路を含めれば、十字路になる。周囲には比較的新しい民家が建ち並んでいて、閑静な住宅地、この一言以上にしっくりくる形容はない。
 その交差点の中心点に当たる地面、天上から降り注ぐ光の輪の中心でもある地点に、穴が穿たれている。直径は一メートルほど。気をつけした人間をすっぽりと飲み込んでしまうという意味では大きいが、天より降り注ぐ光の円の直径が十メートルを超えているため、相対的に小さく見える。間近で見た光は、明るいのはたしかだが目が眩むほどではない。雑木林の中が夜の始まりのように暗かったので、行く手に射す光が眩しく感じられただけだったのだろう。

 光がスポットライトだと解釈するならば、穴こそが重要だと考えて間違いない。地面に穿たれた縦穴――どこかに通じている?

 一時停止していた歩行を再開する。一直線に穴との距離を詰める軌道だ。四歩目から光の中に体が入った。直前に歩みが止まったが、所詮は一瞬の逡巡。光を浴び続けているアスファルトやブロック塀や電信柱や住宅が何事もないのだから、この世界の神にとって有害なはずがない。
 判断は正しかったらしく、体に異変は起こらない。温かさは感じられず、非科学的な特殊な光だと察せられる。穴には重大な意味があるに違いないという思いは、もはや確固たるものと化していた。

 スニーカーの先端が穴の縁に達し、イナは歩くのをやめる。垂直方向に広がる空洞を覗き込んで、危うく叫ぶところだった。
 穴の底は明るく、なにかが縦横無尽に行き交っているのが見える。動いているのは、人間。映像は上空から撮影されていて、動く人間の大きさはイナの目にはダンゴムシほどでしかない。ただ、男女の区別や服装などはある程度は判別がつく。ビビッドなカラーリングの衣服に身を包んだ老婆、制服姿の金髪の女子高生、グレーのスーツを着た三十代と思しい男性――。
 現代日本だ。令和の日本のどこかの街を歩く、市井の人々を上空から撮影した映像だ。

 視覚情報に気をとられて気づくのが遅れたが、穴からは少し冷たい空気が立ち昇ってきている。イナが身を置く世界と、行き交う人々がいる世界は、物理的に繋がっているのだ。
 間違いなく、穴に飛び込めばあちらの世界へ行ける。元の世界に戻れる。

「……でも」

 人間がダンゴムシのように見える高度だ。目算は困難だが、建物の二階や三階よりもはるかに高い場所なのは間違いない。無策のまま飛び降りたとすれば、地面に体が叩きつけられた瞬間に死が確定するレベルの。
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