すばらしい新世界

阿波野治

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コミュニケーション

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「静的な、とても静的な印象ですね。イナは過去に彼女を『幽霊のようだ』と表現していましたが、まさにその通りだと思います。普通に座席に座っているのを見るに、実体はあるようですが」
「自分から消えるけど、ぼくが消そうとしても消えない、変なやつなんだ。実践してみようか?」

 首肯が返ってきたので、イナは少女へと歩を進める。リーフという存在の力強い後押しが、足取りをふてぶてしいまでに大胆にさせた。
 イナが動いても少女に大きな動きはない。ただ、わざと右に左に動くと、連動して漆黒の瞳も左に右に動く。少女には心があって、視力があって、意識と双眸はイナをロックオンしているのだと分かる。

 少女の眼前で足を止める。少女はイナから視線を外そうとしない。数秒間見つめ合ったのち、イナはおもむろに、

「消えろ。気味が悪い」
 命じるとともに、少女の体が蒸発するように消えていくイメージを脳裏に描いた。
 しかし、少女は消えない。

 リーフの反応をうかがいたいところだが、目を離した一瞬の隙をついて自主的に消えてしまいそうだ。そして消えている期間が、もしかすると永遠なのではないか、という気がする。
 消せない存在が永遠に消えてしまうことの意味はイナには分からない。少女の存在の意味すら掴めていないのに、そこから派生する意味を解せるはずもない。

 不可解と対峙したとき、それが明確な恐怖や危険や敗北をもたらす存在ではない限り、イナは勇猛果敢に飛び込んでいく。
 しかし今回は、慎重に振る舞いたい思いが勝っている。根拠はまったくないが、少女はただ薄気味悪いだけではなく、自分にとって重要な存在なのではないか、という予感をイナは覚えていた。

「なんで消えないの? 答えろよ。しゃべれないの?」
 少女は黙っている。

 しゃべれるがあえて口を噤んでいる? それとも、そもそも発声機能を備えていない?
 名前は? どうやってバスに乗ったの? ぼくになにか用? リーフのことをどう思う?

 尋ねたいことは山ほどあるのだが、この様子では返答は期待できそうにない。
 ――それならば。

 イナは少女に向かって右手を伸ばす。まず少女の顔の前にそっと出現させ、次いで頭の高さまでゆっくりと上昇させ、最後に頭頂を目指す、というふうに。
 しかし、第三段階に差しかかったとたん、少女の体が薄れ始めた。
 突然の事態にイナは一瞬戸惑った。それが命取りとなった。慌てて少女へと手を伸ばしたが、ほとんど透明に近い濃度にまで薄れていた体をすり抜けた。二秒後には、残影は跡形もなく消えていた。

 イナはリーフを振り向いた。首を傾げる動作とセットであれば不自然さが消えただろうというような、どこか誠実さに欠ける、曖昧な表情が返ってきただけだった。

「なんなんだろうね、あの子」

 ソファの元の位置にどっかと座り、小さく息を吐いてからコーラの缶に口をつける。

「一口に幽霊って言っても、いろいろいるよね。いいやつも、悪いやつも。リーフはどう思う?」
「難しいですね。情報が少なすぎるので」

 遅れること数秒後、リーフも元の席に戻った。
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