すばらしい新世界

阿波野治

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不法侵入

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 空はいつの間にか、黒雲に覆われているなりに明るくなっていた。

 二人は空模様の変遷には頓着しない。リーフが滔々と話し、イナは瞳を輝かせながら聞く。イナはアクセントをつけるように時折質問を投げかけ、リーフは誠意をもってそれに答える。リーフは適切なタイミングで話頭を転じ、イナは引き続き話に耳を傾ける。そのくり返しの中で時間は過ぎていく。取り上げられる話題には、リーフの武勇伝の枠からは外れる、とりとめのないものの割合が次第に高まってきた。

 注文をつけずとも思い通りになり、齟齬が生じても即座に修正されるのが、イナは快くてならない。
 イナが快いとリーフも嬉しいようで、笑みをこぼす機会も少なくなかった。リーフは笑うと、クールで大人びた印象からは想像がつかないほど、あどけない顔になる。

 言葉をやりとりすればするほど、目まぐるしく変化していく話題が、この世界が秘めている無限の可能性をほのめかせるかのようだ。
 話をしている間、不安と恐怖の配達人である謎と矛盾について、イナは一瞬たりとも意識を割かずに済んだ。


* * *
 

 大金持ちではないが、経済的に余裕がある家なのだろう。界隈に建つ民家と比べると明らかに広い庭を持つ一軒に、イナとリーフは入っていく。
 侵入にはイナが持つ力を使った。ドアをすり抜けるのではなく破壊したのは、本来はすり抜けられない物質をすり抜ける行為に、恐怖と抵抗感を覚えたからに他ならない。透過しているさなかに力がきかなくなり、壁に埋もれたまま脱出できなくなったら、どうしよう? そう懸念したのだ。

 神らしくないからという理由で本心を曲げるのは、やめよう。
 肩車の一件を機にそう決めていたから、破壊を選んだ自分をなんとも思わなかった。昨日は見送った、屋内で一夜を明かす決定を下すにあたっても、葛藤の類が生じることはなかった。

 部屋数が多く、一室一室が広い。調度品は特に高級という印象は受けなかったが、どの部屋も几帳面に整頓されていて、そつなく清潔で、大事に使われているのが伝わってくる。

 二人は各部屋をひと通り見て回ったが、特に面白そうなものはなかった。一階のダイニングに戻り、リーフと向かい合う形であぐらをかいて床に座り、夕食をとる。
 新世界の神となって、今日でまだ二日目。まだまだ常識の枠から抜け出しきれていないからこそ、食事場所にダイニングを選んだのだということには、座ったあとで気がついた。

 午後一時ごろに一度、イナだけが軽食をとったが、今回はリーフにも付き合ってもらう。これは要望ではなくて義務、すなわち強制的な措置だ。

「構いませんよ。ぜひぜひ、いっしょに食べましょう」

 イナの本質的なボディーガードであり召使いでもあるリーフは、普段の凛々しい顔つきからは想像できない、女の子らしさ全開のかわいらしい微笑を満面に湛え、二つ返事で承諾した。
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